第6話 夢の国

 色彩豊かな街並み。陽気な音色。幻想的な風景が広大に続く様は、まるで別世界に足を踏み入れたかのようだ。

「と〜ちゃ〜くっ‼︎ ドリームランドだぁっ‼︎」

 入場ゲートを軽やかに跳び、両足で綺麗な着地を見せたのは晴葵だ。

 旭日旗が描かれたTシャツに、紺色のショートパンツという風貌は、この蒸し暑い季節には最適とも言える服装だ。

 しかし、色白な肌を躊躇ためらうことなく日の元に晒すのはいささか一人の少女としては否めない。

 小学生離れの引き締まった体。

 端麗に伸びる生脚は、そのほとんどがあられもなく曝け出されている。

 間違いなく、三人の中では一番露出度が高い。

「こらハル! 人通りも多いんだから、走り回ると危ないわよ!」

 母のような忠告を下したのは言わずもがな明依である。

 純白無字のトップスで華奢な上半身を包み、優雅に踊る黒のハイウエストスカートが、大人っぽい印象を持たせる。

「へいへい、相変わらず保護者みたいな立ち位置だよな〜明依は……」

 親子のようなやりとりを見せる傍ら、スウィート配色のワンピースで可憐な身を包み、上品な佇まいを見せる一人の少女は、目前に広がる広大な異世界に胸を高鳴らせていた。

「すごい……絵本の中みたい……」

 膝丈のワンピースには、純白のレースが飾られ、胸元には花柄のリボン。——それこそ、この世界に溶け込むお嬢様のようだ。

 彼女——日音の感嘆に、晴葵は半ば明依から逃げるように、耳を傾ける。

「まずは何から乗る?」

「えぇっ⁈」

 恍惚こうこつとしていた所に、突然の質疑。日音は思わずたじろいでしまった。

「……えぇ……っと……」

 しかし、こういう所は三人とも初めてである。

 お互い、楽しみ方を知らないのは同じだ。

 それを悟ってか否か、明依がおもむろに観光案内図を広げた。

「やっぱり、順番に回っていくのが良いんじゃないかしら。往復すると疲れるし……」

 顎に指を置いて思考を巡らせる明依。難しげな——いや、どこか腑に落ちない様子で、園内の全貌に目を通す。

 そのあまりにも厳格な相貌は、遊びに来た小学生としては甚だ似つかわしくない。

 陰る花を照らすように、太陽が光を寄せる。

「何言ってんだよ! こういうとこ来たんなら疲れてなんぼだろ?」

 明依の持つ地図を、傍らから覗き込む晴葵。爛々と輝かせた目で紙面を一瞥いちべつする。

「とりあえず、この〈レイジング・トルネード〉ってヤツ乗ろうぜ‼︎ なんか一回転するみたいじゃん!」

 興味深そうなアトラクションを見つけ、快活と宙返りをして見せた。

 周囲にいた人々の、思わぬ歓声が微かに耳を打つ。

 しかしそんな中、何やら明依は忌々しげな顰めっ面を携えて、案内図を睨み付けていた。

 握る手に、意図せず力がこもる。

「くっ……どうしてどこの乗り物も横文字ばかりなのよ……っ‼︎」

「あ〜、明依は英語だけは苦手だもんなァ〜」

 憐れむような晴葵の視線が実に痛い。

 明依は半ば慌てるように、言い訳をのたまった。

「だ、だって意味不明過ぎるもの! フォーとかキューとか……ティーエイチに関しちゃもはや何よっ‼︎ 所詮国外は国外よ! やはり私達日本人の舌の構造には合わないのよ!」

「あ〜はいはい分かったよ。とりあえずレイトル乗ろうぜ!」

 ——しかし、いざアトラクションに向かってみると、長蛇の列が延々と続いている事に呆然としてしまった。

「…………凄い行列ね」

「二時間待ちって……書いてあるね」

「この猛暑の中二時間も待ってたら死ぬぜ?」

 しかし、事実皆は並んでいる。

 彼らは首にタオルを巻き、片手に持った水を度々口にする姿が何とも痛ましい。

「………これ、待ってれば皆んな諦めてその内空くんじゃね?」

 晴葵の予想は確かに的を射ている気がする。

 そんな時、日音が何かを疑問に思ったようだ。

 明依のバッグから再び観光案内図を取り出す。

「日音ちゃん?」

「…………………」

 無言で地図を凝視する日音。すると、ある物を発見した。

「これ! ファストパスって言うのがあるよ!」

「ファストパス?」

「くっ……また英語が……っ‼︎」

「は〜い、明依ちゃんは一旦黙っててね〜」

「うん。時間が指定されたチケットをあらかじめ購入する事で、その時間帯のアトラクションに乗れるんだって!」

「ようは予約みたいなヤツだな! ならそれを買えば勝ち組じゃん! オレ買ってくるよ!」

 刹那、地面を踏み込んだ晴葵は、疾風を舞って走り去ってしまった。

「ちょっとハル!」

 突然、少女が一人姿を消した怪奇に、周囲が騒めき立つ。

「おい、今なんか突然女の子が消えなかったか?」

「気のせいじゃ……あれ、確かあの子達、さっきまで三人じゃなかった?」

 マズい——‼︎

 余計な騒ぎが起こる前に退散しよう。

「日音ちゃん!」

 日音の手を引っ張って、明依は戦略的撤退を講じた。



「はぁ…はぁ…はぁ……っ‼︎ まったく、晴葵のヤツ……これは後でお説教ね……」

 肩を激しく上下させながら、冷酷な形相を携える明依。

「お、落ち着いて……。ハルちゃんも、悪いことしてるわけじゃないんだから……ね?」

 燃え上がる火の粉を、日音が必死に消し止める。

「……まぁそうよね。誰にも迷惑は掛けていないのだし、終わり良ければ全て良しよね」

「う、うん!」

 状況がいい方向に転がり一安心。

 明依の怒りがようやく冷めた——と思った次の瞬間——。

『迷子のお知らせです。朝陽晴葵さんのお連れ様、至急迷子センターまでお越しください』

 ピキッ——‼︎

「ひィッ——⁈」

 ほとけの顔も束の間であった。

 明依の顳顬こめかみに稲妻がはしり、沸騰を始めた血管が憤然と浮き上がる。

「——重ナリテ 功徳くどくそむク 仇敵あだかたき うらたたヘバ むくヒ待ツトイイッ‼︎」

 さながら般若はんにゃのような形相で、凍てついた息吹を不気味に吐き散らす明依。

 もはや余り字が私欲になっている事から諦められた和歌。

 しかし、傍らに控えし朋友ほうゆうを恐怖させるなら、それは甚だ千度せんどであった。

「ひィイィッッ⁈ お、おぉおぉお、おち、落ち着いて明依ちゃん‼︎」

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