第2話「光属性」

 ──……7年前。

 全国一斉の属性検査を受ける10歳の日のことだった──。


 この世界には二種類の人間がいる。それを区別するのが『系統』だ。

 系統とは、「戦士」と「魔法使い」のことを指し、誰しも生まれつきそのどちらかの性質を持って生まれてくる。


 戦士はその名の通り、戦う人間で、剣に槍──そして、弓を扱うことに長けている。

 そして、魔法使いは文字通りの「魔法」使い。

 この世に満ちる魔力を使い、時に傷を癒し、火や水を生み出す魔法を駆使することに長けている。


 そして、『属性』とは、

 「戦士」なら、【剣】や【槍】そして【弓】や【盾】、【投擲武器】等、扱う武具の種類を指し。

 「魔法使い」なら、【火】、【水】、【土】、【風】の四大系統の他、【闇】、【光】、【無】、【聖】、などの使用できる魔法のことを指す。


 その中でも最も多い系統が4大系統で、大抵の魔法使い系統のものは、その属性の診断を受けるのだが……。

 まれに、その属性から外れたものが診断されることもある。


 それが──。


「じゃ、私先に行くね!」

「うん、あとでね」


 孤児院仲間のサーヤと別れて、ライトは属性診断室に入る。

 年に一回しか使われない厳かな場所だ。


 ドキドキしながらそこに入ると、まるで流れ作業のようにして、神官が街中から集まった少年少女に診断をくだしていく場面だった。

 サーヤは「君の属性は【火】ですね」と告げられ、少しガッカリしているようだが、それでもニコヤカに笑った先に外に出ていった。サーヤの笑顔は超可愛い。


「えへへ、それじゃ、ライトも頑張ってね!」

「僕が頑張るわけじゃないけどね」


 『属性』を得るのは本人の努力は関係ない。すべては神の気まぐれ──運命ってやつだ。

 だけど、よほどじゃなければ、普通は4大属性を診断される。ライトもそれでいいと思っていた。

 そして、属性を得て──魔法使いになるための勉強をした後、15になったら、孤児院を出て……サーヤと冒険者になる。


   『一緒に冒険者になろうね』


 そう、サーヤと約束したのを思い出し顔が赤くなる。

 思えばこれが初恋だったのだろう──。


「どうしましたか? 次の者、前へ──」


 そして、ライトの番になった……。

 台座の上に置かれた水晶を見つめる神官はアッサリと告げた。

「うむ──君の属性は【光】です」


 厳かな空間。

 沈黙の中で、神官に告げられた属性にライトの思考が停止し、そのまま硬直する。

 


「…………へ?」



 あまりにも意外すぎて間抜けな一言を発してしまった。

 だ、だってそうだろ?

 よりにもよって【光】属性なんて宣告されたんだから────……。


「ひ、光……?」


 え、えっと……??


「【光】って、あの──光属性の、光ですか?」

「そうですよ、ライト君。あなたは、【光】属性を授かりました。神に感謝し、その属性を磨きなさい──では、次の者」


 そう言って、あっさりと光属性を告げた神官は、なんでもなさそうに次の者を呼ぼうとした。


 だけど──。


「ちょ! ま、まってください! ほ、本当に【光】なんですか?! な、何かの間違いなんじゃ──」


 本当はこんなことを聞いちゃいけない。

 だって、ライトは貴族でもなんでもない、ただの孤児。


 そして、神官といえば、教会のトップクラスだ。

 そんな雲の上の人に属性を教えてもらうだけでも恐れ多いというのに、ましてや反論なんて考えられないことだった。


 …………それでも聞かずにはいられない。


 だって……。

 だって──。


「……間違いなどあり得ませんよ? 神様は君に【光】の才能を授けたのです。喜びなさい。……たしかに珍しい属性なので戸惑うでしょうが、」


 喜ぶだって?

 珍しいだって……?


「──と、戸惑うなんてもんじゃ!! だ、だって!!」


 だって、【光】属性は──!!


