薩摩・大隈編~下町っ子+薩摩隼人→?~

第16話

「ねぇマサさん!

 ……あっしらは美濃へ向かってた筈ですよね!」


 酷く揺れる船の底。余りの揺れに耐えかね船室に突き出た柱に掴まった甚五郎が、新城相手にそう怒鳴りつけた。


 別段、怒りを感じている訳では無いのだ。

 ただそうしなければ、指呼の距離でも声が届かない程に辺りに騒音が満ちていただけで。


「ああそうだ!!

 そこのバカ野郎が博打の為に二十貫文も賭場から借りなければ、今頃は客として船に乗っているか、山陽道をのんびり歩いて瀬戸内海でも眺めて歩いていたさ!」


 新城が膝まで海水に浸かり、船底の水を桶で汲み上げつつ、そう怒鳴り返す。


「……今更、言っても始まらんだろう! このままでは嵐自体で沈むより先に、溜まった水の重みで船が転覆しかねんぞ!

 第一、アレは賭場の女主人が幾らでも使って良いって言ったんだ!」


 宗三郎は新城が汲み上げた水桶を、更に上に待つ異国の水夫に受け渡す。要はバケツリレーだ。


「この、バカ! その女はアンタの身体が目当てだったんだ! 初めに気が付け!!

  しかもそいつの男が博徒の元締めって、アンタ死にたいのか!?」


「ハハハ! まったく、色男はつろうございますな!!」


 宗三郎の言葉に新城が叫び返し、甚五郎がやけっぱちに笑う。


 三人が三人とも酷い有様だった。

 頭から爪先までずぶ濡れで、顔色も水の冷たさで土気色だ。


「お前等、良いから手を動かすネ! このままじゃ皆揃ってお陀仏アルヨ!!」


 そう水夫に怒鳴り付けられながら三人は、一心不乱に船の下から甲板へと、水を汲み上げる作業に戻るのだった。


****


 何故こんな事態になったかと言えば、話は数日前に遡る。


 鶴崎を発ち数日。一行は無事に博多まで辿りついていた。ところがそこで足止めを食らう。


 理由は、東への主要街道である山陽道・山陰道が共に使用不能だからだ。


 瀬戸内海及び伊予では、未だに村上通康が河野家の重臣、豪族らを相手に孤軍奮闘に暴れ回っている。

 通康・或いは反通康の村上一族の息が掛かった人間は安芸や備後、備中等の山陽道沿いにも大勢いる。そこでもし、宗三郎の素性が割れてしまえばどうなるか、まず間違い無く面倒事になる。


 かといって山陰道は、大内家が大軍を発して尼子家を攻めている関係で、物流自体が滞っていた。

 つまり、今のままでは一行は九州から東に向かえないのだ。


 そこで、甚五郎は危険を押しても山陰沖を抜ける船を何とか用意しようと、湊屋としてのつてがある商家に向かい、宗三郎と新城は、その間の情報収集と暇潰し、若しくは一応――金策を兼ねて、土地の博徒が開いていた賭場へと向かった。


 勿論、宗三郎は賭博なぞした事は無く初めは戸惑っていたものの、そんな若者に悪い遊びを教えるという喜びに満ちた新城が手取り足取り丁寧に教えたおかげで、宗三郎も徐々に勝負に熱を入れ始めた。


 ところがだ、悪い遊びを教えた張本人はすぐに飽きてしまったのか


「俺は別の場所(酒場)で情報収集して来る」


と、その場を立ち去ってしまう。

 ――宗三郎を残して。


 いや、新城としても精々小遣いを全て使い果たすぐらいだと考えていたのだ。まさか二十貫文もの金を借りてまでのめり込むとは思ってもみなかった。


 だからこそ新城も、酒場で酒を飲んでいたところに裸に剥かれかけながらも逃げ出して来た、宗三郎が現れて、眼を剥いて驚いたのだった。


 半裸、半泣きで「助けてくれ!」という宗三郎と、それを追いかけて来た元締めと無頼共。


 『情と金』という、この世でもっともややこしいトラブルを見事に揃って抱え込んだ宗三郎。それを理解した新城。

 もう面倒になった新城はこの世でもっとも分かりやすい『暴力』という力で解決しようしたが、それを止める者がいた。


 酒場で新城と意気投合し、酒を飲み交わしていた大陸の船乗りである。

 筋骨隆々とした日に焼けたその大男は、呵呵と大笑しながら、

「俺の船で水夫をやれ、そしたら俺が肩代わりして堺まで連れて行ってやる」

と言ったのだ。

 それに対して新城が何かを答える前に、宗三郎が「何でも良いから頼む!」と言ってしまう。


 勿論、新城は頭を抱えた。騒ぎを聞きつけやって来た甚五郎も。

 だが彼らにとっても、堺まで乗せてもらえるというのは、魅力的な話ではあったので結局はその提案を受け、船に乗る事になったのだった。


 もっとも宗三郎は二発ほど(元締めと新城に、)頬をぶたれてからだが。


 この船乗りは一行に王鋥おうとうと名乗った。

 だが、後に別の名を名乗る様になる。


 ――王直おうちょくと。


 南シナ海を中心に大陸沿岸をこれでもかと荒らし回る倭寇。後にその頭目として名を馳せる事になる、東洋の海賊王その人であった。

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