第7話 繋いだ手
迷子センター。
「あ、来た! おぉ〜いっ‼︎」
陽気に手を振る晴葵。
その全く反省の色が見えない顔面に、明依は憤怒。
生意気な息を吐く鼻を、渾身の力を込めて摘み取った。
「イダダダダダダダダダ————ッッ‼︎ なに⁈ どうしたんだよ明依‼︎」
「何か言うことはぁ〜〜〜〜〜???」
甘い声が返って不気味だ。
明依が手を離すと、晴葵は摘まれた鼻を優しくさすり、懸命に思考を巡らせる。
「えぇ?」
そして
「あ! ——今日も一段とお美しいですね! 遠星様!」
直後、今度は両頬を際限なく引っ張られる。
「イダダダダダダダダダダダダダダダダダダ————ッッ‼︎ イダいイダいッッ‼︎」
「あんまりふざけてるとマジで張っ倒すわよ」
「
バチンッ‼︎ ——と、明依が手を離すと、まるでゴムのようにして戻った。
「……なんなんだよもぉ〜」
半泣きになりながら、大きく腫れた頬を
ようやく解放された——と思ったが束の間。
「え?」
明依に左手を握られる。
「…………………? あの、遠星さん? コレは?」
握られた手を持ち上げて問いかける晴葵。
明依は凛と咲く花のように微笑んで、甘美な声音を優美に奏でる。
「晴葵ってばそそっかしいから、これならもう逸れることはないでしょ?」
同時に、
単純に、人混みに駆られて逸れたのだと、行動で結論付ける事が出来るのだ。
迷子センターのスタッフ一同も、その光景を微笑ましげに眺めており、逆にその視線が晴葵にとってはかなりの羞恥となる。
「いや、流石にちょっと恥ずかしいんだけど……」
流石の晴葵とて、見知らぬ人に同級生との睦み合いを見られるのは決まりが悪い。
「なぁ、もう離れたりしないからさ……流石にコレは——」
見回していた視線を明依へと戻した瞬間、背筋が凍る。
「あァ?」
影に覆われた相貌で、それでも碧緑色の瞳だけは、まるで魔眼の如く鮮烈に光っていた。
戦慄——。
大人しく従う他なくなった。
「………いえ、何でもありません」
潔く諦めて、晴葵は握られた手を握り返した。
すると、もう片方の手にも穏やかな熱が加わる。
言わずもがな、その主はもう一人しか居ない。
「あ、かのん⁈」
「……日音も、繋いでいい?」
どこか切なく、だからこそ可憐なその瞳に、折れていた晴葵の心は
「ったく可愛いヤツめ‼︎ でも、そんなありきたりなモンよりも、もっと本質的な交流を交わそうぜ!」
晴葵は、握って来た日音の手を引き、その華奢な体ごと自身の胸へと抱き寄せた。
「日音身体柔らかいなぁ〜。抱き心地最高っ!」
晴葵の体温から心音、そして血の通う音に至る全てが、日音の全身へと鮮烈に伝わる。
「あ、あ……はァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ‼︎」
突然の抱擁に、日音の顔が真っ赤に沸騰。早鐘する鼓動に、瞳孔は激しく渦巻く。
「ス〜ハ〜……それに何か甘い匂いもするな〜」
深い呼吸で、日音の髪の香りを堪能する晴葵。
その吐息が、日音の首や耳に当たる度、彼女の身体が小刻みに震える。
「あ……っ!」
思わず純情な嬌声が
その微笑ましいを通り過ぎて、何とも形容し難い尊き光景に、明依の熱烈たる心境は、沈黙を許さなかった。
頬を僅かに赤めて、傍で静かに見守っていた彼女だが、何を抑えきれなくなったのか、バッグからスマホを取り出し、晴葵と繋いだ手を離してしまう。
「もう我慢出来ないわっ! この見目麗しき二人の少女が熱く抱き合っているというのに、記録に残さないなんて勿体無い真似……この遠星家次期当主である遠星明依が許しませんっ‼︎」
絶え間ない閃光を幾度も重ねて、明依は四方八方あらゆる角度から目前の尊き理想郷を記録へと納めた。
「はあぁ〜っ‼︎ いいわっ! いいわよ晴葵っ‼︎ もっと、もっとこう……日音ちゃんの腰を寄せて! その引き締まったくびれをより際立たせるように、何ならもう持ち上げる勢いで!」
その指示に従ってか否か、晴葵は片方の手を日音の腰へと回し、強く持ち上げた。
「はあああぁぁぁ〜〜〜っっ‼︎ いいわ! いいわよ! 二人の神子がここまで美しく、輝いて見えた事が今まであったかしら‼︎」
明依の連射速度が加速をかける。
日音の身体がなだらかな曲線を作り上げ、空っぽになった彼女の右手を、晴葵はそっと持ち上げる。
風のようになびき、花のように踊る。
——それはさながら、双星の
「いいえっ! この艶めいた白い肌としなやかな形状——例えるなら、これはさながら、
しかしそれでは、月岡日音一人の強調。
二人の調和を表現するには
「ならば、日出暁天流を司る朝陽家筆頭の春葵は太陽を思わせ、純白の輝きをお淑やかに誇る月岡家代表、月岡日音は月の代行者……この二つの輪舞が華やかに、そして軽やかに舞い踊る姿——それはさながら、『
ある意味、これが本来の彼女の素顔なのかもしれない。
御三家という偉名を守るため縛られ続ける人格。
——あの鎖は、そんな彼女の心象なのだろうか。
楽しそうにスマホのフラッシュを放ち続ける明依に、晴葵はどこか嬉しそうに微笑んだ。
「——さて、そろそろレイトル乗ろうぜ! さっき取ったパスの時間が迫ってるからな」
抱き寄せていた日音を放し、彼女の手と、明依の手を両手に持つ。
「……………」
改めて握られると、何だか少し照れくさい。
けれど、変わる事のないその穏やかな温度には、不思議と、激昂していた感情も次第に落ち着いていく。
明依は握られた手に、指を絡めて寄り添った。
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