第14話
月が天頂を少し通り過ぎた頃、宗三郎は寝床からムクリと起き上がる。
そしてそのまま、高いびきをかいて眠る新城に気取られぬよう、忍び足を使い音を立てずにゆっくりと部屋を出た。
向かう先は一階のお篠の部屋だ。
(……ちゃんと伝えなければ)
宗三郎は、あの夜の出来事を思い出していた。
あの夜――この湊町に辿り着き、お篠と出会った夜の事を。
何処か気怠げで蓮っ葉なお篠の佇まい。あの何とも形容しがたい危うげな女。自分が産まれ育った城には全くいない類いの女。
新城に指摘された様に、自分は初めから彼女に惹かれていたのだろう。
もっとも、それだけの話だ。
どういう事も無い筈だった。
どうせ自分はすぐにここを去る筈なのだから。
ところがだ、燻っていただけの恋の炎は、宗三郎がその気持ちを整理する前に火に油が注がれてしまったのだった。――誰がそれを望んだ訳でも無いのだが。
****
新城が街に出掛けた後の事だ。
外の厠に行く途中、物音に引かれて向かった先で宗三郎は、水浴びをしているお篠の裸体を見てしまった。
動揺した宗三郎が発した物音で、お篠もすぐにそれに気付いた。
あの時、何故己があの様な事をしでかしたのか。宗三郎は未だに分からない。
――ただ、衝動的に身体が動いていた。
我に返ったのは、その欲をお篠に放った後であった。
自らの何処に、そんな凶悪な獣性が眠っていたのか。それも不可解だが、もっと訳の分からない事があった。
お篠だ。
散々にその身を汚されたのだ。普通であれば怒るか、泣くか、どちらにしろ自分に憎悪を剥き出しにするであろう。
だが、お篠の反応は違った。
彼女は、後悔にうち震えて懺悔を口にする宗三郎を責める事も無く、ただその身を抱き締めたのだ。
「気にしないで」
何故、彼女がそう言ったのか。
お篠の身の上を知った今なら分かる気がする。だが、勝手な話だが宗三郎にはそれが許せなかった。
彼女の心にぽっかりと開いた穴。それは決して消える事は無いだろう。
ならばせめて……僅かでも良い。
その穴を埋める手伝いをしたい。
それが、己が惚れた相手への贖罪であり奉仕だと。
****
宗三郎はずっと悩んでいた。
自らの望む道と、今の感情。これが食い違っているのではないか。どちらに従えば良いのかと。
だが、それも甚五郎と話をして吹っ切れた。
どちらかを選ぶ必要は無いのだ。両方を無理矢理にでも叶えてやれば良いのだ。その為に、城を出たのだから、と。
宗三郎は彼女に想いを告げようと思った。
その上で一緒に旅をしようと。
自分とお篠、そして新城で美濃まで一緒に旅をするのだ。きっと楽しかろうと。
そうすれば、お篠の過去の辛い記憶も薄れるだろうと。
美濃でだって曲がりなりにも一族。仕官先くらいは用意してくれるだろう。そうすれば飢える事もない筈だと。
例え、それが若さと勢いによって狭窄した独りよがりな考えであったとしても、宗三郎は本気でそう思っていた。
お篠の部屋の前に辿り着く。
宗三郎が声を掛ける。
「お篠殿、起きていらっしゃるか?
話があるんだ」
やがて、物音と共にスッと障子戸が開けられ、お篠が現れた。
「……なんだいこんな夜更けに」
そう顔をしかめるお篠に向かって、ありったけの決意を胸にした宗三郎が口を開く。
「お篠殿、大事な話がある。
どうか聞いて欲しい――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます