第14話 『願い』への『誓い』

「それじゃあ、行ってきます」

「くれぐれも、他の人の迷惑にならないようにね」

「はい」

 翌朝、ようやくして自由行動を開始した。

 焼けつく陽射しに誘われるように、緑に囲まれた大地を踏む。

 自由行動とは言っても、〝修学旅行〟というだけあって、歴史的文化遺産だったりが、チェックポイントに指定されている。

「一番最初の指定地は鶴岡八幡宮だわ。正午到着が目安だから、それまでに予定していた場所を回らないと……。午後のほとんどは江ノ島に費やす予定だし……ほらみんな急いで?」

 メモ帳にまとめられた予定表を改めて見直す明依。しかし、後ろを振り返って見れば、五メートルほどの距離を空けて歩く班員の姿が——。

「遠星さん……歩くの速いって……」

 伊予が草臥くたびれた様子を見せる。

 まだ宿を出てからそれほど歩いていない。

 暑さに焼かれたのだろうか——。

「暑いのはわかるけど、あまり悠長にはしてられないわ」

「遠星さんは鶴岡で朝陽さん達に会いたいだけでしょ……」

 ボソりと小さく呟いたのは大崎だ。

「ちがっ——‼︎」

 暑さに焼かれたのか。——明依の顔も真っ赤だ。

「あ、遠星さんも顔赤いじゃん。やっぱ少し休もうよ」

 何という連係プレイ。……小癪こしゃくな。

「……べ、別に私は大丈夫よ。水だってあるんだし、飲みながらでいいから進むわよ」

「………………」

 結局、明依の強行は最後まで続かず、流石の猛暑に伊予と大崎が力尽きた。

 ——小町通り。

 鎌倉駅前の入り口からすぐのアイス屋さんにて、遠星班は涼むことになった。

「——アイス大福美味ひぃ~っ!」

 大崎が珍しい声を上げる。

 頬がたるみ、心底幸せそうに大福を頬張る。

「まったく、これ食べたらすぐに出発よ?」

 明依は抹茶味のアイス大福。

 口に入れた瞬間、濃厚な緑茶の風味と共に、身体に籠った熱が冷却されていく。

 食感はシャーベットに近い。

 爽やかな氷菓の舌触りと、ほろ苦い抹茶の輪舞が体内を循環する。

 それはさながら、卯月の雪解け——。

「ん~~~~~~~~~~っっ‼︎」

 思わず、目と唇を硬くすぼめて、含まれた美味を堪能してしまう。

「遠星さんも随分と楽しそうで……。ここで休憩を入れたのは正解だね。はむっ」

 澄ました顔で皮肉をのたまう土方。

 握られたイチゴのアイス大福を上品に楽しむ。

 あまりの味わいと、この焼けるような暑さが重なり、アイスは瞬く間に完食された。

「それじゃあ、このまま真っ直ぐ鶴岡へ向かいますっ!」

 ——などと意気込んだ明依だったが、小町通り一帯を取り囲む香ばしい香りに、食欲をそそられ、胃袋を鷲摑みにされた。

 小豆のたい焼きに毛豆餅。みたらし団子に大学芋などなど。数えれば切りがない。

 その恐るべき明依の暴食に、班員一同は度肝を抜かれた。

「……意外ね。遠星さんがここまで食いしん坊だったとは」

「ボクも初めて知りました……」

「健康的でいいじゃないか。普段もこれだけの量を食べてあの体系を維持しているのなら、運動にはかなり力を入れているのだろうね。神子ゆえの鍛錬がもたらした代物かな?」

 果てにはその真髄を考察し始める土方。

 結局、小町通りを抜けたのは一時間半後。鶴岡八幡宮に到着したのはその後十分ほどで十二時半だった。

「……ごめんなさい。班長の私が、うっかり食べ過ぎてしまって……」

「いや、餌を頬張るリスを観ているようで楽しかったよ」

 笑顔で宥める土方を前に、明依はまたしても——。

「何あれ見てっ! 牛タン串なんてあるわよっ! 神聖なる源氏のやしろでなんて脂肪を建てるのかしら……まったくけしからん! へい店主! 牛タン串二本‼︎」

「まだ食うのかよっ‼︎」

 ツッコむ土方を耳に介さず、彼女は再び飯に在り付いた。

「何これ凄いわっ‼︎ 牛タンなんて脂っこいはずなのに、さっぱりしていて食べやすいっ! そういえば赤ワインを垂らしていたわね! それがこの美味しさの秘訣なのかしらっ!」

