第18話 星々の諍い

「——では祈願の成就を開始する」

 発射される赫い弾頭。

 地盤を破り、真っ赤な星の火箭かせんが、蒼き惑星のいかりを振り切る。

 差し詰めそれは、旭光きょっこうに挑む矮星の叛逆。

 砲弾にも等しい剛拳が、炎熱する天球へと立ち向かう。

 紅の地肌がこれを受け流し、虚ろに開く彼の懐へまた、紅の烟火えんかを射し向ける。

 近代的な弾丸であれど、やはり星の形を忘れてはいないのか——。

 鉄砲玉の如く跳ね上がり、彼は立ち昇る烽火ほうかなした。

 再び疾走し、暁の曲面へとなまりをぶつける。

 乱闘する、二種類の赤色。

 火狩の放つ拳一発一発が、虚空を打つたび銃声のような発砲音を響かせる。

 重く、野太い——土手っ腹を射抜くような轟音。

 対して、晴葵の振るう斬撃は、燃え上がる炎のように大気を息吹く。

 星の写す軌跡だけが何度も明滅し、その本体となる二つの天体はもはや泡沫の残像。

 その動きを捉えることは、不可能に近い。

「(うそ……速すぎる……っ⁈)」

 人智を超越し、物質的な形状さえも霞む速度。

 高速——否、音速にも等しい彼らの拮抗きっこうを前に、明依の頭は空白化した。

 唖然と、喉のうるおいを忘れる。

 今まで、巨大な怪物ばかりを相手にしていたからか、あなどっていた。

 対人戦なら、晴葵は明依よりも遥かに——。

 けれど、神子が人体を相手にすることなど——否、前例が無かっただけだ。きっと人は、密かにそんな展開を望んでいたのだ。

 禍いを空想したのが人であり、神格化した禍津神を前に、今度は平和を願った。

 けれど、そうして生み出された神子の安寧に、彼らが無聊したと言うのなら、きっと、いま目の前にいる赫き惑星は、神子を葬るために生み出された存在。

 身勝手にも、世界へスリルを求めた人間の過ちだ。

 白化する意識の傍らで、銀色の兎はおもむろに唇を噛む。舞い上がる白砂の向こうで、明滅する二つの星に目を眩ませながら——。

「——まったく神子というのも不憫だなぁ‼︎」

 哀れみというよりは、滑稽こっけいを含んで嗤う禍いの火。

 真っ赤な美貌へ、お粗末な鉛玉を振り下ろす。

 言うまでもなく、そんな銃弾を躱せない晴葵ではない。

 一歩を退いて僅かに退しりぞき、これを凌ぐ。

 大袈裟な動きを取らなかったのは、本命が来ることを予測していたからだ。

 むしろ、今の動作で両足が肩幅に開き、重心は安定する。

 案に違わず——いや、こちらの期待に応えるようにも窺える。

 絶えず連射される高温の鉄鋼弾。

 飛散するはずの無数が、刀身の中枢へと収束する。

 その悉くを、真紅の暁はたった一振りの刀で受け止めた。

 微動だにしない晴葵。

 屈強な佇まいで、敵の動向を探る。 

 強固に聳える白日を前に、されど矮星は微笑む。

「何せ人の願いにより突き動かされては傷つくのだからなぁ。平和を願って置きながら、いつだってその代償を背負うのは、引き金を引いた人間ではなく、放たれる弾丸となった神子自身——」

