第二話

晴明はるあきら。屋敷に客人が』

「オレサマは、これから公達と僧バカどもを相手にするんだぞ。ほっておけ」

道満みちたる、なのだが』

「ね、姉さん! 黄龍こうりゅう、すぐに屋敷に帰るぞ」

『バカどもの相手は?』

博雅ひろまさに任せよう」

宮中きゅうちゅうから』

「ひとっ飛び、だろ」

『晴明。あまり、博雅を泣かしてやるな』



「あべの。安倍晴明せいめい、殿」


 晴明と黄龍、割り込んだ不躾に。

 六人の公達きんだちの先頭を歩いている男であった。

 藍染めの直衣のうしが彼の肩に掛かり、その上に灰色の法衣が重ねられ。烏帽子えぼしから整えられた髪が見え隠れしていた。手には古びた木製の数珠が握られており、数珠の珠が擦れ合う音を鳴らせながら名を呼んだ人物へと近づいていく。


 美しい笑顔を浮かべ、優雅な眼差しで六人の公達を迎えた。晴明の表情からは、穏やかな魅力と親しみやすさがにじみ出ていた。

 しかし、

 その笑顔の奥には、微かな深みが感じられた。蘆屋あしや道満みちたるの瞳、同様に知性と繊細さが宿っていた。が、彼らの姿を見つめる心情が如実に表れていた。その内に秘めた姉に逢えない怒りが、微妙な輝きを放っていること。

 に、

 自分たち六人が原因であることに、気づく者は誰一人もいなかった。




「師である、賀茂かもの忠行ただゆき殿より――陰陽道おんみょうどうの全てを教え授かったと」

「ええ。賀茂先生から色々と教わりました。兄弟子である、保憲やすのりさまからも。ありがたいことです」

「晴明殿。観せていただけませんか、陰陽の秘事ひじを」


 晴明に話しかけた者も含めた、六人の公達。は、それぞれ異なる方法で相手を見下し、軽蔑の意を示していた。その一挙手一投足からは、相手を人間扱いしない冷酷な態度が滲み出ており、その場の空気を凍らせるかのような寒々しさが漂っていた。彼らの侮蔑は、それぞれが異なる形で晴明の心に突き刺さり立つことはなかった。


 なんせ。最近、心に深く突き刺さった言葉――「ワタシ、この男と結婚するから」


「ぐはぁ! ねぇ、姉さん!!」


 膝から崩れ落ちていた、安倍晴明が!


「「「「「「せ!? せ、い、め、い、ど、の……」」」」」」


 六人の公達が突如として予期せぬ出来事に遭遇した。動揺から同じ言詞げんじが、口から出た。


「ぃ、一文字いちもじ


 晴明は両手両足を広げて床を這い始めた。まるで赤子が移動するときにする、ハイハイ。なんとか手すりを掴み、腕と足に力を入れて、ゆっくりと体を持ち上げた。宮中の女性たちが眺める、雅な姿なく。滑稽。


「姉さんは、オレサマのだぁーあー!!」


 晴明の叫び声と雷鳴が轟いた。

 晴天に響き渡る、一瞬にして緊張が走った。次の瞬間! 天空を裂く閃光が走り、雷が巨木の一つに落ちた。地面は衝撃で揺れ、稲妻の落ちた場所から煙が立ち上り、火が次々と雑木林の乾いた木々に移りながら燃え上がり、瞬く間に炎の海へと変貌させた。


 六人の公達は、後悔した。

 最強の陰陽師、安倍あべの晴明せいめいの秘事を観たいと思った好奇心を。

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