第五話
博雅の姿勢は堂々としており、武士らしい気品が漂っている。が、椅子に座るは、やや不慣れであった。
背もたれは緩やかに後ろに傾斜し、しっかりとした座面で座り心地は良い。脚部も細やかな装飾が施されていた黒檀を使った手の込んだ特注品。
それなりに道満の屋敷に出入りするようになり、椅子の座り方に少し慣れてきていたが。
足元で静かに床を蹴っている様子が、不安定さを物語っていた。
椅子に座る不安よりも不安にさせていた――向かい合っている相手。
博雅の反対側には、ソファにゆったりと腰掛けていた道満が。
彼女はまだ眠そうな目をしており、普段の知的で鋭き目つきはなく。童子が眠気を我慢し無理して起きている印象を思わせた。
体が少しだるそうだった。
道満は夜行性であり、朝が苦手なのだ。黒髪が濡れているのは、寝起きの血圧を上げるため、朝シャンしてきたからだ。温水を浴びることで血行を促進させ、体を目覚めさせるやり方。
香りが漂っている。
道満が好んで使うは、蜂が苦労して集めた蜜を奪いそれを混ぜた石鹸。蜂の種類によって、集めてくる花の蜜に違いがある。それは自動的に香りに差が生じる。それをそのときの気分によって使い分け、寝起きの不機嫌を払拭するのに使用しているらしい。あと、肌の保湿に効果が高いらしい――道満談。
上下桃色のスウェットを着た道満が、テーブルの上にある水滴がついているピッチャーから注がれたグラスに口を付け。一気に喉を鳴らしなが胃の中に流し込んだ。
「腕、上げたわね。香りを引き出しながらも、酸味を抑え甘みだけを感じさせる。蜂蜜を入れないで、
「で、困りごとはなにかしら?」
「道満殿」
道満は薄く微笑みながら、そのしなやかな人差し指をゆっくりと自分の唇に当てた。その仕草に息を潜め道満を見つめてしまった博雅は。
これが悪の
「ちゃん。
「…………、…………」
まるで魔法にかかったかのように静寂が広がった。
道満の甘く囁いた声は命令のような響き。唇に人差し指を当てるだけで、ただならぬ魅力と確固たる意志が込められていた。博雅の心拍を速め、全身に緊張を走らせた。
鳥の羽のように軽やかな言回し、けれどもその存在感は圧倒的だった。博雅の言葉は封じられ、道満から伝わるくる意思。に、ただ彼女の命じるままに静かに。
「み、みちたる。ちゃん」
と、
呟く、博雅だった……。
「よーぉーし、よし、よし。よーおーし、よし、よし。博雅は、素直でよい!
お師匠さま、なんか。『私を呪い殺す気ですか!』って叱られるわ。
みんな、ひどくない」
「はぃ……みなさん…………ひ、ど、い、ですね。みちたるちゃん」
呪ではなく。
賀茂保憲が道満に注意した。言う側の気恥ずかしさによる――拒否反応であった。
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