第8話「孤立無援」

『『『グルァァァァァァァ……!』』』

「ひ、ひぃぃ!! ホ、ホーリーライト!! ホーリライトぉぉお!」


 並み居るアンデットの群れに向かって清浄なる光の魔法ホーリーライトを放つライト。


『『『ミィギャァァァアアアア!!』』』


 強烈な浄化作用を含む聖光にアンデッドが怯む。

 だが、アンデットの群れは千を超えており、多少の数を退けたとて、全くの無意味。


 その様は、まるでアンデットの海に取り残された『小島』のようだ。


「く、くそ!!」

 くそぉぉおお!!


 そして、小島の中心──ダンジョン最奥には、ライトがただ一人、取り残されており助けは皆無。

 その耳には、もはやアグニール達の足音さえ聞こえない。


「アイツらぁぁああ───!」


 ……囮にされたことは明白だ。

 奴らが戻ってくることは二度とない。だが、それがわかってはいても諦めきれるものじゃない。


 くそ……!

 くそ……!


「くそぉぉぉおおおおおおお!」

『『『ゴルァァァァアアア!!』』』


 来るんじゃねぇ!!


 ──ホリーライトぉぉおおおおおお!!


     カッ!!!


  『『ッッ、ァ"ア"ア"ア"ア"!!』』

  『ロォォォオオオオオ!』


 光魔法熟練度LV9、カンスト寸前ののホーリーライトは、アンデッドの王、リッチさえも怯むほどの光量だ。


「へ、へへ、舐めんじゃねーぞ」

『ロォォォ…………』


 もっとも、怯むだけで脅威たりえていないのは明白だ。

 フワフワと魔力で浮かんでいる、ミイラのような見た目のリッチは、

 ほんの少し怯んだだけで、口から青い炎をチロチロと出しながら、遠巻きにライトを伺う。


 どうやら、完全にロックオンされたらしい。


 囮としての役割を十全と果たしているのとに歯噛みするライト。

 図らずともアグニールの思うままだ……。


 ……くそ!!


 それでも──、

「それでも、ここで死んでたまるか……! 死んでたまるかぁぁあ──!」


 ホーリーライトぉぉお!!


「こいよ! かかってきやがれ、しかばねどもが!」


    ──カッ!!


『『『ヒギャャャァァァァアアア!!』』』


 ライトの放つ正常なる光に肌を刺されるアンデット達が、身の毛もよだつ叫び声をあげてまた一歩遠ざかる。


 や、やれる!

 まだ、やれる!!


 ライトは、無駄とは知りながらも、持ち前の高い魔力を活かして、ホーリーライトを放ち、粘り続けていた。


「そうだ……」


 まだだ。

 まだ、そう簡単にやられるものかよ!!

 ホーリーライトだけなら、まだ何発でも打てるんだ!!


「そう簡単に食えると思うなよ!!」

 うらぁぁあ!


 ……虚勢をはるライト。

 だけど、本当はわかっている。

 ……これが無駄な抵抗だってわかっている。


 ……だって。

 だって、そうだろう?


 アグニールがライトを気絶させることもなく、

 怪我をさせることもなく、

 …………ただただ、ここに放置した理由。


 そんなの決まり切っている。


「ア、アグニール、あの野郎ぉぉお……」


 光魔法には攻撃力がない。

 だから、いくら魔力が高くても、未来永劫、アンデッドどもを倒すことはできないって知ってたから放置しやがったんだ……!


 ち、

「畜生!」


 畜生ぉぉぉぉおおお……!


「あいつら、」


    ギャハハハハハ!

     今更気づいたかい、ライトくーん?

      ギャーハハハハハ!!


「あいつらぁぁあ……!」


 ギリッ!

 ライトの奥歯が激しく音を立てる。


   アハハハハハ!

    仲間・・以外は信用してはいけませんよ?

    アハハハハハハ!


「あいつらぁぁぁああああああ!!」


 許せねぇ……。

 許せねぇ…………!!