 目を爛々と輝かせながら、一人で食レポを始める明依。

 食欲旺盛という次元を遥かに超えて、もはや鯨飲馬食げいいんばしょく

「……彼女の胃袋は遠星家が誇る食の宝庫なのかな?」

「いや、この世全ての食が彼女の財産、または財宝なのかも知れません」

「……無芸大食も甚だしいわね」

 顎に指を立てて思考を巡らせる土方に、伊予の仮説が混ざると、突然の大崎の軽蔑で、この話は締めくくられた。

 そこへ、ここまで明依が、長きに渡り待望したであろう待ち人が、真っ赤な鳥居の門をくぐってやって来る。

「おっ、なんだなんだ? また明依が食い意地張ってんのか?」

「あ、朝陽さん……」

 朝陽班が鶴岡に現着した。

「晴葵っ⁈ 良かった、まだ通過してなかったのね!」

「まぁ~な。というか、正午ちょうどに着くのは無理だろこれ。おそらく余裕を持たせるための学校側の意図だろ。それより、——オレもその串くださいっ!」

 屋台の方へ走っていく晴葵を暖かい目で見守る。数時間とは言え、これだけの長い時間離れたことはなかった。だからこそ、そんな今だから解る。共に寄り添うことの安心感。

 真紅の美貌に改めて見惚れていると、後ろからそっと肩を叩かれる。

「——?」

「めいちゃん……その、日音も……居るよ?」

「日音ちゃんっ‼︎」

 振り返りざまに抱き着き、その柔らかく華奢な身体を、自身の豊満な肉体に密着させる。

 うさぎのようにもふもふとした感触が、明依の血圧を上昇させていく。——色んな意味で。

「んん~~っ‼︎ やっぱり日音ちゃんの体心地いいっ‼︎」

「……あ、あつい……っ」

 確かに暑苦しい光景だ。——色んな意味で。

 胸焼けがしてくる。

 そんな花園に、一際眩しい陽光が射し掛かる。

「なぁ明依! 日音! すぐそこに名刀文華館なんてのがあるぞ⁈ かっけぇ刀がいっぱい展示してあるみたいなんだよ‼︎ ちょっと見てみようぜ‼︎」

 上空を見上げれば鬱陶しいまでの陽射しがあるが、彼女のその瞳の輝きはまさにそれに勝るものだった。

 爛々と瞬く実に美麗な真紅の星だが——。

「ごめん晴葵。実は私、さっき小町通りでお小遣いをほとんど使い果たしてしまって……」

「そもそも、御三家の遠星さんはさておき、私達もそんなにお金持ってないわよ。拝観料千三百円て書いてあるし……」

 視界に映った看板に目を細めた大崎。——ところがどっこい、晴葵の胸の内ポケットから、何やら神々しい光りを放つ長方形の物体がおもむろに取り出される。

「そんなもん、大した問題じゃねぇーわな」

 謎のキメ顔。

 そのカード、あまりの神々しさに表面の文字がほとんど見えない。

「な、なんだその金色に光り輝くカードは——ッ‼︎」

 真っ白な光が、四方八方に放射する。さながら旭日のように——。

「ぐはっ……‼︎ 目が……目がアァ——ッ‼︎ これは、我々一般人の手には余る代物だッ‼︎ その高貴なる姿には、目を向ける事すら許されないッ‼︎」

「我々平民は、その神聖なる光に目を伏せ、こうべを垂れるほか何事も禁忌であるっ‼︎」

「「「ははぁーっ‼︎」」」

「何この茶番」

 朝陽班の信者達が繰り広げる寸劇に、もはや呆れる他ない大崎。少々周りからの視線を気にしているご様子。

 小さな体をしながら、持っている物が場違いすぎる。

「小学生がクレジットカードなんか使えるわけないでしょ。どっからクスねて来たのよ……」