 ライトは反射的に食って掛かりそうになる。相手は、とても偉い神官様だと知っていても、だ。

 なせならライトが診断を受けた『光』属性は、



「──は、外れ属性・・・・じゃないですか!!」



 思わず、そう叫んでいた。その瞬間、神官の顔が不機嫌なものになったのを察しながらも、もう止められない。


 【光】属性は、火、水、風、土の4大属性に比べると、発現率は1000人に一人と言われるほどレア希少なものではある。

 だが、希少価値とは裏腹に、【光】属性は使い物にならない属性として有名なのだ。


 なぜなら、4大属性なら当たり前にある「攻撃魔法」が、光属性にはほぼないと言われている。


 いや、皆無・・といってもいい──。


 使える魔法といえば、照明くらいにしかつかえない『灯火ブライト』や『光球ライトボール』のような、照明に使う魔法ばかり。


 支援魔法としても心もとなく、ほとんどが敵意も味方にも無害で……よくて『光爆発フラッシュバン』みたいなコケ脅しのようなものしかない。


 つまり、魔法使い系統の者がその属性を得たが最後──。

 魔法使いとして生きていくのは無理だと言われていたのだ。


 ピクリ


「…外れ属性──……? 君は、神が与えたもうた属性に不満があると?」


 明らかに気分を害した神官。無表情の中にいら立ちが見える。


「【光】属性も立派な神が与えた属性ですよ? 我が教会にも【光】属性のものはたくさんおりますが……?」


 神官様のいう光属性の仕事といえば、

 神殿の照明役に、ステンドグラスの演出役。あとは、闇を照らす、街灯としての人生──……。


 それ以外にも職人や農民として働いているものだっていると聞く。レアとはいえ、千人に一人だ。


 ……でも、そうじゃない。

 だって、ライトの夢はサーヤと一緒に冒険者になること。


「ライト君……君の気持はわかりますよ。たしかに、光属性では、魔物と戦う力には乏しいかもしれません──それでも、それが神が君に与えた運命なのです。……受け入れなさい」


 それだけ言い切ると、もはや神官はライトを見ておらず、補佐の者に次の少年を呼び寄せさせた。


 もう、これ以上は語る気もないようだ。


「そ、そんな……」


 がっくりとしたライト。

 神官のいうように、ライトは「魔法使い」系統だ。

 孤児になった経緯は不明なんだけど──どうやら生まれつき相当に「高い魔力」を有しており、孤児の中でも魔法使いとしては将来を有望視されていたほどだ。


 だから、別に凄い属性に目覚めたかったわけではない。

 ほとんどの「魔法使い」系統の者は、4大属性の診断を受けるのだから、それでよかったのだ────【火】や【水】属性で十分。

 いっそ、その方がライトの生まれ持った高い魔力量をいかんなく発揮できたというのに……。


 ──よりにもよって、1000人に一人のレア属性「光」だなんて。


 それからというものの、ライトの人生は真っ暗となった。


 【光】属性を得て真っ暗というのもおかしな話だが、外れ属性とわかったとたんに、みんなの態度も急変した。


 生まれつき魔力が高いライトは、きっと将来は凄い魔法使いになると思われていたのだろう。


 だから、将来の寄付を期待していた孤児院は明らかにライトに冷徹になったし、

 孤児仲間も一線を置くようになった。


 ネトーリ先生も、サーヤもどこかよそよそしくなった。


 そして、15になったライトは何者にもなれずに、孤児院を追い出されるようにして出ることになった。


 サーヤやほかの孤児仲間は魔法や剣技などを覚えたりして兵士や冒険者の道へ。

 街で暮らすことを希望する者は、手に職をつけたりして、親方のもとで弟子入り──。


 しかし。


 ライトはどうしても冒険者の道が捨てきれず、無駄かもしれないと思いつつも、教会のカリキュラムを経て、【光】魔法を覚えると、冒険者ギルドの門を叩いたのだった──……。


