第三話

 みなもとの博雅ひろまさには、行くのことが億劫おっくうになる場所がある。

 一つは、親友である――安倍あべの晴明はるあきらの屋敷。

 もう一つは、親友の姉の屋敷――蘆屋あしや道満みちたる

 二つの屋敷、どちらかに向かうことになるというのは。都でかなりの問題が、現していることになるからだ。

 武士もののふである博雅の仕事は、都を守ることそれが、みかどを護ることになる。とても名誉なことなのだが……今から足を運ぶ屋敷の主に、「博雅。朝廷ちょうていから使い勝手抜群の交渉者ねごしえーたーに、されたわね」と。

 弟、よりも。上品なのか? 下品なのか? 見る者次第で変わる微笑みをされた。

 そして、

 姉弟よりも飄々とした微笑みができる人物からは、「何かと便利ですよ。秘匿の方たちと関係こねくしょんあるのは」と、たおやかに助言された。


 そんなことを思い出し考えながら人気ひとけのない早朝の道を歩いた。




 壮麗な建物が。

 巨大な石柱がそびえ立ち、重厚でありながら優雅な曲線を描いている。まるで永遠に存在するかのようなこの石柱は、見る者に圧倒的な威厳を感じさ。その間に設けられた木造の門は、精緻な彫刻が施されており、細部まで丹念に作り込まれていた。門の両側には桜の木が植えられ、花が咲き誇る季節になると、石柱の無機質との対比でより美しさが映えた。

 今は花を失っているが、その枝を茂らせ広げ、優しい影を訪れる客人に投げかけ迎えている。


「ぉ、おして……だ、だいじょうぶ。な、の、か?」


 門の横には、小さな張り紙が掲示されていた。

 そこには、殴り書きで【おしてみて】と文が。一瞬で、本能的に危険だ! と博雅は察知した。

 だが、これを押さないで。名を叫んで呼べば、ここの主は答え返してくる。しかし、あと、あと、が怖い――すねられる。

 勇気を出し、取り付けるられている真鍮で作られた箱の出っ張っている部分に、右手人差し指が触れようとしたとき。


博雅ひろまささま」

「ぃ、一文字いちもじ殿」


 救いの執事が登場した。

 精巧に仕立てられた黒いスーツを身にまとい、その上から白いエプロンを着けた。

 スーツは細部にわたって丁寧に作られており、シンプルながらも上質な素材が使われているのが、素人でも分かる。ジャケットは細身でスラリとした体型を強調しながらも、正確に採寸されているため動きの邪魔をすることはない。シャツは清潔な真っ白で、襟元には落ち着いた紺色のネクタイが結ばれいた。

 エプロンは同然、白い。デザインよりも性能重視。しっかりとした素材で作られており、必要な各種小物が収納できるポケット付き。

 髪はセミロングで、銀色の髪が優雅に流れ光を受けて美しく輝く。顔立ちは繊細で、どこか気が弱そうな印象を相手に感じさせるが、その瞳は強く優しく温かさが宿っていた。

 ここの屋敷に訪問する客は、人外魔境の力を秘匿する必要がある。強者のなかの強者たち、それを相手にするのは、並大抵のことではできない。

 洗練された執事の姿とは裏腹に、背には風呂敷。その中には新鮮な野菜が詰め込まれ、色とりどりの野菜が溢れ出し、鮮やかな色彩が目を引く。

 さらに両手に持ったカゴの中には、輝く鱗、川の恵みである鮮魚が入っていた。


 さすが、悪の陰陽師の世話係と称される男――蘆屋一文字。


「それ。触れると感電死しますよ」

「ぇ」

智徳とものりくんが来たときに、道満みちたるが押させたんですよ。そしたら押したとき、ピカって光って智徳くんが。『おま! 客人をもてなすふりして、暗殺すな!! 絶対に怪しいと思って、超純水を張り巡らせておいてよかった、わ。危うく、感電死するところやった、わ。まじ、で』って怒ってました」

「一文字殿。帰ります」

「帰しませんよ。手伝ってもらうま、で、は」

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