第19話
ジャンク船が、種子島の入り江に停泊してから二日が過ぎた。
その間、島主の許可を伝えに来た篠川小次郎らが食料などを持ち込んだ以外大きな動きも無く、補修の具合を計る為にジャンク船は何度か周辺を帆走したりしたものの、基本的には停泊したままで王鋥達も大人しく過ごしている。
そんな日の昼過ぎの事だ。
入り江の入り口から、こちらに向かって来る数隻の小早船の船影が現れた。
「何だ?」
宗三郎達が首を傾げているとうちに、より接近したその船団の先頭の小早。その船首に立った男がこちらに大声で呼び掛けだした。
鎧姿の、まだうら若い青年だ。
「我はここ種子島の島主、種子島加賀守が子、
ついては、城のある赤尾木の浦まで船を動かして欲しい! 我々が誘導する!」
それを聞いて、いつでも手勢を動かせる様に身構えていた王鋥は、ニヤリと笑みを浮かべると、身を乗り出す様にして返答を返す。
「ありがたき幸せ。是非ともお受け致す!
しかし、船を動かすにもすぐにという訳にはいかない。半刻ほど猶予を頂く。あとは、その間に航路についてお訊きしたいのでどなたかに乗船を求める!」
すると案の定、種子島左衛門尉時堯が答える。
「承知した!……では某が参ろう!」
そう言って、時堯は何事か周囲に語ると、小早から舷側に下げられた縄ばしごを伝い、スルスルとジャンク船の甲板まで上がって来る。
その動きは素早く、辺りの侍達が時堯を止める暇も無いほどだった。
それを見た王鋥も「ほう!」と感嘆の声を上げる。
「これは驚いた。大したものだ」
「お褒めの言葉、痛み入る」
そう言いながら時堯は、ジャンク船の甲板へとを降りると王鋥の前に立つ。
中々、この時代としては大柄な部類に入るのでは無いだろうか、身丈は五尺半程で王直の目線と同じぐらいで、年は新城と同じぐらいだろう、だが身体の線が細く、顔付きもやや童顔である。
その顔を興味に満たした面持ちのまま、時堯は口を開く。
「さて、改めて挨拶をさせて頂こう。種子島加賀守が嫡男、種子島左衛門尉時堯と申す」
その挨拶に対し王直もにこやかに答えた。
「某は名を王鋥、号を五峰と申す。博多から堺に向かう途中に嵐にあいここへと流れ着いた。
停泊と補給の許可を頂き、誠に感謝している」
そう言いながら大陸式の礼を取る王鋥に鷹揚に頷きながらも、そわそわとした面持ちで時堯が王鋥に尋ねる。
「ウム。――さっそくだが訊きたい事がある。
貴殿らは明国の商人との事だが、何を扱っている商人なのだ?
漢籍などがあれば買い求めたいのだが……」
それを聞いた王鋥は、少し困った様な笑顔でそれに返した。
「手広く商ってはいるが、嵐の中、僅かでも船を軽くすべく殆ど海へ投げ捨ててしまいましてな。今あるのは火薬を用いる武器くらいで」
「火薬……では、元寇で元軍が使った?」
時堯は怪訝そうな表情でそう言うと、僅かに眉根を寄せた。
そんな時堯に、キラリと瞳を輝かせたと思うと王鋥は懇切丁寧に説明を始める。
まるで商売の良い機会だとばかりに。
「いや、鉄の筒から鉛玉を打ち出す……いや、見て頂いた方が早いか」
王鋥はそう言うと、近くを通りかかった水夫に何事か指示を出すと、
「今、お持ち致しますので少々お待ちを」
と答えて頭を下げる。
「ああ、少し興味を持っただけだ、構う事は無い。ところで――」
王鋥の熱に少しばかり辟易した時堯が、話を逸らすかの様に声を上げる。
「ん?何か」
「あそこの男達は日の本の者か?」
そう言って時堯が示したのは宗三郎ら三人の事だった。確かに三人共着物を着ているし、腰には刀も下げている。見ればすぐにそう思い至るだろう。
「あぁ、彼らは博多から堺まで乗せて行く約束をした者達です。何でも美濃まで行くのだとか」
「ほう……そうなのか」
時堯は納得した様に呟くと、宗三郎達に視線を向ける。
宗三郎と目が合うとはにかみながら少し笑いかけて来たので、宗三郎も笑い返してやる。
すると、何故か時堯の顔が真っ赤に染まる。
それを見た宗三郎は首を傾けた。
「……何だ?」
不思議そうに首を傾げていると、横合いから甚五郎が話しかけて来る。
「アレではないですかね。
高貴な御方が時たま持つ……」
そこまで言った所で、新城が割り込んで来る。
「つまりはあの侍は男色家だと?」
「そういう事です」
新城と甚五郎が意味深に頷き合っていると、得心した宗三郎がポツリと呟く。
「成程、確かにそういった嗜好の持ち主はままいるが。父上もそうだったし、珍しくは無い」
「……」
「……」
それを聞き黙り込む二人。
「……甚五郎殿、これは宗三郎殿もそう行ったご趣味って事なのか? 俺、恐くてもう同じ部屋で寝れないんだが」
「私も同じ事を考えてましたよ……アハ……ハ」
そう囁き合う二人に、宗三郎が
「どうしたんだ二人とも? さっきから少し様子が可笑しいぞ」
と、声を掛けたその時――
ズドンッ! と大きな音が響き渡る。
「!?」
三人慌てて音の方を見ると、王鋥の持つ――鉄砲の銃口から煙が立ち昇っている。
どうやら時堯の為に、運ばれて来た火縄銃でさっそく、浜に向かって試し打ちをしていたらしい。
時堯は余りの轟音に驚き、甲板に尻餅を着いている。
王鋥はニヤニヤとした笑顔でそんな時堯を見つめていた。
「お気に召しませんでしたかな?」
そう問われ、時堯はハッとした表情を浮かべると慌てて立ち上がり、王鋥を睨みつける様に見据えて口を開く。
「いや、驚いただけだ。
しかし、凄まじい轟音であるな。
これはどの様な武器なのだ」
時堯の問い掛けに対し、王直は得意満面といった様子で答える。
「これは鉄の筒に火薬と鉛の弾を込め、そこに尻から火縄で火を付け弾を打ち出す武器でございます。
火薬の量等で威力が変わるのですが、このぐらいであれば、鎧を着た武者でも貫けましょう」
その言葉に時堯は目を大きく開き、感嘆の声を上げる。
「何と!
……いやはや、恐ろしい武器だな」
そう呆けた様に呟く時堯であった。が、ジャンク船の側に浮かぶ小早から時堯を心配する声が上がっているのを聞くと我に返り、甲板から身を乗り出し、配下に大声で無事を伝える。
「大事無い!大丈夫だ!!」
そんなやり取りを眺めながら王鋥が言う。
「まぁ、良く良く興味があると仰るのであればお城の方でも、こちらを披露致しましょう。
ですが、そろそろ航路についてもお訊きしませんとな」
「ウ、ウム」
それを聞いた時堯はその言葉に、何とか鷹揚に頷くと、改めて王鋥に向き直った。
「では、まずは貴殿らの船についてだが――」
――それから暫く、時堯と王鋥による話し合いは続くのだった。
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