「ん? いや、母ちゃんが持っていると便利だからって……」

「晴葵の母ちゃんアホかっ‼︎」

「おい遠星! 同じ御三家の貴様と言えど、親方の母を愚弄する今の発言は見過ごせん‼︎」

「そうでござるっ‼︎ 撤回するでござるっ‼︎」

「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ——ッ‼︎ もうアンタらうるっさいわッ‼︎ 大体こんな所で油売ってる場合じゃないでしょっ⁈ この後は江ノ島が待っているのよっ⁈」

「〝あぶら食ってた〟のは遠星さんじゃん……」

「やかましいっ‼︎」

 伊予の横やりに悪態をつき、一行はようやくして境内を目指した。

 長い直線を抜けると、茫漠とした砂利の広間に巨大ないおりそびえる。しかし、本殿は更にその先。庵の万倍も大きい社が凛然たる勇姿を見せる。

「……なんか、酷く長く感じたのは気のせいかしら……」

「半分以上は遠星さんのせいだけどね」

 伊予の当たりが次第に強くなって来ているのも、気のせいだと信じたい。

 この暑さと明依の杜撰ずさんさに苛立つのも正直無理はない。

 石段を抜けた先で、脚立していた先生にスタンプを貰う。

 この猛暑の中、全ての班が来るまでひたすら直立不動とは、——ご苦労様だ。

 とりあえず、明依はその働きに敬礼を捧げた。

「……どしたの、遠星」

「いえ、先生の働きに今一度敬意を表し、同時に己の不甲斐なさへの反省を示そうかと」

「………? よく分からんが、遠星達は中学受験も控えているだろう? 能力不足を心配しているのなら、合格祈願のお守りでも頂いてきたらどうだ? ついでにお参りもな」

 お参りしないで神社を出る者など居ないだろうが、お守りか——。

「合格ね~。正直勉強はそこまで危惧していないわ」

「明依は毎度、全教科九十点以上が当たり前だもんな~」

「当然よ!」

 晴葵の戯言たわごとに莞爾と微笑む明依。自信たっぷりに胸を張り、参拝の列に並ぶ。

「日音ちゃんは何を願うの?」

「…………………」

 一瞬の沈黙後、真珠の瞳が淑やかにうるんだ。

「……色々ある……けど、中学受験も……そのあとの人生も、日音にとってはやっぱり、三人で居られることが一番の幸せ……だから。これからも三人仲良く、ずっとずぅ~っと、一緒に居られますように……って……、えっへへ……」

 気恥ずかしそうに、遠慮がちな声音を息吹く日音。

 けれど、確かに感じる彼女の真意。嘘偽りないその無垢なる想いを、そっと胸に留める。

「そうね。それに私達は神子なのだから、どんな願いも、自分達で叶えて見せましょう」

「ならこの祈願はあれだな。オレ達を雇ってる神様への宣戦布告的な?」

「私達を雇っているのは人々の願いでしょ? この国の皆様が祈って下さるから、私達は神格化できたのよ?」

「あ、そっか……あっははは」

「まったくもう……」

 どうやら、晴葵は何か思い違いをしていたようだ。

 まぁ、目の前に本物様のお社があれば無理もないが——。

 嘆息する明依の心中は、神子としての自覚が薄い晴葵に呆れてのもの。だがその浅薄な思考は次の言葉で清められる。

「……けどさ、それでもやっぱり、オレ達の心は人で、まだまだ子供だよ。だからまぁ、ここは一つ先輩の力を借りようぜ。必ずオレたちの世代で、奴らとの戦いに決着をつける。オレ達が、御三家や神子とか関係なしに、いつか〝本当の家族〟として暮らせるように、その為の力を貸してくれってな……」

