第32話 武器に注ぐ想いの強さが武器の命の大きさ

 「そうか。復讐の為に武器を⋯⋯」


 「ええ。でも⋯⋯」


 私は飾られている武器を眺める。

 良い技術はしているけど、込められている想いに迷いが生じている。

 なんのために武器を造っているのか、分からないまま鉄を打っているような。

 そのような感じだ。


 確かに武器は彼女に造って欲しい。

 だけど、今のままじゃ私が造った方が良い武器が造れる。


 「ああ。やっぱり気になるか?」


 「まあね。我妻さんは」


 「玲奈で良いよ」


 「玲奈さんは何に迷っているんですか?」


 私はド直球にその質問を嘆けた。

 今いる場所を見渡せばこの場所がどのような場所かは分かる。

 包丁専門店だろう。刀も並んでいるが包丁の方が数が多い。

 多分、刀はこんな世界になってから造り出したのだろう。

 スズちゃんは専門外と言わんばかりに椅子に座って黙り込んでいる。


 この話し合いは私と玲奈さんの話し合いだ。

 スズちゃんはその事も含めて目を瞑って話し合いに参加しない方針を取っているのだろう。

 数分間考え込んで、玲奈さんは口を開いた。


 「このままで良いのか、かな? アタイは幼い頃からこの世界で生きて来た。両親に憧れがあって、大人になったら跡を継ぐモノだって思ってた。確かに継いだけど、望む形じゃない」


 私が苦虫を噛み潰したような表情をすると、玲奈さんは慌てて否定する。


 「今は君を憎んでないさ。君達も被害者なんだ。一方的な恨みはぶつけないさ」


 「⋯⋯ありがとう」


 「まぁそんなんで、家族の為にって感じで今までこの店をやって来たんだ。⋯⋯あんまり売れなくて、結構赤字が続いたけどね」


 そこからは自嘲気味に話を続けた。


 家族の後を追いかけるように、家族の影が見えるから、その為だけに包丁を造っていた。

 それでも良いと思っており、技術は高いと自負していた。

 トラウマ故か、時々ハンマーを握る手が震えて家族が殺される映像がフラッシュバックする。

 何かを目標にする訳でもなくて、自分にはこれしかないからただ鉄を打ち続けた。


 そしていつしか奏でる金属音すらも億劫に感じるようになった。

 造るのをやめて家族との思い出の品ばかりを眺め、思い出ばかりに心を運んだ。

 向上心なんてモノはいつしか尽き果て、こんな世界になってからは生きる為に武器を造るが身に入らない。

 結局家が代々引き継いだ家宝の刀を使用してモンスターから身を守っていた。


 何をしていいのかも分からず、ステータスの職業で『鍛冶師』を選んでしまって戦闘もなかなか乗り気にはなれなかった。

 レベルを上げるだけなら武器を造った方が早いらしい。

 それからは魔石と金属を交換して武器を打ってレベルを上げて魔石を集めての繰り返し。

 ただ無意味に人生を謳歌していた。


 そんな時に私と出会ったらしい。

 生きる意味が分からず苦悩し、ただレベル上げの為に武器を造る、か。

 道理でこのような刀が出来る訳だ。

 もしも奴が彼女の家族に手を出していなかったら、ここはもっと繁盛していた。


 彼女の本気の想いが、魂が乗った時にこれらの品は何段階も価値が上がる。

 私も少し齧った程度だけど、そのくらいは分かる。

 伊達に鍛冶師に弟子入りしていた時期が無い訳じゃないのだ。

 それでもスキルに成らなかったけど。

 職業すら出現していない。


 一体どんな条件下で初期に生まれるのか。

 詮索さんに聞けば良いのだろうが、そんな無意味な事を聞くのも気が引けた。

 それこそ宝の持ち腐れだ。

 玲奈さんに必要なのは単純な用で難しい。


 

 魂を注いで武器を造る理由。



 これが必要なのだ。

 家族が殺されてしまい半ば廃人のようになってしまった。

 これしかないから、これしか出来ないから、家族の為に包丁を造っても売れない。

 そこには自分の為が無い。自分の想いではなく、こうしないと生きていけないと言う理由だ。


 私の為に造ってと言っても、それだけで彼女が真に本気になる事は無い。

 技術はあっても魂の乗らない武器なんてなまくらも同然だ。

 ならばどうするべきか。

 彼女に武器を造る理由を与えて、最高の武器を造る。


 「あー分かんね! 辞めた。玲奈さん。私の鍛冶、見ててください」


 「え?」


 「私が分かるのは大切を失った絶望だけだ。分かち合えるのも。貴女だけの持つトラウマ、貴女が思う鍛冶の在り方、それらは分からない。だから私の姿を見ててください。それで何かを見つけてくれたら、私は嬉しいです。スズちゃん。近寄ってくるモンスターの除去は頼んだよ!」