 散々と続く火狩の語り口。

 けれど晴葵は、彼の言葉に聴く耳持たず——。刀に喰らい付いた拳を反発する。

 再び跳ねる火球。

 押し返された運動量は力となり、強靭な脚線が、晴葵の頭上で旋転する。

 姿勢を縮めた晴葵に、それは虚空に還った。

 彼の着地と同時に、斜陽を堕とす。

 されどその陽射し、鋼の腕に阻まれる。

「——不条理だとは思わないのか? あさひ」

 言葉と同時に放たれる砲弾。

 地平を昇る旭日が、着弾を待たずしてこれを切断する。

 砲台諸共宙を舞う、火器の片鱗。瞬きする間に復元し、間髪入れずに再度喰らいつく。

 打ち付けられる一撃を、同じく一振りで迎え撃つ。

「強者である神子が、弱者たる人間どもによって虐げられている! 反吐が出る!」

 加熱する弾頭弾。

 速射された鉄拳が、停止してもなお、雄渾に猛る。

 のち、吐露される憤慨と共に加えられる、二つめの鉄鋼。

「死んでくれ、あさひ。このまま誰のモノにもならずに——」

 憤然と嗤う熒惑の星。

 加えて陽炎は無垢。

 互いに〝異常〟を成す。

 ——とは言え、紅炎の猛々しさと言ったら、依然顕在中である。

 燃え上がる炎刀。

 噴流する炎の河川に巻き取られ、の星は黄昏の空と戯れる。


『 ——熒禍斂望・空谷くうこく神風かみかぜ 』


 固く握られる剛拳。

 本来地上にあるはずのそれは、今や天威となり、——一方で、天に座すべく星は、其の天帝を仰ぎ観る始末。

 天上から繰り出される、不可視の砲弾。

 天を翔け抜け虚空を穿ち、燃焼する巨星へと被弾する。

 突風にも似た重厚的な一撃に、思わず虚をつかれた。

 加えて、捉えることの出来ないガラス玉。——されど鋼鉄の弾頭。

 次の瞬間には豪雨となり、白日の灯火へと無造作に降り注ぐ。

 だが、偉大なる光の根源が、その曇天をいさぎよしとするはずもない。


『 日向暁天 紅炎の舞‼︎ 』


 渦巻く炎の運河が、降り頻る透明を蒸発させる。

 虚空へと架かる真紅の大橋。

 続く第二波も、欠片一つも余さずに無力化する。

 戯れは幕引きか——。

 再び地を踏む赫き星に、紅の暁はかげる。

 彼の軌道を測り、己が活路を模索する。

「(戦の神格化とか言っていたが……なるほど。帝国時代の軍用機を技にするとは趣味が悪い……。あれが銃士なら、武士であるこちらは圧倒的に不利。ならば責められる前に——)」

 刹那、熱風が渦巻く。

「(——先手を取るっ‼︎)」

 一町弱ある間合いを、わずか一歩で先駆する。

 空白は一瞬だった。

 天空へなびく炎刀に、赫い惑星の軌道がれる。

 後を追って舞い上がる緋色のとぐろ

 たなびく火輪の嵐を、淡いかがりの瞬きが咀嚼する。

 流弾はやがて遊星となり、——幾多もの災禍が天の風雅をもてあそぶ。

 花火のように閃光し、弾け——また煌めく。

 放熱される神々の極限に、蒼天のはらわた氾濫はんらんする。

 千歳に輝く銀河の徒弟。その愚直さは、今やもはや全天一の奴隷に他ならない。

 連撃するいずれも、彼の星を行楽させるための神楽。

 事実、かれは依然、赫く微嗤ほほえみ続けている。

「継承され続けたこの朝陽あさひの剣術さえ、人間の玩具と成り果てるのだぞ‼︎」

「もとより覚悟の上だ‼︎」

 永き剣戟の渦中に、密かに身を乗り出す面影。

 けれど晴葵は、その愚行を強くとがめる。

「明依は動くなっ‼︎ 日音と共に、大崎を連れて街の外に出るんだ‼︎」

「あんな死に損ないは捨て置けあさひ——っ‼︎」

 射出される天災。

 豪快な破裂音が太陽の皮膜を打ち、されどなお、その紅き片翼は裂空する。

 隔たる装甲。閃熱する火花を正面から叩き、艶やかな鋼を閃空させる。

 すかさず飜る、熱鳥ねんちょうの尾。

 退いたのは、赫い鉄球の方だった。

 跳躍し、亜麻の皮膜を削り取る。

「もっと燃やし尽くせ!」

 虚空に嗤う熒惑星。

 その最中を、火の鳥が一閃する。

 旁転ぼうてんする火輪に、対転する火星。

 傍らから突き立てられる弾丸に、真紅の硝子が刺突する。

 渦巻く突風。

 衝突を避けた火球が、市街地へと飛弾した。

 無論、赤い鳥獣はこれを追走する。

 住宅街に貼られた罠。

 愚かにも鳥は、これに絡まってしまう。

「いい天文だ——ッ‼︎」

 視界目前に突如として飛来した禍い。

 振り下ろされる弾頭を間一髪で凌ぎ、その腕を、傍らから両断する。

 加えて広げられる赤翼。——最中を、赫い砲弾が翔け抜ける。

 地表から舞い上がった星の車輪。その後輪が、飛翔する鷲に直撃した。

 旋風する大気の波紋。

 華奢な靭帯は花びらのように地平を滑空し、岸辺目掛けて鮮やかな直線軌道を残す。

 剥離する亜麻色の皮膜。

 被弾した巨星の片鱗に、海岸が木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 巻き上がる粉塵に咳き込みながらも、彼女は懸命に立ち上がった。

