第18話

「おい見れ、船じゃ」


「ああ本当や、随分ボロボロじゃな」


 島の丘の上、そこに作られた畑の世話をしていた二人の男が海を眺めながら話している。

 彼等が望む先には、一隻のジャンク船が、あちこちほつれてしまっている筵帆で何とか風を受け波を掻き分け、島の湾内へと侵入しつつあった。


「ここらん船じゃ無かね」


「ああ、唐国ん舟や」


 彼等は顔を見合わせ、首を傾げる。


「お殿様に報せっか」


 一人がそう言う。


 大隅諸島の一部であるここ種子島。九州の南方に位置して四国沖の南方航路に近く、日の本から琉球を通じて大陸や南方の国々まで続く航路上に位置していたので、様々な品を扱う商人達がこの島には時たま立ち寄る事もあった。


 大方そのような商船が、昨夜の嵐で難破寸前になって漂着したのだろう。と、男達も思っている。

 しかし、そんな商船がまま漂着する中にあっても、異国の船はやはり珍しいのだ。何かあっては一大事と、二人は急いで村へと戻るのだった。


****


 ――島に辿り着いたジャンク船は、そのまま島の東岸の入り江に錨を下した。


 甲板の上には幾人もの水夫が忙しげに動き回っていた。だがそんな中、宗三郎と甚五郎はといえば、未だぐったりとした様子で甲板に座り込んでいる。


「いやはや、やはり瀬戸内とは波が違うな。幾度かもうこれまでかと思ったぐらいだ」


「そうでございますね。無我夢中に動いている時は気にならなくとも、こうやって気が抜けると一気に疲れが……」


 そう言い合っている宗三郎と甚五郎に新城が声をかける。


 「いつまでそんな腑抜けた事を言っているんだ。……まぁいい。

 取り敢えずは無事に陸地に着いたんだ。さっさと降りろ」


 が、そんな新城の脇腹を肘で突く者がいる。王鋥だ。


 王鋥は顎をしゃくりながら呟く。


「いや、そうもいかん。――あれを見ろ」


「ん?」


 見ると、海岸から少し離れた林の中から、数名の騎馬武者と、その供廻りの集団がこちらに向かって駆けて来る。


「何だ? あいつら……」


「大方、ここの領主の配下だろうな。まぁ、丁度良い」


 王鋥の言葉に、新城は眉を寄せた。


「何だ、商売の話でもするのか?

 言った通り、俺の銃はやらないぞ」


 すると王直は肩をすくめ、首を振る。


「そいつはもう良い。まぁ見てろって」



 そう言って王鋥は立ち上がり、部下達を呼び寄せると、手早く大陸の言葉で指示を出す。


 その間にも、こちらに向かって来た集団は、停泊しているジャンク船を遠巻きにするような形で立ち止まる。

 だがやがて、その中央で騎乗している鎧姿の武者が一騎抜け出し、ゆっくりとジャンク船の方に近付いて来ると声を発する。


「某はここ種子島が島主、種子島加賀守様かがのかみさまの臣、篠川小次郎しのかわこじろうと申す!  

 そちらは何処いずこのの船で何用にて島に立ち寄られたのであるか!」


 そう大音声を上げ、馬上から名乗りを上げた篠川小次郎の問い掛けに対し、王鋥も大声で返す。


「俺は王鋥! 我等は、明国は明州の商人。博多より坊津を経由してより堺へ向かわんとする航海の途中で、このたびの嵐により進路を誤りこの島に流れ着いた次第。

 ――船の修理をする間、停泊と陸への上陸をお許し頂きたい。後は相応の対価はお渡しする故、幾らかでも物資の補給を願う!」


 それを聞いた小次郎は「ふむ」と呟いてから、暫し思案する素振りを見せた後、答えを返した。


「あい分かった。

 貴殿が嘘偽りを述べていないならば、その程度の事は問題無かろう。

 だが、我が主のお許しを得なければ某の一存では決められぬ。それまでは、浦への停泊のみ認める。それで良いか! 王鋥殿よ」


「感謝致す!」


 王直は頭を下げて礼を言う。


「うむ。

 では、私は主に報告に参る故、これにて失礼致す。    

 ……のちほど、僅かだが水と食い物を運ばせる。後は念の為に監視の兵等は置かせて貰うが、どうかご容赦願いたい」


「承知した」


 そうして、一通りのやり取りを終えると、小次郎は数人の兵を残し、来た道を引き返していった。

 その姿が見えなくなると、やり取りを眺めていた甚五郎が感心したような声を上げる。


「……あのお侍様、中々に用心深いお方ですな」


 それを聞いた王鋥が、甚五郎に笑いながら声をかける。


「ほう、アンタも気付いたか」


「どういう事だ?」


 そう宗三郎が不思議そうに呟くと新城がそれに答えた。


「林の中に兵が伏せてあったな。

 相手を小勢と侮り襲いかかっていれば、ソイツらがわらわらと飛び出して来ただろう」


「成程、そういう事か」


 納得したように、宗三郎が呟く。


「まぁ、ここは奴らの言う事を聞く。こちらから仕掛けなければ向こうから何かしてくる事も無いだろう。

 ……警戒は怠らないがな」


 王鋥はそう言って、配下に指図を出すべくその場を離れていった。


 後には、揺れない陸地を羨ましげに眺める宗三郎と甚五郎、それを苦笑いで見つめる新城の三人が残されたのだった。

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