 「りょーかい。アオさん、お姉ちゃんの邪魔になるだろうから一緒に行こ」


 「シャー!」


 そして私は工具を借りてアリアントの素材を取り出す。

 火をつけて温度を管理して、自分の持つ最大限の力と集中力を持ってナイフを造り出す。

 私が乗せる想いは単純だ。


 奴を殺す、復讐を遂げる、スズちゃんをアオさんを⋯⋯家族を守る。

 その為の、その為だけの武器を今ここに造りだすのだ。


 その想いを一撃一撃に乗せる。

 ステータスなんて関係ない。

 今造り出してこの世に命を与えようとしている武器に込める気持ちの分だけ、衝突音は激しさを増す。

 同時に飛び散る火花もだ。


 ◆


 カンっ!


 強い音だ。

 アタイは生きる為に今まで包丁を造り、今はレベル上げの為に刀を造っていた。

 しかし、どれもが立派な物とは言えず、客も徐々に離れて行った。

 お父さんやお母さんが健在の時はこんな事は起こらなかった。

 二人は力を合わせて最高の技術と力を持って毎回最高の作品を造りだすのだ。

 それはこの世に二本とは存在できないと思える程に。


 一見するだけでは違いが分からない物でも、よく見ると一つ一つ違う。

 そんな素晴らしい両親の姿に憧れて今まで暮らして来た。

 でも、そんな二人はこの世にもう居ない。

 目の前でナイフを造ろうとしている彼女の父親に殺された。


 今でも思い出す。

 悪魔のような笑みで、悪事を悪事とも思わず殺すあの真の悪魔を。

 同じような銀髪、でも目の色は違った。

 あのような真っ赤な瞳は恐怖症を煽るが、彼女達の目には希望のようなモノが感じられた。


 そして今、私はその男の影を全く見ていない。

 技術は私よりも何倍も劣る彼女が造っているナイフ⋯⋯まだ途中だが分かる。

 分かってしまう。そのナイフは私の造り出した作品の全てを掛け合わせても越えられない壁があると。

 武器に注ぐのは技術だけじゃない。


 『金属は込める感情が強ければ強い程、新たな形と成った時に与えられる命が大きくなる』


 そのお父さんの言葉が思い出された。

 今、彼女の姿にお父さんの影が重なった。

 どんな物でも量産品なんかにはしない。一つ一つ魂を込めて、全身全霊で造り向き合う姿。

 そうだ。忘れていた。或いは思い出さないようにしていたのか。


 アタイはこの姿に憧れていたんだ。

 誰になんと言われようと量産品は造らない。

 どんな物でも魂を込めて、全てを注いで向き合い造る。

 その時に出来る作品は全てが最高傑作。

 それに『誰かに向ける想い』が入るとより強くなる。


 なんで、こんな当たり前の事を忘れていたんだ。


 ドクン。


 心臓が鳴り響く。

 それが一つ鳴ると連続で心臓の鼓動が響く。

 血の流れが感じる。とても速い血の流れが。

 これ程までの高揚感は子供の時以来だ。

 まだ、こんなアタイにこんな感情が残されていたんだ。


 「お父さん、お母さん」


 二人の影を思い出して打つだけじゃだめだ。

 あの二人を追い掛けて、そして追い抜かすんだ。

 超えてやる。もう居ないけど、アタイは居る。

 その違いは成長。あの二人は思い出の中しか居ない。つまり成長しない。

 でもアタイは成長出来る。超える。超えてみせる。

 憧れ続けたあの背中を、今度はアタイが両親に見せる番だ。


 『武器を造る理由はあるのかい?』


 誰の声かは分からない。


 でも、武器を造る理由なら決まった。


 両親を超えて背中を見せる。


 『誰の為に打つ』


 アタイを必要としてくれる人。アタイの想いを汲み取ってくれる人。


 今は目の前でアタイに昔の想いを、曇ったアタイの頭を覚醒させた彼女の為に。


 アタイは魂を賭けて武器を打つ!


 『ならば開け。我が一族の後継者よ』


 パリン。


 金属が砕けた。


 「クソ! やっぱりステータスが高すぎると砕けるか。順調だと思ったのに! ⋯⋯スキルがないから仕方ない? そんなところで作用されるのかよ。ちくしょうが!」


 「百合!」


 「な、なんですか?」


 「敬語はもう無しだ! 歳の差は考えないでくれ! アタイは思い出したんだ! 憧れだった姿を! 目指してた高みを! 手伝ってくれ、今のアタイじゃ出来ない!」


 「もちろんです!」

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