第6話「BOSS部屋」

 パチパチと、携帯燃料がたかれ、暖かな火を眺めながら干し肉をあぶる。

(※「ランプ」も「松明」もかさばるが、食料用の携帯燃料なら何とか持ち込めるのだ。重いけどね──)


 ……サーヤもネトーリ先生もよく眠っていた。


 ライトの正面にはアグニール。


 荷物から出した小鍋で、手早く作ったスープを差し出すと、彼はうまそうに啜っていた。


 メニューは乾燥野菜と干し肉のごった煮。


 味付けに、

 チーズを削っていれ、少し岩塩で味を調えた。

 臭み消しにハーブとニンニクの欠片を入れることも忘れない。


「……いい腕だ」

「あ、ありがとうございま、す?」


 サーヤの髪を撫でつけながら優雅にスープを啜る美青年。

 実に絵になる姿だった。

 もっとも、ひそかにサーヤのことを想い続けていたライトにはあまり気分のいい光景ではなかったが──。


「あ、あのー。……気になってたんですけど、それは?」


 サーヤをなでるアグニールを見ていられず、わざと話題を変えるライト。


 ……実際、気になっていたことでもある。


それ••……? あぁ、『携帯魔力タンク』のことかい?」


 携帯魔力タンク??


 小さなたるほどのそれ。

 普段はアグニがずっと背負っているものだが、

 もしかすると、魔法使いにしては、体つきが頑強なのもアレを背負っているためだろうか?

 あるいは背負うために鍛えたのか。


「はは、名前の通り、魔力を携帯するものさ。魔法使いにとって魔力切れが一番厄介だからね。それに誰かに『魔力譲渡』してもらうような従来のやり方じゃ限界があるだろ?……ライト君ほど魔力がある人はそうそう見つからないしね」


「な、なるほど」


 魔法使い同士の魔力譲渡によらない回復手段。

 それがあれば、魔法使いの基本スキルである『魔力譲渡』も用無しだ。

 これがアグニールを大賢者にまで押し上げた世紀の発明品か。


(いや、用無しになるのは俺、か) 

 こんな物が世に出回れば、いよいよ、魔力の量にしか取り柄のないライトは本格的に用無しになるだろう。


 もっとも、未だに世に出回ってないことをみるに……、たぶん一品もの••••なのだろう。


「……これ••のおかげで僕は魔術師として高見に上ることができた──行ってみれば相棒のようなものさ」


 そう言って、愛し気にタンクをなでる。


 だが、

「…………ま、欠点••は見ての通りさ。重すぎるしかさばる・・・・ことだね──だから、さらなる高見を目指すために必要なんだ、『死霊王の杖』がさ」


「さらなる高見……ですか?」


 若くしてAランクと、大賢者の称号──そして、サーヤまでも手にして、さらなる高見があるという。


「もちろんSランクさ。僕は伯爵家の末弟でね。これでも、貴族の末席ではあるけど……。家から貰えるものなんて、家名以外には何もないのさ」


 そういって、少し自嘲気味に笑うアグニール。


 ……だからだろうか。

 自ら欲しいものは、自ら手に入れるという。


 それこそ、家格などかすむほどの栄誉を。

 ……それがSランクという伝説の称号だと、アグニールは言った。


「Sランク……」


 まさに伝説の称号だろう。


 ──ライトからすれば、貴族という名前だけでも十分にうらやましいのだが、アグニールはそうではないのだろう。


「そうさ……。魔法さえ──魔力さえ無限に使えれば届く。きっと、Sランクの称号にも、一国の戦力にも届きうる、力が──」


 まるで熱に浮かされるように話すアグニール。


 携帯燃料の明かりに赤く照らされたその顔は、すこし顔が上気しているのか、狂気のようなものも感じたが、……きっと気のせいだろう。


(はー……。貴族は貴族で、大変なんだな……)