 体の軸を刀に預け、荒ぶる呼吸を整える。

 弱った鳥に、狩人は意外にも温和だった。

 ゆっくりと海岸へ歩み寄り、煙の向こうを静かに見据える。

「なぁあさひ。八百万やおよろずの神とやらが本物なら、いつだって神は人にそむくものだ。森も山も、大地も海も、天でさえ、人の安寧を脅かす。人の味方をする神なんて居ないんだよ。何せ人間は、神々を冒涜するのだから。都合の良い時に願い、悪ければ咎める。幸福も不遇も何もかもの責任を神々へと転嫁する。それが醜き人間の本性よ」

 延々と舌を巻く火狩に、晴葵は依然、消える事のない熱を纏う。

「人に味方する神が居ないのなら、オレがなる。それだけの話だ。例えその先で、人から疎まれ蔑まれる神器になろうとも、覚悟の上だ。じゃなきゃ最初から、期待されるような人間を目指してない。これは、才を持ってしまった者の責任なんだよ」


『 日向暁天——‼︎ 』


 跳躍する紅蓮。

 はためく火炎が、無防備に立ち尽くす惑星へと茜射す。


『 夕日の輪——‼︎ 』


 煌々こうこうと燃ゆる夕焼け。

 淡く優麗に焚き起こり、直立する熒惑を焼き焦がす。

 快活と嗤いながら、これを敢えて受ける火狩。

 右胸から左脇へと斜陽が斬り込まれ、散り行く鮮やかな血栓に口の端が更に吊り上がる。

「美しい見事だ——っ‼︎」

 踏み込まれる一歩。呼応して晴葵の一歩が後退する。


『 熒禍斂望 海艇かいてい・一式 雲揚うんよう——‼︎ 』


 打ち出される鉄鋼。

 咄嗟に構えられた刀身に、真っ向から衝突する。

「————っ⁈」

 黒く閃光する時空。

 その瞬き一度にも満たない刹那を貫き、漆黒の炎がけたたましく噴流した。

 火山噴火にも等しい炎の大輪。

 天地は叫喚し、相模の大海が悲鳴をあげる。

 疾風した衝撃波が住宅街を強襲し、透明なガラスを一つ残らず叩き破った。

 爆風に絡まり、大地の枷を振り切る赤烏。

「はるちゃん——ッ‼︎」

 滞空による突風の渦中では、明依の声は虚空に還る。

 江の島大橋。共に江の島弁天橋を横断し、その身はシーキャンドルの上空へと終着する。

 仰げばそこに、赫く瞬く彼の星が嗤っていた。

「こっちだ——っ‼︎」

「————っ⁈」

 逆転した我が身を反転させ、刀剣を振り上げこれを迎え撃つ。

 しかし、下になった晴葵がこれを凌げるはずもなく——。

 赤い美貌は、白亜の高閣を貫通して、真っ逆さまに落下した。

 避難していた民衆諸共、粉砕される純白の摩天楼。

 黒い血飛沫を上げ、血肉と瓦礫の土砂が、江ノ島の地を徘徊する。

 駆け抜ける文明の火砕流。

 悲鳴をあげる余地など微塵もなく、彼らの断末魔は虚無に消えた。

 ただただ、闇の煙幕だけが先駆する。

 しかし、この宇宙に戴天する星々は、暗闇でこそ光り輝くもの。

 黒煙の渦を切り祓い、二つの赤色星が地平に出づる。

 突風を巻いて滑走する双つ星。

 散布する黒煙を闇とするならば、駆け抜ける双星は流星であろう。

 同じ色を纏いながらも、その性質は見事なまでの対を成す。

 乱射される弾丸の悉くを、暁の輪郭が弾く。

 交錯する赤と赫。

 乱舞する熒惑に、旭日の焔は同調する。

 やがて大橋を焼き焦がし、晴葵の身体を、再び赫き車輪が飛弾する。

 加えて連射される神風の風魔。

 国道134号を東へ滑走する赤烏を、真っ向から追随する。

 切迫する硝子弾。

 腰越橋こしごえばしの路面を踏み抜き、空走が続く最中、赤き鳥はこれを余さず葬る。

 追って突進する火球を、全く同じ速力で迎え撃つ。

 火花を散らし合う、日の光と火星の灯。

 僅か一呼吸分の競走。

 膨張した衝撃波によって互いに散り、其れそのものが弾頭となって市街地を穿つ。