 だが、冒険者の道は、思った以上に厳しいものであったのは言うまでもない。


 【光】魔法使いと知れるや否や、ライトを仲間に入れてくれるパーティはおらず。同じ新人の中でもライトと組みたがる者はいなかった。

 それから何年もそんな日々が続き、それでも夢を捨てきれないライトは、唯一の武器である【光】魔法を磨き、誰もがやりたがらない雑用を進んでこなしていた。


 いつしか、雑用係や便利屋として、冒険者間ではちょっとした有名人になっていたのだった。



 それが17才の頃──。



 今となっては、『歩く松明』『魔力タンク』『雑用専門』『寄生虫』──いやー……色々な二つ名を頂戴しております。


 だけど、二つ名とは別にそれなりに需要があるので、ギルドでパーティメンバーを募集すれば時々お声がかかるので、そこまで悪いとも思っていない。


 ……ぶっちゃけ最近は慣れてきたし、こんな生活もありかなと思っている。


 【光】属性を得て以来、孤児院での扱いはひどく、常に雑用を押し付けられ、時には重労働の院の料理番もやらされたおかげで、家事もできる。


 体力もついた。


 そのせいというか、かいもあって荷運びだけは得意だった。本職の「戦士」系統にも負けないくらい体力はあるつもりだ。


 ──おかげで、安い賃金でなら雇ってくれるパーティもあった。

 もちろん、臨時でだけどね。


 でも、そのせいか、少しずつライトの評判が知れ渡るようになった。

 安くこき使える荷物持ち──というだけでなく、光源のないダンジョン内では重宝する「照明」役として。


 ……一般的には魔道具や松明を使うがどれもかさばるし、消耗品で高くつく。


 それをライトならば解消できるのだ。


 そのためか、ダンジョンのお供に呼ばれることは多くなってきたのだ。

 なにより、ライトの高い魔力量もあってかクエスト中に魔力が尽きることはなかった。


 また、魔法使い同士なら、「魔力譲渡」という初級スキルで魔力を供給できるという点も、そこそこに評価されていた。


 これ••は持ち主の魔力が丸々使えるわけではないが、手や体の一部を触れるだけで何割かを譲渡できるというものだ。


 長期戦になったとき、これだけで魔法使いの戦いの幅を広げられる有用な手段だった。


 ……もっとも、4大属性もそれ以外の属性も、もとよりそこまで魔力が高くなるわけではないので、普段使われることは稀だ。


 つまり、外レ••属性のライトだからこそ使えるスキルだろう。


 だから、これらの二つ名がついたわけだ。


 『歩く松明』『魔力タンク』『雑用専門』──『寄生虫』……。


 ……寄生虫の由来は、まぁわかるだろう?

 モンスターを倒せないライトは、クエストやダンジョンに潜った回数のわりにLvは低い。

 そのLvを上げるためには、パーティの誰かにモンスター倒してもらうしかないのだ。


 ゆえに寄生虫。


 しかし、そう呼ばれるほど、なんだかんだでクエスト攻略回数の多いライトの「光魔法」の熟練度はつい先日、ほぼ最高・・・・ランクのLv9にまで上昇していた。


 モンスターを倒して上昇するLvとは異なり、魔法の熟練度は、魔法を使えば使うほど上昇する。

 魔力消費が少なく、そして、元の魔力が高いライトだからこそ、若くして、【光】属性をLv9にまで引き上げることができたのだろう。


 おそらく、史上初。


 きっと、【光】属性をここまで鍛えたものはいないのではないだろうか?

 ……ま、それくらいに使えない属性なのだろう。

 実際に、ギルドで聞く限りでも、その例は聞いた事がないという。


 だが、それは同時に、ライト自身のの失望をも生んでいた。

 なぜなら、光属性の熟練度がLv9に達した今──ライトが期待していた熟練度を上げればいつか攻撃手段が生まれるかも、という淡い期待は失われたからだった。

 残す属性レベルは10のみ。いわゆるカンストだ。


「まぁ……期待しないほうがいいよな。どーせ、またハズレに決まってるしー。しっかし、ほんッと、とことん外れ属性だよなー」


 今日のクエストを終え、ギルドに返ってきたところで臨時のパーティと別れて、一息。


 わずかな報酬を手に、併設の酒場で一番安いランチを注文するしながら、今日の成果を確認──。


 ステータスオープン!


 ブゥン……!



 ※ ※ ※

L  v:15

名  前:ライト

職  業:冒険者(下級)

系  統:魔法使い

属  性:光(Lv9)(UP!)

所得魔法:Lv1灯火ブライト、Lv2光球ライトボール、Lv3蜃気楼ブラー、Lv4光爆発フラッシュバン、Lv5聖光ホーリーライト、Lv6安息光サンクチュアリ、Lv7光学迷彩ステルス、Lv8光連鎖ライトニングチェイン

Lv9千夜一夜スターライト(NEW!)