 真っ直ぐな眼差しが、偽りない強い意志を灯す。

 誰よりも未来を見据えているのは、実は彼女なのかも知れない。

 やるべきことを全うするだけなら、明依の意思にもある。

 しかし、戦いを終わらせる事が、自分達の成すべき事だとは思ってもみなかった。

 ただ民に忠実に尽くし、彼らを守護することが神子としての責務だと——。

 御三家だから——。そんな理由で戦う大義がまとまっていた。

 けれど晴葵は違った。

 今代で戦いを終結させ、未来を生きる者達へ真の安寧を与えようと、明確な目的意識があったんだ。それはきっと、自身らの紡ぐ未来も含めて——。

 強く果敢なその決意に、胸の内が自然と和らぐ。

「……晴葵らしいわね」

 頼もしい家族の美貌に口元を緩め、三人は共に共通の願いを神に託した。


 ——私達三人が、いつか本当に、〝家族〟として暮らせますように。


 この時初めて、明依は明依自身の意思で、戦う理由を定めた。

 家のためでも、誰かのためでもない。

 自分と親友家族のために、この宿命と向き合う。

 まぶたを開けた時、また同時に日音と晴葵の目も開いた。

 全く同じ周波数には半ば呆れながらも、やはりどこか安心し、思わず笑ってしまう。

 その後、授与所にて御守りを見て回った。

 並列する品々に眉根を寄せる明依。

 正直、人よりも多くの才に恵まれた神子でありながら、また他の願いを求めることには、甚だ抵抗があった。強欲ではないかと——。

 しかしそんな中、何やら晴葵が紙袋を握って駆け寄ってくる。

「いいもんあったから、これ二人にも!」

「晴葵、御守り頂いたのね……」

 こればかりは別に悪い事ではないので否定することは出来なかったが、それでもやはり恐れ多い気がしてならない。

「どうせ明依は、神子なのにそんなの強欲だ~とか言って、御守り受け取らないだろ? だからこれは、ただのストラップだ。ほら!」

 袋から取り出されたのは、桜の形をした小さなストラップ。

 鈴の音が清涼に響き、この炎天下に、ささやかな癒やしがそよぐ。

「色がちょうど三種類あってさ、オレはやっぱ赤! 二人は何色がいい?」

「あ、日音は……ピンクがいい……」

「じゃあ私は白ね」

 条件反射で受け取ったものの、明依は「ちなみに」と晴葵に尋ねた。

「——で? これはいったいなんの御守り?」

 神社なのだから、当然ただのストラップであるはずもなく——。

 晴葵はしばらく目を泳がせ、観念したように答えた。

「……………………。——はい、幸福成就です。平和も良いけど、その先で明依や日音に幸せになって欲しくて……。お揃いにすれば、運命共同体的な……? あ、あはは……」

 欲張りにも程がある——と叱ってやりたかったが、先にも晴葵が言っていた。明依達はまだ子供だ。むしろ、秘められた可能性には全てに手を伸ばした方が良い。

「晴葵から私達への願いってことね?」

 神子が神子に願うなんて、きっと前代未聞だ。

 でも——。

「ええ、有り難く頂戴するわ。晴葵の願い、確かに聞き届けました」

 まるで宝物を抱き留めるように——。ストラップを胸に抱いて、明依は華やかに微笑む。

「あ、日音も……っ! 晴葵ちゃんの願い……大切にするね。だから、はるちゃんも……私達の願いはどんな時でも聞いてね?」

「なんか似たようなこと、昨夜にも聴いた気がするな……」

 明依を一瞥いちべつする晴葵。

 ええ、言いましたね。昨日の夜分遅くに——。