 まさしく、戦火。

 大地は焼灼し、文明の形は炎の餌となった。

 氾濫する烈火の絨毯じゅうたん。その最中から、赤き双星が再び躍動する。

「ゔォオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ————ッ‼︎」

 黄昏と炎に埋められた真っ赤な世界で——。

「ぜァアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ————ッ‼︎」

 透化する拳と、踏ん張りの効いた刀が猛々しくえる。

 吹き荒れる火災旋風。

 喉の痛みを放棄し、鋼同士が遮二無二唱い合う。

 鳴り響く剣戟に、洪水する炎の大河。

 反復する星々の明滅は、燦然たる弧を無造作に描き、途絶える事なく閃光を続ける。

 弾け散った炎の花びらが、築き上げられた人智の結晶を次々と破壊する。

「——————————————————————————————————————‼︎」

「——————————————————————————————————————‼︎」

 延々と続く火器同士の咆哮。

 四方八方、縦横無尽に跳ね回る二つの天球に、散開する灯火は熾烈を極める。

 煥発する果てなき焼夷弾。街の隅々にまでばら撒かれ、閃光の嵐が絶えず地上を貫く。

 越流えつりゅうする天火の颶風ぐふう

 燦爛さんらんする星々の絢爛けんらん

 堆積たいせきする劫火ごうかの花吹雪。

 皮肉にも、かつて拝謁しようとしていた光の花飾りが、今や文明を焼く煉獄となった。

 大地は剥がれ、家屋は弾け、民の財産が瓦礫と共に吹き飛んで行く。

 赫灼かくしゃくする星河は隔たる物を砕き、かし、斬り刻み、——鎌倉の一切合切を貫く。

 黒煙が昇り、猛火がきる中、明依と日音はほとんど力尽きている体を懸命に動かした。

 未だ傷付く、家族を追って——。

「はるちゃん……っ!」

 間もなく日が暮れる。

 夕陽の七割が水平線に沈み、東の空はもう、青藍に歩違ふたがっている。

 正直もう、大崎に構っている余裕はない。

 これだけの惨状だ。

 晴葵もきっと、人民の守護など視野には入れていないのだろう。

 いま彼女が闘っている理由はきっと——。

「………っ。そんなの、私たちだって同じなのに——」

 暁の火が熱風を放つ。

 かなり距離はあるが、それでもなお肌を焼く痛みに、今の晴葵の激情を悟る。

「はるちゃん……」

 曇る日音の目。

 日の入りと連動するように、その光は次第に薄れていく。

 弾き合う刀と拳。

 再度咲き誇る、黒炎の花冠。


『 海艇・一式 雲揚——ッ‼︎』


 打ち出された剛拳を肋骨で真面に受ける。

「————ッ‼︎」

 声にならない悲鳴を噛み殺し、煉獄の熱戦を一身に浴びる。

 入道する黒雲に圧し潰され、遥か上空へと投げ出される日の写し身。

 爆熱の嵐に全身を隅々まであぶられ、連鎖して巻き上がった無数の瓦礫に肌をむしばまれる。

 雲を抜けた時には既に、赤い美貌は血のあかに染まっていた。

 されど、その鳥は黒炎の渦と戯れる。

 疾風の如く追走してくる火球に、鮮血を燃やす真紅の花鳥。

 上昇する惑星に、真っ向から噛み付く。

 漆黒の現世うつしよに、瓦礫の盤上。その渦中を遊泳する二匹の星霊。

 鉛同士をぶつけたような、鈍い打突音が幾多にも重なって調和する。

 星同士の舞踊に、旋律を刻むのは弔歌であろう。

 鎌倉の地が、百年前の歴史を再起させているのだから——。

 文明の破片が転がり、人の血肉が墓標を積む。

 けれど神々はいつだって、そむくように天に座す。

 目を逸らすように、頂へと昇り続ける。

 ——関係ないよ。

 ——だってこれは、あなた達が願った物語でしょ?