 ──たしかに、その辺の平民ですら、家を継ぐのは長男だ。


 それ以外の男にせよ女にせよ、なんらかの形で家を追い出されるのは道理。

 つまり、貴族家もそうなのだろう。

 子どもが生まれるたびに財産を与えていれば細切れになってしまうのだから、やはり道理だ。


「届くと……いいですね」


 聞くともなしに聞きながら、干し肉をかじるライト。


 なんにせよ、それ以上話すこともなく交代を重ねて──サーヤと少しだけ、昔の話をして……。

 その日は更けていった。

 そして、休憩が終わると本格的にダンジョンの奥へと向かっていく。


「さぁ、出発するよ!」

「はーい!」「おまかせを!」「り、了解……」


 さすがに、奥へ向かえば向かうほどモンスターの数も増え、パーティも全力を出さねばならない場面が何度も出てきた。


 火力の最強のアグニールとサーヤ。

 そして、フォローのネトーリ神父。


 ……なるほど、Aランクだ。


 ライトは魔物に狙われないように、照明魔法を放って、明かりの援護をしながら、敵を遠ざける『安息光』の魔法で大人しく縮こまるしかできなかった。


「ははははは! もう少し──もう少しだぞ!!」


 アグニールが高笑いし、無限とも思えるほど高威力の魔法を放って魔物を薙ぎ払っていく。


「ライトニングアロー!! ファイヤートルネードぉぉお!」

「に、二重詠唱しますッ! ファイヤートルネード!!」


 ゴオオオオオオオオオオオオ!!


  『『ギャァァアアアア……!』』


 極大魔法がダンジョンの通路を、大部屋を、階下を焼き尽くし、大量のモンスターをあっという間に焼きはやっていった。

 

「す、すごい……」


 これがAランクパーティの戦闘。


 あっという間に群れなすモンスターを薙ぎ払うと、

 そうして、ついに到達したのだ……。


 そう。明らかに今までとは違う部屋──いや、ドームというべき、BOSS部屋らしき場所に。


 ──そこは、広大な天井にどこまでも広がる床。

 そして…………、


「つ、ついに来たぞ……! ここが最下層の『死霊王の石室』だ」


 最下層。

 そこはびっしりと、石造りの「棺」と「墓石」が規則正しく並べられた、いかにも何かが起きそうな広大な空間だった。


 幸い、棺に蓋はしっかり閉じられており、びくともしない。

 ……が、その分余計に不気味だ。


「みろ! サーヤ、ネトーリ! 文献通りだぞ!──いつでも戦闘できるように、魔力を練っておいてくれ!」

「は~い♪」「心得ました!」「りょ、了解」


 連戦のわりに余裕の見えるアグニール達。

 一方でライトは緊張しっぱなしだ。


 どうみてもここ、ボス部屋だし……。


「よーし。準備はいいな?──さぁ、行こう! あの祭壇の上だ!」


 訳知り顔で、アグニールが歩を進める。


 サーヤもネトーリ神父もそのあとに進んでいく。ライトももちろん続くが、緊張しっぱなしだ。


 シンと静まり返ったドームの底を、びっしりと敷き詰められた棺の脇を縫うようにして、先へ先へ進む一行。


 ……ゴクリ


(だ、大丈夫か、これ……?)


 いっそ、魔物がびっしりといるならアグニール達が早々に吹き飛ばしていただろうに、逆に静かすぎて不気味だ。


 いやいや、おかしいだろ、この棺の数は──……。


(……くそ。いま、これが一斉に起き上がったら地獄だな)


 余裕のみえるアグニール達と違って、冷汗の噴き出るライト。


 視界に映るだけで、棺や墓は1000程はあるだろうか?


 さすがに、この数の棺からモンスターが出現すれば、ひとたまりもないだろう。


「あ、あの……一度様子をみませんか?」

 さすがに心配になるライト


 アグニールやサーヤの火力が高くとも、このダンジョンのモンスターが最深部に近づくにつれ、一撃では倒せないほどの耐久力を持ってきているのだ。


 それがこのBOSS部屋らしき場所ならいわんや。


 ……おそらく、深部のアンデッドを相手取れば、アグニールたちでも、せいぜい100体を倒せればいいほうではないか?


 もちろん、それだって十分にすごいが、AAAクラスのダンジョンは伊達じゃない。それにらアグニール達もそれを理解しているだろう。


 なのに──。


「よーし! 祭壇の上に来たぞ!──ほら、ここだ!」


 何事もなく、中央にたどり着いたライト達。

 目標の祭壇は、棺の群れを見下ろすように、一等高い位置にある。


「み、みろ! やはりいた••。そして、あった・・・ぞ!!」


 アグニールがいうように、

 な、なるほど────そこには一際大きな棺が安置されており、干からびたミイラが横たわっていた。


 その手には禍々しい装飾の杖がある。


(こ、こいつが死霊王リッチ……?)


 そして、あれが『死霊王の杖』か。


 魔法が無限に使えるというアーティファクト。

 どこか黒い瘴気のようなものを纏ってさえ見えるを前にして、思わずたじろぐライトであったが、


 そこに、

「よし! 僕らは警戒しているから。……さぁ、ライトくん! 杖をとってくれたまえ!」



「へ?! お、俺??」



 ……いきなりの指名に戸惑うライトであった。

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