●ライトの能力値


体 力: 141

筋 力:  30

防御力:  34

魔 力:5872

敏 捷:  25

抵抗力: 209


残ステータスポイント「+2」


千夜一夜スターライト──……備考:一帯を真昼に戻すほどの強い光で覆いつくすか。その光は、動植物が昼と勘違いするほど明るく温かい……ね。そして、攻撃力ゼロ───はは」


 Lv9の魔法だというのに相変わらず攻撃力は無さそうだ。


「ま、もう期待してないよ」

 とはいいつつもちょっとガッカリ。


 ──はぁ……。


 今度こそは、とひそかに期待していたが、現実は甘くはなかった。


「はぁーぁ……明日の仕事を探そ」


 肩を落としながら、時折、馴染みの冒険者に挨拶したり、根性の悪い連中に二つ名でからかわれたりしながら、ギルドの窓口につくと、いつものように「パーティ募集」がないかを確認。


 これが結構依頼があったりして、ライトは最近人気者だ。

 ……もっとも、賃金はめっちゃ安いけどね──。


 それでも、ダンジョンやクエストからの生還率を考慮されて、今はなんと冒険者ランクは「D」と評価されていた。


 ……ライトの実力かと言われると、ちょっと恥ずかしくて言えないので、普段はアイアンの冒険者認識票は隠しているけど。


 ちなみに、冒険者ランクは、下からE~Aで区分され、そっれぞれウッド、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールドとなっている。

 都市伝説では、Sのプラチナも存在するというが、そんなの見たことなどないので、基本はAランクを誰もが目指すものだ。


 もっとも、冒険者ならだれでもSのプラチナにはあこがれるけどね──。

 そんなとりとめもないことを考えつつギルドの窓口に顔を出す。


「メリザさん、ライトです」

「あら! おかえりなさい。クエスト完了聞いてますよ」


 さっきの臨時パーティの奴かな。


「えぇ、北の「小鬼の洞窟」でゴブリン退治でした。いつも通り、荷物持ちと松明役をしただけですけどね」


 本当のことなので隠す気もない。


「そんな!……ここだけの話、あのパーティのリーダーは関心してましたよ? 気配りもできるし、荷物もいくらでも運んでくれる。──松明で手がふさがらないから戦闘しやすかったって」


 へぇ……。

 アイツそんなこと言ってたんだ。


 別れたばかりのパーティのリーダーの顔を思い出す。眉間にしわを寄せた中年中堅のメンバーだったと思う。

 クエスト中は仕事関係のことしか話していなかったのにな。


「まぁ……『照明アイテム』はかさばりますからね」


 ポリポリ


 松明は重いし、魔道具は壊れやすい。

 ライトは【光】魔法のおかげでこのあたりのわずらわしさから解放されているが、普通のパーティは大変だろうな。


「それに、ゴブリンキング戦では、メンバーに魔力譲渡してくれて、最後まで火力がつきなかったって!」

「それくらいしか取り柄ないですし」


 元々の魔力が高いことと、【光】属性の特性としてLvUPで魔力が上昇しやすい。

 魔力の高さは、属性的な使いやすさに比例するのか、「4大属性」→「無」→「聖」→「光」→「闇」なんだそうだ。


 見ての通り、魔力は高いが、「闇」はぶっちぎりで使いにくいらしい。攻撃力皆無の「光」より使いにくい「闇」ってどんなものなのか想像もしたくない。

 ……もっとも、発現率は10000人に一人だそうだ。──【光】でよかったとつくづく思うライトであった。


「で──えっと、」

「あ、ごめんなさい! えっと、パーティ募集ですよね? ごめんなさい、今日はないみたいです」


 ありゃ。


 まぁ、なければないで、戦闘力の必要ない採取クエストなんかをいつもやっている。

 夜でも照明魔法が使えるライトは夜の森で採取できるので、貴重な薬草が拾えたりして実はこれで稼いでいたりする。


「いいですよ。いつも通り、継続して募集お願いします。……あとこのクエストを」


 横のクエストボードから、一枚のクエストを受注。


「はい、かしこまりました、『パーティ募集』と……。いつもの『月光草の採取』の受注ですね? 少々お待ちください」


 パーティ募集は継続なので、手続きなし。

 採取クエストだけ、写しをもらって受注完了だ。


 ライトは、まだ陽も高いが、今日の報酬で早々に寝ることにした。

 ギルドの安い部屋に荷物を置くと早々に眠りにつく。

 ……ライトの活動時間は、どちらかというと夜なのだった──。

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