『 日向暁天 日輪——ッ‼︎ 』


 漆黒を一閃する大輪が、青藍のそらを斬り裂く。

 連続して天地を疾る、太陽の波紋。

 先程の物とは次元が違う。

 緑を焼き祓い、残留する文化の欠片を、瞬く一瞬の間に灰へと豹変させた。

 落下する真っ赤な花。——その色味、今となっては彼岸花を連想させる。

 血に塗れた花弁は、されどなお緋色の大地に踏み留まる。

 続いて降下する火だるま。

 かつて星だったそれは、今となっては石灰の瓦楽多だ。

 ——それも一瞬の仮初。

 舞い上がる赫い旋風に、惑星の原型は瞬きする間に復元する。

 霧散する渦の中。快活と嗤う禍いの化身が、そこにはあった。

 片翼が唸る。

 炎の大河が飛沫を上げ、噴流し、やがて大流へと成り上がる。


『 日向暁天 金烏きんう暁哭ぎょうこく——ッ‼︎ 』


 振り下ろされる刃と共に、顕現する黄金の迦楼羅かるら

 炎上する両翼が雄々しくはためき、地上にあまねく悉くを焼き尽くす。

 差し詰めそれは、煉獄の劫火ごうかを纏った、金翅鳥こんじちょう燎原りょうげん

 くろく炭化した行路がすすをあげ、自然の片鱗は余すことなく焼却される。

 迫り来る金色の化身を前に、火狩の口端はより一層微笑んだ。

 腰の傍らで構えられる両拳。


『 熒禍斂望 海艇・二式 蟠龍ばんりゅう——ッ‼︎ 』


 螺旋する二つの砲弾。

 または、蛇行する二連式弾頭弾。

 竜巻の如く渦を巻き、大蛇の如く波を打つ——。

 邪龍を模した剛拳が、滑翔かっしょうする金烏の一切を貪り尽くす。

 旋転するくちばしと牙。金色の炎を呑み込み、その衣を無遠慮に噛み千切る。

 肉を剥ぎ、骨を抉る颶風ぐふうとぐろ

 瞬く間に反芻はんすうされる攻守。

 絶え難い苦痛に、とうとう金翅鳥が悲鳴をあげた。

 哭き喚く八咫烏やたがらすに、火龍の化身は嬉々として感嘆する。

「あさひイイィィ————ッ‼︎」

 放射される弾丸が頬を掠めるも、晴葵は絶えず柄を握る。

 その最中を見切り、装填される二発目。

 だが、抜き身の晴葵がとうに有利。

 打ち出される砲撃を一閃し、奴の胴体にせめてもの爪痕を残した。

 散々と続いていた轟音が止み、煙の向こうで火狩の膝が倒れ込む。

 束の間の静寂の中、晴葵は脱力したように刀を下ろす。

 辛苦に染まった呼吸を何度も繰り返し、手応えのない彼方を見据える。

 案の定、それは真新しい姿で立ち上がった。

 驚異的なまでの再生能力。

 一撃でくびねなければ、おそらく斃すことは困難。

 いや、それでも祓えるかどうかの確証はない。

 まさしく絶望。

 見果てぬ彼方の未来に、晴葵の肢体が僅かに震える。

 やけに涼しい風がなびき、炎の海を僅かながらに冷却する。

 冷めた熱に、燻る火狩の声音。

 無垢な相貌で、晴葵へと語り掛けた。

「どうだ。これが今のお前達の限界なんだよ、あさひ。街は陥落し、人間は土に還った。もっとも、お前の仲間の小細工で、多少なりとも生き残りは居るみたいだが、その僅かな命が、いったいどれほどの足しになる? お前たちに願いを託した者の数と、この現状を考えれば、比例する事はまずない。これが現実だ。人間は、お前達神子の安寧に叛いた。そうして、決して敵わぬ禍いを生んだ。護れた生命モノがあるだけよくやった方だろう」