 光属性を得た日から落ち続けた一生だった。

 その果てがこれだ──。


 そんなの、

「……絶対に許せねぇぇぇえええ!!」


 ──くそぉぉぉぉおおおお!


 踏みつけられる人生。

 搾取されるだけの日々。

 馬鹿にされ、罵られ。嘲笑われる毎日────。


 それでも、いつか冒険者として大成し、サーヤと冒険をぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!



   キャハハハハハハハ!

    コイツちょろいいからさー

     ──キャハハハハハハ!!



「うがぁぁぁああああああああああああああああああああ!!」


 ホーリーライトぉぉおおおおおお!!


『『『グルアッァァァァアアアアア!?』』』

    

 怒りに任せてホーリーライトを放つと、ジリジリと包囲の輪を狭めていたアンデットが至近距離で浄化の光をうけてのたうち回る。


 範囲型のホーリーライトは重ね掛けができるうえ、指向性を持って発射もできるのだ。


「舐めるなと言ったぁぁああ!!」


 ……だけど、所詮はアンデッドに対するコケ脅し。

 もともと光を嫌うアンデッドが、さらに近づき難い光・・・・・・なのだが、結局はそれだけ。

 …………攻撃は相変わらずの0だ。


 それでも、浄化の光には違いない。

 リッチクラスが本気を出したならともかく、並のアンデッドなら決して破ることはできないのだが──。


『『『ゴァァッァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』』』


 ……ここのアンデッドが並ではないのは明白だ。


 なにせ、ランクAAAのダンジョン。

 ……当たり前の話だが、ここの雑魚とて、並のダンジョンなら裏ボスクラスなのだから!!


 『『『ォォオオァアアアアアアアアアアア!!』』』


 さらに、挑発してしまった分、奴らの怒りも半端ではない!

 今にも、浄化の光を突き破ってライトの喉元に食らいつかんとする。

 目の前で、奴らと光の間でバチバチと紫電が弾けている。


「く、くそ!」


 さらには、ここのBOSSリッチすらも手下のアンデッドをけしかけ、隙あらばライトを食らいつくさんと様子を伺っている。


 ホーリーライトを維持できなくなったが最後、

 ……ライトは、一瞬で骨まで食い尽くされるだろう。


「ぐ、ぐぅぅう」


 バチバチバチ……!


 紫電が迸り、ホーリーライトの光がたわんでいく。


 徐々に

  徐々に……


「くぅぅう……!」


 ホーーーーーリーーーーライトぉぉお!!


    カッ──!


 だが、ライトとて、光魔法だけでいえば、ギルドトップクラス!!

 その【光】属性も熟練度MAX間近のLv9だ!

 ──実際、ホーリーライトの重ね掛は、かなりの効果があるのか、一気呵成に破られることはない。


 さらには、押し寄せるアンデッドが一瞬怯むほどの気迫の乗ったホーリーライトだ。


 そーーーう、簡単には破られはしない!


「それで?」

 …………それで、

 いつまでこうしてればいいんだよぉぉぉおおお!


 ライトの魔力だって無限じゃない。

 いずれ尽きる。

 そうなったときがこの我慢比べの終焉だ。


 ──それでも、まだぁぁぁああああ!!


「く、くそぉぉおお!」


 こんな目にあったのは自分のせいだ。


 ライトが甘っちょろいから、

 怪しいと思っていたくせに、サーヤの言葉に騙されたから、


「……なによりも、自分が腹立たしい!!」


 とっくに、他人の物になっていたサーヤを今も思い続けていた自分が馬鹿だったのだ。


 そのサーヤを信用して、

 初めて会ったアグニールをも信用して、

 その背中を預けた自分が愚かだっのだ!!


 それが一番腹立たしい!!

 ───だけど!!!!!!!


「サーヤ……」


 サーヤ、サーヤ、サーヤ、

「よくも、よくも騙したなぁぁぁああ……──!」


 サーーーーーヤぁぁぁああああ!!


 人を何だと思っていやがる。

 自分のためなら、恋人のためなら、孤児でハズレ属性のライトなら使い捨てにいいとでも思ってるのかよぉぉおおおおおおおおおおお!!


