第17話

 宗三郎らが必死になって水を掻き出したお陰か、王鋥おうたくが操るジャンク船は何とか無事に嵐を乗り切る事が出来た。もっとも波風に浚われ大分、南に流されたらしいが。


 それでも、嵐の後の凪いだ海を行く船の中で宗三郎達は、皆生きて――一様にぐったりとしていた。

 そんな中でも、比較的しっかりとした足取りで船室から出て来た新城は、同じく甲板に出て来ていた王鋥の姿を認めるなり、何とも言えぬ表情を浮かべて、頭を掻くと語りかける。


「……あー。

 お互いに助かって何より」


「全くだ。

 だが、アンタはあんまり堪えてなさそうだな?」


 王鋥も苦笑いしつつそう返す。


「ああ。昔取った杵柄って奴だ」


「そうかい。

 まぁ、そっちの方が気楽でいいやな」


 そう言い合って、二人は共に大きな溜め息をつく。

 二人の間に暫しの沈黙が流れた。


 それから、新城がおもむろに口を開く。


「それで、これからどうするんだ? 積荷から何から全て海に放り込んでいただろう。堺まで行けるのか?」


 その言葉に、王鋥は僅かに考える素振りを見せつつ答える。


「さてね。

 正直、このままだと無理だろうよ。

 坊津で少しでも荷を仕入れて、一度寧波に戻るか、  

 ……それか近くの浜で荒事をこなすか。

 ――アンタがその気なら、一枚咬むか? どうもアンタは慣れていそうだ、その辺りには」


 そう言われ、新城の顔に酷薄そうな笑みが浮かぶ。

 だが、すぐに真顔に戻り首を横に振った。


「止してくれ。

 ゾッとしないぜ」


 剽軽ひょうきんを装いつつも、声音は何処までも冷静だ。


「ハッハ! 冗談だよ! 俺も危ない橋は嫌だ。この国の戦士層は皆、勇猛だからな。

 それより一つ頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」


 王鋥の言葉に、新城は眉を寄せて問い返した。


「頼み? 一体何をしろと言うんだ?」


 すると王鋥は、ニヤリとした笑顔のまま言った。


「ああ、ちょっとばかりアンタの持ち物を見せて貰いたいんだよ。 ――アンタはどうもこの国の人間とは違う空気を感じる。しかもかなりの手練れと見受ける。そんな人間が持っている得物を拝見したい」


 そんな王鋥の言葉に、新城も不敵に笑う。

 まるで相手の思惑なぞ、お見通しだとでも言うかの様に。


「……小銃か。何だ、あれが目当てか? アンタらだって似た物は知ってるんだろ」


「……そりゃな。

 今回もそれが売れるかの下見みたいなもんだ。だが俺は鼻が効くんでな、アンタの物が俺達が扱う物よりよっぽど役に立つ。それは分かる」


 そう言う王鋥に、新城は笑みを消して呟くように問うた。その眼差しは酷く真剣だ。

 王鋥の瞳を見据えながら、静かな声で語りかける。


「分かってどうする」


 対し、王鋥も眼を逸らす事なく答えた。


「売るのさ。

 買う奴が居て、金になるなら幾らでも

 それが俺達だ」

 

 そんな王鋥の眼を見て、新城は静かに告げる。そこには、僅かな憐れみの色が見えた。


「……つまらねぇな。下らな過ぎる」


「つまらん? 何が」


 王鋥は不思議そうに聞き返して来る。


「……アンタの生き方だ」


 そう言い切った後、新城はゆっくりと息を吐き出し、続けた。


「…………どっかで聞いた名前だと思った。

 ――多分これからも、アンタはそうやって欲に生きる。それ自体は、まぁ良い。

 だが、最後には心が折れる。寄る辺が無くなったところをあっさり騙し討ちにされる。そういう運命だ。つまらん」


 その言葉に、王鋥は笑みを消す。

 スッと細めた瞳、無表情な顔。新城はそん表情を何処かで見た事があった。


 (ああそうだ。あのニューギニア、沼地の中から俺達を見詰めていたワニ。あれと同じだ)


 その事実に思い至った後も、王鋥の視線を真っ向から受けて新城は淡々と続ける。


「――ま、俺が心配する事じゃねえけどな。どのみちアンタとはやっていけねぇよ」


 その言葉を聞き、王鋥は口の端を吊り上げた。だが眼は笑っていない。ただ、ギラギラと輝いている。


「――そうだな。

 ありがたい忠告だと受け取っておこう。

 だが、俺は益々お前が欲しくなった。……いつかそのこうべを俺に向かって垂れさせてやろう。その時は――」


 そう言って凄んでくる王直に、新城は笑みを浮かべて応える。


「やってみな。……だが、そいつは今じゃない。ほら、見ろ」


 新城はそう言って顎をしゃくり、船の前方を示す。そこに見えるは、遠くにポツリと浮かぶ小さな島。


 王鋥もそれを見やると同時に、櫓の上から見張りの水夫が唐国の言葉で何事か大声を上げる。

 それに返答する王鋥。


「やれやれ」


 これでようやく、波に揉まれて半死半生になっている宗三郎と甚五郎も、揺れない大地を踏む事が出来そうだと、新城は苦笑いするのだった。

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