「——————」

 聴く耳を持たないのか——。あるいは、言葉を吐き出す気力さえ残っていないのか。

 いずれにせよ、返答の意思は見られない。

 沈黙する晴葵に、火狩は再度手を伸ばす。

「——共に行こうあさひ。人間の願いによって生み出される神だが、俺達は、奴らと共存できない。酷い矛盾だが、それが真実だ」

 火狩に同行し、人の世を終わらせたとしても、彼らの願いを依代よりしろとする神子は生存できない。

 せめてあの二人が、これから先の未来を紡いで行けるように——。

 脚を開き、刀を上段に構える。

 さながら獅子のつのを模すように、小さきながらも気高くひかきっさきが、前方へと向けられた。

「——オレは」

 請けた願いは捨てた。

 期された祈りなど、その戦火の中で焼き祓った。

 ただ、いま晴葵が、晴葵自身で成し遂げたいと思った。

 誰の期待にも左右されない。

 彼女自身の願い。

 そして、約束——。

「——オレ達で繋いだ約束未来を護るっ……‼︎ 他の何を蔑ろにしても、それだけは譲れない‼︎」

 久しく燃える、真紅の眼孔。

 熾火を跳ね上げる刀身を逞しく掲げて、その瑞鳥は凜然と鎮座する。

 頑固とも言えるその愚鈍さ——もはや火狩には理解出来なかった。

「どうしてそこまで——。何がお前をそこまで突き動かす……‼︎」

 馬鹿げたことを訊く。

 その解答こたえは、あまりに単純明快であろう。

 加熱する時空間の中で、朱き大輪は凛々しく咆える。

「そんなの、決まってるだろ——」

 呆れたように、馬鹿馬鹿しげに微笑む真っ赤な美貌。

 ほとばしおきと熱風に身を委ね、彼女は純白をべる。

「——初恋だよ」


 ——そして最後の魔法。


『 日向暁天・極技——ッ‼︎ 』


 途端、つばさは劫火を息吹く。

 噴出される全天一の奔流ほんりゅう

 小さな結晶の集合が、源流の渦中を煌めく。

 紡いできた思い出の数だけ、色濃く輝く燐火。

 竜巻き、渦巻き、旋風し、——甘い記憶の世界を循環する。

 ——灼熱する虹色の硝子。

 されど、彩られた景色は、上昇する温度と共にほどけていく。

 極度の高温に、大気物質すら電離する限界。

 おびただしく跳ね回る稲妻が、消えゆく神秘に哭き喚く。

 やがて臨界する劫火の大河。

 真紅が銀朱に変容し、銀朱は黄金へと豹変し、最後の黄金は白妙しろたえへと変貌を遂げる。

 極限すら超越する、星々神々の激昂。

 ——あるいは、友愛を調伏する乙女の恋情。

 けれど、それは今や、此方を火葬する天災に同じ。

 その身はとうに、末端から焼け爛れ、刀を握る手は既に炭化している。

 それでもなお、勇ましく脚立する白き大輪に、赫い惑星は瞳を焼いた。

「……あさひお前……」

 白化していく真紅の髪。僅かに残る血色が、さながら午時ごじあおいを想わせる。

 けれど、背後に浮かび上がる偶像は、一面六臂いちめんろっぴの巨尊。

 燃え盛る髪は天を刺し、憤怒の相貌が目前の災厄を射止める。

 その雄姿、烏枢沙摩うすさま明王みょうおうに他ならない。

「……そうか。災いを以って禍いを浄化するか」

 魂を震わす熒惑の美貌。驚嘆したように、目前の神秘を凝視する。

 理由は一つ。

 己が災いを受け入れてなお、——故に人であろうとするその信念へ感服したからだ。

「——ハハっ、ハハハハハハハハハハハッ‼︎」

 狂ったように破顔わらう赫き相貌。

 のちにそれは、黒く耀き出す。

「ならば全力で受け止めよう‼︎ 神子お前執念願い——ッ‼︎」

 ——破裂する純白。

 世に遍くいずれの究極をも凌駕し、今にも弾けんとばかりに狂騒する。

 最中に猛る、白亜の花魁おいらん


『 ——白夜‼︎ 』


 閃光する白日。

 真っ白な極光は展延し、黄昏の一角が、緋色の街路樹を駆け抜ける。

 まさしく極天の火砕流。

 残された軌跡が九つの尾を延ばし、煌びやかにはためくのは白亜のころも

 かそけく天空を、一羽の鳳凰が滑翔する。

 迎え撃つ熒惑は、二振ある星の触角を、己が懐へと備えた。

 灼熱する黒炎。

 流出する真朱が、間も無くして漆黒へと豹変した。