 バリリ……!


 奥歯をかみしめたライトが、どす黒い怒りをたたえたまま憤怒の表情で立ち上がると、


「…………………………出る! 絶対ここから脱出してやる!!」


 怒りを、決意に変えて慟哭するライト──。


「──ぅぅぅぅうわぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

『『『グルァァァァアアアアアアアアアアア!』』』


 刹那、

 その咆哮が呼び水となって、終始不気味な声で吠え続けていたアンデッドが全力でライトに襲い掛かる。


 その数1000体!!


 ──うるせぇぇ!


 ホーリーライトぉぉおおお!!

  ホーリーライトぉぉおおお!!

   ホーリーライトぉぉおおお!!


「ホーーーーーリーーーーーライトーーーーー!」



   カッ────!



 群がるアンデッドがうっとうしいとばかりに、全弾発射!!


「はは! どうだ!!」


 もはや、グチャグチャの頭で恨み辛みが憎しみが、増して増して増して、溢れて止まらねぇぇぇえええええ!!


 どけよ、アンデット!


 ホーリーーー………………くらぁぁ




「───かはっ……」





 え??


 刹那、吐血し、ガクリと膝をつくライト。

 それは、まるで油の切れたランタンのように唐突に……。


「これ、は……」


 サー……っと、身体中の血の気が引いていく感覚。

 ま、まさか……!


「ま、魔力、欠乏……症??」


 そう。

 怒り狂おうとも、恨みつらみが積み重なろうとも、腹立たしかろうとも…………限界は来る。


 人間には必ず限界がくる。


 ライトの魔力は常人のそれをはるかに凌駕しているも、ここに来るまでにそれなりに消耗していたのだから、当然だ。

 人間の魔力は無限ではないのだから。


 ──だから、その終わりはアッサリと来た。


 なんの前触れもなく、

 魔力が尽きようとする前兆の「急性魔力欠乏症」を発し、口から吐血したのだ。


 ……魔術師なら誰しもが経験したことのある、その症状が出た後は、もういくらも魔法は使えないと誰でも知っているだろう──それ・・


(……ち、畜生──!)


 心を焼き焦がすほどの怒りとともに、ガクリと膝をつくライトは、スローモーションのように床に倒れていく。


 もはやこれまで……。


 わずかに残光を放つホーリーライトで辛うじて凌いでいるが、これが消えればアンデットは一斉に群がり、ライトをむさぼり食うだろう。


 ……もって、あと数分か。


 ドウッ! と自分が倒れる音を聞きながらも、まだ、あと数分は粘れるなと思う。


(………………だけど、粘ってどうする……?)


 粘ったところでアグニール達を有利にするだけ。

 そんなのって……。


「もう、無理、か……。いっそ、さっさと死んで、アンデットどもをアグニールの元へ解き放ったほうがいいか?」


 ア、アハハ……。

 それもあり、か。


 弱々しくなるホーリーライトの残光にアンデッドがゲラゲラと笑い、ますますライトの周囲を埋め尽くす。


 魔力が好物のアンデッドだが、人肉が嫌いというわけでもないらしい。

 出涸らしのようになったライトでも、早晩骨までしゃぶりつくされるだろう。


『『『ゲタゲタゲタゲタゲタゲタッ!』』』』

『『『ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!』』』』


 ゲヒャーハハハハハハハハハハハハハハ!!!


 ふ……。


「……ったくよぉ。腹減ってるのは、わかるけどよぉ、いつまでこんな出涸らしに付きまとうより、さっさと、杖を持って行ったアグニール達を追ったほうがいいぞ?」


 どうせ、全員分の肉にもなりゃしねぇ。


 そんな正直な感想を考えていたが、アンデッドどもはライトのそばを離れる気配はない。

 まるで大好物の魔力の塊がそこにある••••••••••かのように……。


「ははは……。最後の最後までうまく行かねぇなで。結局、俺の人生、こんなもんかよ────もう少し、やれると思っていたんだけどなー」


 ふくくく……。


 鍛えに鍛え続けた光魔法。

 いまや、人類史上初ともいえるほど、鍛えたことだろう。


 それも無駄な努力だった。


 結局カンスト間近のLv9の境地に達してさえ、攻撃力を得ることはかなわなかった。外れ属性と言われるわけだ。


 あははははー………………ん?


