第12話
「……お篠殿」
宿の厨の板間にて、夕餉の席に着いた宗三郎は、背筋を冷や汗に濡らしながらも精一杯、虚勢を張り宿の女将・お篠に語りかける。
「何だい、宗三郎さん」
膳に箸をつけながら、お篠が顔を上げる。
お篠の膳の上には雑穀を混ぜた麦飯と塩漬けにされた菜っ葉、そして焼いた小魚が置かれている。
「い、いや。その……」
対して、そう吃る宗三郎の膳には、雑穀飯に綺麗に身を除かれた魚の骨のみ。他には味噌の一片すら置かれていない。
それを見たお篠は小さく溜め息を吐く、だが何も言わない。
「「…………」」
気まずい雰囲気の中、共に席に着いていた新城がポツリと呟く。
「ようこそこちら側へ。
……お篠さんは碌でなしに厳しいのさ」
そう言う新城の膳には、炙られた魚の骨と安酒が注がれた枡が一つ。飯も菜も無い。
「酒を出してもらえるだけありがたいと思いな。アタシはヤクザ者が大嫌いなんだよ」
そう吐き捨てるお篠に、宗三郎が恐る恐る話しかける。
「お篠殿、ひょっとして怒っているのか?」
宗三郎の言葉に、お篠の目つきが鋭くなる。
「当たり前だろ!!
お使いに出したら、いつまでたっても帰ってこない。街に探しに行ったら、アンタらしいのが侍達と喧嘩をして無頼達に連れていかれたなんて話を聞いてアタシがどれだけ心配したか……。
なのにアンタは、そこの碌でなしと酒の匂いをプンプンさせて帰ってくる。これで怒らないならそっちの方がおかしいよ!!」
一気に捲し立てるお篠。
彼女の怒りで紅潮していく顔色とは裏腹に宗三郎の顔色は青ざめていく。
(これはお篠殿に嫌われてしまったか)
しかしそんな彼を尻目に、新城は平然としている。
「まあ、落ち着きなお篠さん。コイツは俺が無理矢理飲ませたんだから気にする事は無いぜ」
そう言ってニヤリと笑う新城。
お篠はそれを睨みつける。
「アンタもだよ! そもそもなんでアンタみたいな奴と宗三郎さんが一緒にいるんだい!?」
お篠の怒りの対象が今度は新城に向けられる。
すると新城はその目を細めた。
「それはアンタが口を挟む事じゃあ無い。……気持ちは分かるがな。
だから、一つ忠告しとく。やがて、コイツはこの街を去る。余り入れ込んでいると、辛いぞ」
新城の言葉を聞き、お篠は少しの間黙り込む。
そして彼女は再び口を開いた。
「……何を言ってるんだいアンタは。宗三郎さんもアンタも、アタシにとっちゃ迷惑なタダ飯食らいでしかないよ。居なくなってもどうとも思わないね」
お篠はそう言い放つと、そのまま席を立ち何処かへと行ってしまう。
それを見て、新城は小さく溜め息を吐く。
「やれやれ、どうにも強情な女だ。……なぁ、宗三郎さんよ。アンタはどう思う?」
そう訊ねる新城に対し、宗三郎は何も答えられなかった。それを答えると自分の何か、大切な物を捨てるハメになる気がしたのだ。
そんな自分が堪らなく嫌だった。
****
小さな安宿で、そんな修羅場が起きている頃。
鶴崎城内に造られた庭園にて、男が一人、月を眺めていた。城主の吉岡左衛門大夫長増である。
「なる程、道を共に歩む者を人は求めるか。その青年、中々に含蓄のある言を吐くではないか。益々、素性が気になるの」
それに答える者はいない。
ただ、一迅の風が走り抜け草木が揺れる。
「……だが、果たしてその言葉の意味を理解しているのだろうか? 仮に理解していたとしても、果たしてその道を歩み続けられるか……」
長増はそう呟くと、ゆっくりと歩き出す。
「まあ、良い。全てはこれから。その青年に天運があれば何処かで名も聞くだろう。
――のぅ、甚五郎」
長増の声は、何処か楽しげに草木に響き闇夜に溶けて消えていった。
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