第48話 憎み切れないろくでなし
ナインが今言ったように、ヴァスも彼と自分は利害が一致しているだけだと繰り返してきた。だが同時に、ヴァスが復讐を遂げようと人型に戻ったあの夜。ナインの悪いところを並べ、説得しようとするユスティーナに彼はこう反論したのだ。
──言ってくれたな。お前の従兄弟は唯一オレを認め、取り立ててくれた友なのだぞ。
この件が深く心に残ったユスティーナは、その後も折に触れてヴァスとナインの友情に言及した。返ってくるのは利害の話ばかりだったが、信用を得るためか、さかんにナインの悪口を言うローゼに、ヴァスは明らかに機嫌を損ねていた。本人は気付いていなかったかもしれないが、ユスティーナには分かった。
ナインの短所など、彼は誰に指摘されずとも理解している。いつも自分だけが被害者で、他人に寄り添うことを知らないナイン。彼もまた、本心では獣返りを認めているわけではないことさえも。
それでもナインはヴァスが一番苦しい時に、力だけであっても彼を認め、頼りにしてくれたのだ。ナインがいなければヴァスとユスティーナは、(ユスティーナの認識としては)巡り会うこともなかっただろう。
「ナイン、はっきり言いますが、私はあなたのことを良く思っていません。だってあの優しい兄様を何度も傷付けたし、私のことだって殺そうとしましたし! ドルグ師匠とだって、あなたさえ余計なことをしなければ、敵対せずに済んだ……そして今また、大勢の人を巻き添えにして、争いを起こそうとしています」
「う、うるさい! 僕だってお前のことなど大嫌いだ!! 何が銀月の君だ、生まれに恵まれただけでいい気になりおって!!」
一瞬はユスティーナの勢いに気圧されていたナインが、すぐさま言い返してきた。
「弱虫アルウィンも不快だが、お前を見ていると本当に苛々する……! 腕前は認めよう。だが、それよりもお前にあるのは他人を傷付ける才能だ!! 口を開けば自慢と批判、いつも他人の悪口ばかり! 自分がどれだけ周りに嫌われているか、考えたこともないだろう!!」
「自己紹介か?」とヴァスは呆れ、ユスティーナは「……変わっていないのですね」と力なく笑った。
ナインの護衛もどう出るべきか迷っているようである。この期に乗じて、このまま仕留めてやろうかという考えが一瞬脳裏を過ったが、ユスティーナは踏み止まった。そういう手は、もう使わないと決めたのだ。
「でも、ドルグ師匠があなたに味方したのは、あなたが若い頃のあの方を取り立ててくれたから。突然離宮から放り出されたダーントとローゼにも手を差し伸べてくれた。あなたに出会わなければ、ヴァスも山賊のままだったでしょう」
「オレは山賊じゃないと、何度言ったら分かる?」
「それにまだ、まだ間に合います。あなたのためだけならば、たとえ従兄弟といえども、私にはあなたにこれ以上優しくする義理はない。でもヴァスも、それに兄様も、あなたに何かあったら悲しみます!」
途中のヴァスの突っ込みをよそに、ユスティーナは断じた。嫌い合っている従兄弟からの意外な発言に、ナインも虚を突かれたようだ。思わず黙り込んだ彼ではなく、ユスティーナに向かってヴァスは言った。
「見栄を張るな。お前もだろう、ユスティーナ。お前もこのどうしようもない俗物に、多少の情けは感じているのだろう?」
憎み切れていないことは、態度の端々から窺えているのだ。無理はやめろと諭してから、ヴァスはナインに眼を向けた。
「ナイン。生き延びたオレが貴様のところに行かなかったのは……復讐を優先させたというより、さすがにお前の再起は無理だろうと思ったからだ。一度国王が恩を与えてくれただけでも奇跡だったというのに、二度目はやっても無駄だ。もう一度オレが加わったとしても、戦いにならんさ」
暗殺ならまだしも、とうそぶくヴァスに、ナインは激しく首を振った。
「わ、分からないだろう! やってみないと……」
「精一杯かき集めた兵の数と質がこれなら、オレの考えは正しかったようだな」
ナイン軍の総数、およそ数百人というところか。かつて反乱を起こした際の百分の一だ。しかも装備はばらばら、練度も足りず、金や脅しで無理矢理集めた者がほとんどであることはローゼからも証言を得ていた。
「そもそもお前に、オレが生きているなどと教えたのは誰だ?」
「……そ、それは……カイラ山の離宮に出入りしている、者だと……」
「オレもオレのことを外に漏らされては堪らんのでな。人の出入りや術のやり取りの気配には気を配っていたが、おかしな動きは見受けられなかった。むしろ、入ってくる情報を制限されているような様子さえあった。それに関しては、お前の指示もあるのだろうが……」
晴れてユスティーナの師匠の座を得てからはもちろん、彼女の愛猫のふりをしていた頃から、ヴァスは宿敵に毛艶を褒められるばかりの日々を過ごしていたわけではない。敵地に単身乗り込んでいる、危険な状況に置かれている自覚は十分あった。気を付けるべきところには、きちんと気を付けていたのだ。
「あの離宮にいるのは、変わり果てた銀月の君さえ見捨てず仕えている連中ばかりだ。だからこそ、オレを排除しようとしたとも考えられえるが、オレが来たことでユスティーナが……その、心身共に変化したということは、奴らもよく知っていたからな」
双子の侍女もマリエルも、おかしな赤毛の猫の正体を怪しみながらも、ユスティーナの心と体を健康にしてくれたことを評価して見守っていたのだ。彼女たち以外の使用人も、ほとんどがユスティーナが幼い頃から入れ替わっていないのである。かつてのおてんば姫の姿を取り戻してくれつつあるヴァスを、ナインに売るとは考えにくい。
「内乱の終わり……いや、もっと前からの情報を併せれば、別の野郎がオレの生存に気付き、お前に教えたと考えるほうが無理がない。自分の女に近付く者を許さない、万能の太陽神様がな」
「あの、ヴァス、私はもうあの方に、婚約を破棄されてしまっているのですけど……?」
ローゼのことを言っているのなら、そうかもしれない。イシュカならばヴァスの生存に気付くのも当然だろうが、ユスティーナはすでにイシュカの女とやらではないのだ。それを根拠にすると読み違えるかもしれない、と思ってユスティーナは口を挟んだが、ヴァスはちらりと彼女を一瞥しただけだった。
「お前はイシュカに踊らされているだけだ、ナイン。このまま戦いを起こせば、お前は奴に利用されて死ぬという、最悪の終わりを迎えることになるぞ」
「だ、だから、やってみないと分からないと言っているだろう! イシュカはユスティーナに愛想を尽かし、女たちの間をフラフラしているはずなんだ。これ以上僕を舐めるなよ、下等生物が……!」
懇切丁寧に説明されたところで、素直に納得するようなナインではない。ますますひどくなる罵倒にもヴァスは動じない。
「お前がオレをどう思っていようと構わん。……その手の顔につれなくされるのは慣れている。それでも」
軽く金の目を閉じ、開く間を置いてヴァスは友に頼んだ。
「オレはお前に、恩義と友情を感じている。だから今回のみでいい。オレとユスティーナと共に戦おう。お前を使ってマーバルを危機に晒そうとしている、イシュカのやつの鼻を明かしてやろう!」
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