 やがて黒炎は極大な餓狼の頭蓋を模し、獰猛な大顎が獄門を開く。


『 熒禍斂望・奥義 凰牙おうが——ッ‼︎ 』


 迫り来る白鳥を咀嚼する、煉獄のあぎと

 対極する、漆黒と純白。

 衝突と共に弾け散り、傷だらけの大地が出鱈目に隆起する。

 旋風する火災の中、両者の牙は依然咆哮を猛る。

 黎明を貫く神風。

 神風を葬る旭日。

 旭日を破る雲揚。

 雲揚は紅炎に巻き取られ、その紅炎が蟠龍によって噛み砕かれる。

 されど、金烏の絢爛けんらんはこれを反芻する。

 二振りの翼が星の触角を切断し、先鋭化した牙が、彼の頸へと噛み付く。

 ——いななく白鳥。

 土砂の嵐を射抜き、美しき鳳凰の仮象が若宮大路を燎原する。

「がぅぅぅアアアアアアアァァァァァァァぎィィがァアアアアァァァァァァ————ッ‼︎」

 獅子のあぎとは崩壊し、かつて星だった禍いが絶叫する。

 白熱する瑞鳥ずいちょうくちばし。果断にもその牙が、自然の攘夷じょういに叛逆する。

「はぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ————ッ‼︎」

 地表へ足を突き立て、静止しようと懸命に踏ん張る火狩。

 だが、飛翔する鳳凰の体重がそれを拒む。

 蒼き星の皮膜が捲り上がり、火狩の停止を否定する。

 やがて白い鳥は朱き門を潜り、よこしまな客人を神聖の地へと招く。

「——————ッ⁈」

 男のかおが、瞬時にして恐怖へと変貌した。

 不本意にも、停止したのは彼の再生能力だ。

 加えて、全身の血肉が腐爛を始める。

 男にとっては地獄とも言える終着駅。

「(鶴岡八幡宮——ッ⁈ 最初からこれが目的で誘導されていたのか——ッ⁈)」

 喉元を貫通する鳥の鋒を、かろうじて残っていた右腕で掴み取る。

 ようやくして踏み留まったが時は既に遅く——。

 素手での掌握に力むことははばかられ、されど力を抜いても、腕諸共、くびを斬られかねない。

 まさに、復路のねずみ

 しかし、それは晴葵とて同じこと。

 己を焼く諸刃の炎が、時を追うごとに全身を蝕んでいく。

 激昂する互いの情緒に連鎖し、苛烈に沸騰する白夜の明かり。

 刺すような激痛は絶えず——それでもなお、刀を握る手を離さない。

 持ち得る渾身の全てを流し込み、更にその万倍が煮えたぎる。

「(今ここで断首する——ッ‼︎)」

「ゔぉおおおおおぉぉぉぉおおおおおおあああああぁぁぁぁぁあああぁ————ッ‼︎」

 咆哮し、全身の力を鋒へと集束させる。

 そほに覆われた熒惑の地肌を、緩慢と蝕む白煉びゃくれん

 徐々に引き裂かれていく、星の胴体。

 同じくして、神殿に集う幾つもの神聖が、彼の禍いを拒絶する。

 蒸発を始める災禍の化身。

 焦燥の念は極限に達し、先刻までの余裕が虚構にさえ思えるほどに流汗する。

「退けエエエエエェェェェエエエエエエェェエエエエエエエエェェェェ————ッ‼︎」

 侵蝕されていく蘇芳すおう色の皮膜。

 混濁に変色し、本来の力さえも薄明化していく。

「「ゔぁあああああぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁあああおおぁぁぁ————ッ」」

 交錯する二頭の神獣。

 両儀は拮抗し、二つのともえが膨れ上がる。

「ぐぅううぅ——ッぁあああぁぁぁ——ッ‼︎」

 神狩の握力が勝ったのか——。

 晴葵の全力が衰えたのか——。

 純白の刀身に、亀裂が疾った。

 衝撃は瞬く間に、地鉄の断層を貫く。

 ——刹那、勇敢に燃え続けた希望が、ついに断裂される。

「——————ッ⁈」

 大地を踏み破り、跳躍する火球。

 紺青の夜空を背に、彼は沈んだ太陽を俯瞰した。

「——くゔぅ——ッ——ゔうぅ——ッ‼︎」

 余力を失ったのか、——されど星は再び落ちる。

「(早くここから退避を——ッ‼︎)」

 腐蝕した身体を意地でも持ち上げて、彼は夜の闇へと消えて行く。

 それを追う迦楼羅の令嬢は——今や奈落の底へと沈んでしまった。

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