「……あ、あれは、」


 魔力が失われていき、激しい頭痛に苛まれていたライトに視界に、映るもの。

 それは、アグニール達が捨てていった物資の数々で、

 ポーションやら、携帯食料やら、予備の武器に………………。



「携帯──魔力タンク?!」



 ゴロンと、無造作に転がるのは、小さな樽のようなそれ••


 アグニール曰く、一品物で。

 欠点は、でかくて重くてかさばること────。


 ッ!


「……ま、まだだ……! まだ! まだやれる!! まだ粘れる!!」


 アグニールが魔力を回復するというのに使っていたんだ。

 きっと、ライトにも使える!!


 魔力さえ回復すれば、まだ粘れる!

 粘って、粘って──粘って…………。


「……粘って、それからどうするんだよぉぉおおお────!」


 口惜しさと怒りで、涙があふれるライト。


 いくら粘っても助けは来ないし、粘ったところでアンデッドは倒せない。


「だけど……だけど、命を諦めることもできねぇぇぇんだよ、俺はぁぁああ!!」


 ライトは生き汚いのだろうか。

 無様なのだろう。

 結局はアグニールの思うツボなのだろうか。


 それでも、

 それでも、

「それでもぉぉぉぉぉおおおおお!!」



 ──畜生ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!



 這って進み、携帯魔力タンクに触れるライト。


 はぁ、はぁ、はぁ……。

「頼む……。頼む! の、残っててくれよ」


 ……使い方はわからないが、アグニールが背に担っていたことをみるに、食べたり、飲んだりするものではないだろう。


 それに、それほど難しい操作をしているようにも見えなかった。

 少なくとも、何か特殊なことをしていたわけでは──


「グフッ」


 血が……黒い。


(もう、時間がない……)


 魔力欠乏が進み、内臓機能が低下しているらしい。


 それでも、死力を振り絞って、

 ホーリーライトの残光を拾うようにして、

 無様に身体を汚しながらタンクに縋りつくライト。


 はぁ、はぁ、はぁ──────ガシッ!


 く……!

「こ、これ。ど、どうやって使うんだ? 触れているだけでいいのか──?」


 なにか、スイッチとか…………。



  ──フワッ……。


 刹那、

「──ッ! ま、魔力が……回復した?」


 マジか、よ……?!


 体力も気力も──魔力も尽きかかったライトが、タンクにもたれかかった瞬間。

 体が暖かな感触に包まれる。


 その瞬間、みるみるうちに身体中に魔力が漲っていく。


 す、すごい……。

 すごいぞ!!


(──本当に魔力が、回復した?! そ、それも相当な量だぞ)


 ツツッ、と垂れる血を拭いつつ、小さくガッツポーズをとるライト。


 ──やった……! やったぞ……!

 まだやれる。まだやれる──だけど、


「こ、これって──……」


 少し魔力が回復し落ち着いたライトは、再びホーリーライトを重ね掛し、その精度をあげつつアンデットを吹き払う!!


『『『ギョワァァアァアアアアア!!』』』


 不意打ちをうけたアンデットが仰け反るのを尻目に、

 その照明の元、明らかな違和感を感じて『携帯魔力タンク』を見つめるライト。

 ……たしかにこのタンクには、アグニールがいうのように触れた瞬間、魔力が回復する効果があるらしい。


 だけど、

 ……だけど、


 その魔力の回復の仕方には、なぜかイヤというほど覚えがあったライト。


 それも、逆の方法で。


 いつも、雑用や、魔力タンク係••••••として、

 他のパーティに同行するときに施していたそれ──。


 ま、まさか……。

 これって、




「ま…………魔力、譲渡?」

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