第7話~レミリア・ブルーローズ~

 最初は嫌だった。

 いきなり、何の連絡もせずに急に向かったから、印象は絶対に良くないはず。それに、今でこそ真面目、勤勉と噂だけど、前まではそれはもう筆舌に尽くしがたいほどの怠惰、肉体強化にしか適正がないうえ、向上心もない落ちこぼれと言われていた。

 そんなの、誰だって、心配になるし嫌になる。


「ついたようだ。行くぞ」


「はい」


 私の気持ちをよそに時間は過ぎていくみたい。

 ロッシュ家の屋敷に付くと、ロッシュ伯爵が笑顔で出迎えてくれた。息子は庭で待っていると言って、案内してくれた。

 庭に出る扉を開くと、お父様が「何かあれば言うのだぞ」と、背中を押した。


「え?お父様?」


「また後でな。大丈夫だ、心配はいらん」


 困惑して、庭を見ると、薄く、綺麗な魔力で包まれてる、きれいな人がいた。あれが、ロイ・ロッシュ様、なんだろう。




 ロイ様に、庭を案内してもらいながら、いろんなことを話した。前までの噂が嘘のようで、今の噂以上の方だった。

 話していて、変な人だとわかった。悪い意味じゃなく、いい意味で。何より、ずっと、おそらく肉体強化をした状態でいたのに、そうとは思えないほど力が弱かった。

 泊まる、と聞いて、私はなぜか嬉しかった。なぜ?と考えてると、不思議なことに、ロイ様の姿が浮かんできた。なぜかわからず、首を傾げるしか無かった。




 翌日の朝。慣れないベッドだったからか、早くに起きた。そこから眠ることはできず、仕方がない、時間があるから魔法の鍛錬でもしよう、と思い、訓練場に案内してもらった。

 朝は、ほとんど誰も使っていないらしい訓練場は、広々としていて、寂しさを感じた。


「おはようございます、レミリア様」


 ふと、横から声をかけられた。いないだろうと思ってた人の声が。


「あ、お、おはよう、ございます」


 驚いて、挨拶を返した。嬉しさが込み上げてきて、困惑していた。

 気がついたら、ロイ様の方へ歩いていた。


「えっと、どうしました?」


 目が離せず、昨日より濃い、透明な魔力に包まれたロイ様を、じっ、と見てると、首を傾げながら聞いてきた。ただそれだけの所作に、大きく、ドキリ、と心臓が鳴り、そこから耳にも聞こえるほど大きく、ドッドッド、と動き始めた。


「その…な、何を、しているのかな、と…」


「魔法の調子の確認をしてます。と言っても、不調も何もないんですが」


 少し笑いながら、答えた。


「日課のようなものです」


 そう言って、ふっ、と包んでいた魔力が消えた。多分、解除したんだろう。


「そう、なんですか…凄いですね」


「そうですかね。なんだか、恥ずかしいですね」


 搾り出るように出た言葉。それに、少し照れたように返してくる。それに対して、俯いてしまった。


「その…ロイ様は、肉体強化しか、できないから…」


 世間一般で、肉体強化は赤子もできる超初級魔法、と呼ばれている。実際は赤ちゃんにはできないけど、そのくらい簡単で誰でも使える魔法だからだ。効果は、その難易度に見合った、あまり良いものではない。ただ体を強くするだけの魔法より、遠距離からの攻撃を鍛えたりした方が効率もいいんだ。

 ロイ様は、そんな魔法以外使えない。

 それに対して、楽しそうな笑顔で、答えた。


「肉体強化が、ただただ好きなだけですよ。なにも凄くはありません。好きだから、毎朝しているし、好きだから、ずっとやれるんです。上等な理由なんてないので、そんなに褒められるものでは」


「でも!」


 思わず、ロイ様に被せてしまった。


「それでも…周りの方からの視線とか、評価とか、変わりないじゃないですか…!私には、とても…」


 私には、姉がいる。すごく優秀で、何をしても、何をさせても結果を出す人だ。特に、魔法がすごくて、火、水、土、風の基本の四属性全てに適性があって、さらに、属性進化を10歳になる前に終わらせて炎、氷、地、嵐を操る天才だ。

 私は、初めから、氷に適性があったんだけど、姉のように上手く扱えなかった。そのせいで、周りの人から、いつも比べられていた。

 どれだけ頑張っても、褒められない。『姉様はもっとできた』『姉に比べて威力がない』と、いつも比べられ続けてた。

 周りから言われることの辛さはわかる。だからこそ、凄いと言ったんだ。

 私の言葉を聞いて、少し考えて、優しい口調で、ロイ様が答えた。


「結局、他人は他人です。たとえ、どこで何を言おうが、目の前で暴言を吐かれようが、結局『だからなんだ』ということです。価値観や考え方が同じ人なんて、普通いませんから。そんなことで悩むより、好きなことを好きなだけやったほうが、絶対楽しいじゃないですか!それに、もし、頑張りを誰にも褒めてもらえなかったら、代わりに僕が褒めしょう。僕がその頑張りを認めましょう」


 そっと、撫でられた。

 嬉しかった。

 今まで、私が、どれだけ言っても、どれだけ願っても、誰も気づいてくれなかった本心に、気づいてくれて、欲しかったものをくれた。

 涙が溢れてやまなかった。

 そして、気づいた。なんで、ずっと頭からロイ様が離れないのか、なぜ、ずっとドキドキしているのか。


 恋に、落ちたからなんだ。

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