第20話
数日前とは打って変わって、穏やかに凪いだ海。
補修が済んだ筵帆に風を受け、王鋥が操るジャンク船はゆっくりと動き始める。
そして、その周りには数隻の小早舟。
それらに乗り組む侍達は、周囲ではなく王直らに殺気すら含んだ視線を向けている。
囲まれている側からすると、水先案内というより護送でもされているかの様だった。が、それも仕方がないだろう。
何故なら……彼らの主家、その御曹司が単身、異国人の船に乗り込んで居るのだから。
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「ほう! やはり、これだけの大きさの船は動きだしてもどっしりとした物だな!!」
はしゃいだ様にそう話すのは当の
彼は、航路の打ち合わせが終わった後も船から降りず、小早に戻る様呼び掛ける家臣からの声を一喝すると、そのまま船に居座ってしまった。
曰く、
「なに、やはり近辺の潮の流れに詳しい者がいた方が良いだろう」
――との事だったのだが、どうにもその興味は異国の船とそれに乗り込む一人の青年に向けられていた様に王鋥には感じられた。
「う、うむ。
しかし、種子島殿。ご家来衆の元に戻らずに良かったのか? 彼らも大変心配している様だが……」
親しげに隣に立つ時堯にタジタジになりながらも宗三郎はそう返す。
それに間髪を入れず、やたらと親しみを込めた声で宗三郎に返答する時堯。
「構わないさ。
……それより、私の事は
「あ、ああ」
そんな二人を少し離れたところから眺めつつ、新城と甚五郎はヒソヒソと囁きを交わす。
「おい。あの若様、やっぱり宗三郎殿の事狙ってるんじゃないのか? 距離の縮め方がかなりエグいぞ……」
「……まぁ、そうも見えますが。
気難しいお侍よりは余程マシってもんではないですかい?」
そう言って苦笑する甚五郎に、新城も同意する様に小さく笑う。
「確かにそうだな」
そう新城と甚五郎が密やかに笑い合っていると、不意に不意に船がグラリと揺れる。
種子島の最南端・門倉岬に至り、今度は種子島西岸を北上すべく、舵を大きく切ったのだった。
船体を傾け、船が旋回していく。
時堯と宗三郎以下、合わせて四人は帆装を切り替えるべく忙しそうに駆け回る水夫達を呑気に眺める。
そんな中、ふと新城は思うのだった。
水先案内人として船に乗り込んでいた筈なのにその役割をちっとも果たさず、宗三郎と話し込んでいる時堯。
その彼を頼る事もなく、周りを囲う小早舟とも協調して操船を行う王鋥はやはり只者ではないのだな、と。
****
大陸で広く使われるジャンク船には、縦帆の一種であるジャンク帆という帆装が用いられている。
これは和船などが用いる横帆と異なり、風上にも切り上がる事ができた。
中でもジャンク帆を用いるジャンク船は、この大航海時代において、その帆だけ見ても欧州のキャラック船等に比べて、性能面でも運用面でも優る優秀な船であった。
「おお! 凄いな、当家どころか島津家の水軍にもこんな軍船は有るまい」
時堯が感嘆の声を上げる。
それを聞いた宗三郎は己の記憶をたどりながらボソリと呟く。
「島津家というと……薩摩の?」
近衛家の荘園であった島津荘、その地頭職を鎌倉の世に惟宗氏の一族が拝領した事に始まるのが島津氏だ。
一時は大きな勢力を誇っていたが、この頃には複数に分割された諸分家が宗家の座を巡り、ぐだぐだの内輪揉めをしている良くある武家の一つでしかなくなっており、宗三郎も余りその名を知らなかった。
そう尋ねた宗三郎に対して、時堯が答える。
「ああ。一応建前としては薩摩、大隈、日向の守護であるんだが……どちらかというと薩摩、かな。
……掃いて捨てる程の分家があってな、今は宗家の座を巡って争っているよ。
まぁ、当家はその内の島津相州家の配下だ」
そう語る時堯は、どことなく鬱屈した表情を浮かべている。
が、すぐにそれを打ち消し、明るい声で言葉を続ける。
「まぁ、寄らば大樹の陰とも言う。
大殿――
……今はまた反抗する分家に苦戦しているが、やがて四五分裂し争っている島津家を纏め上げるだろう……。
そんなお方に従っておれば、我らが本貫の二島も安泰よ」
「……うん? 二島?」
時堯の言葉に疑問を覚えた宗三郎が思わず声を出す。
ちょうどその時だ、一行が乗るジャンク船は旋回を終え、種子島の西岸を北へと進み始めた。
それに伴い、甲板に立つ宗三郎らの視点が反転すると、時堯が眼前に現れた物を指し示しながら声を上げる。
「ああ、アレだ。種子島と共に我が種子島家が治める屋久島は……」
――と。
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