 ここまで共通の想いが三人の間で流れていると、もはや本当に血縁を疑う。

 でも、それなら尚更——。

「これで三人、お揃いね」

 それは御守りだったり、共振する想いだったり、はたまた願いだったり——。

 この時は、もう何もかもが〝一緒〟だった。

 胸に灯った甘美な熱は、いつしか明依と日音の瞳を真紅に加熱していた。

 淡く艶めく紅玉。それはまるで、天蓋てんがいに聳える白盤が引火したかのようだ。

 けれど、そのあまりの必然さに、二人の小さな変化は誰の気にも留まることはなかった。

「それじゃあ……心苦しいけど、ここでお別れね。私たちも班行動を再開しないと……」

「その必要はないんじゃないか? だって明依達次は江ノ島だろ?」

「……ええ、そうだけど……」

「オレらの班もこの後は江ノ島なんだよ。どうせなら、このまま一緒に行こうぜ!」

 鎌倉はそこまで広い訳ではない。同時に江ノ島は観光スポットとしては王道中の王道。かぶっても不思議ではないが、タイミングまで同じだとは正直驚きである。

 しかし——。

「あ、日音……は、大仏さん観たあとで……なの」

 どうやら月岡班はそうでもないらしい。

「じゃあ俺らも大仏見るか。江ノ島はイルミネーション? って言うんだっけ? ——がかなり綺麗らしいし、時間帯的に夕陽も拝める。まさしく、棚から牡丹餅だな」

「そうね。大仏様を観た後で江ノ島を回れば、ちょうど巡礼が終わるころに、電灯彩飾が観られるわね。私も班員を説得してくるわ」

 明依の班員は鎌倉観光にこれといったこだわりが無かったようで、異議なく話は通った。

 晴葵の班は、——おそらく説明せずとも想像が付くだろう。正しくそのまんまだ。

 そうして、江ノ島電鉄を利用して大仏を拝観し、また同じものに乗って島へと赴いた。

 江の島大橋を渡り、これから島を回ろうとした正にその瞬間、水平の彼方に黒い稲光が走ったのだ。

 それは、真っ直ぐな水平線へ広がるようにして電光を散らした。

「あぁ〜あ、せっかくここまで楽しい修学旅行だったのに、最後の最後で出やがったよ」

「もうこればかりは仕方ないわね。皆んなは島の上にある神社に避難して! なるべく早く片付けましょうっ!」

「あぁ‼︎ あんな魔獣はオレたちのアルバムには要ら——っ⁈」

 直後、北西の陸地にも、漆黒のいかづちがけたたましい轟音をあげて地表を穿った。

「二体同時顕現——ッ⁈」

 変身直後の霹靂へきれきに動揺するも、明依はすぐさま冷静を取り戻す。

「海は武が悪いでしょうから、晴葵は陸地をお願い。私と日音ちゃんで——」

 その日音の身体が、突如として明依達の前線に躍動した。

 花のように可憐でありながら、しかし獅子のように果敢な様に、思わず虚をつかれる。

 そして奏でられる優美な旋律——。


『 旅立てど 胸に灯るは ブラシの木 時ぞ変はれど さてもとこしえ 』


 ——高速詠唱。

 一呼吸分にも満たない一瞬。

 同時に、大海を浮遊する禍津が大きく口を開き、紺碧の光を収束させる。


『——月詠神歌三番 桜花悲恋城おうかひれんじょう‼︎』


 小さな蕾が大輪を広げ、視線の遥か先——由比ヶ浜上空に顕現した。

 ——瞬く間の刹那の空白。

 水平の彼方から撃ち放たれる蒼き流星が、開花した桜に衝突する。

 ——閃光。

 真っ白い光が眼孔を突き刺し貫通する。

 延展を続ける星の尾に、慟哭どうこくする海面。荒波を打ち、地表を荒ぶ衝撃波が、縦横無尽に大地を踏み荒らす。

 ものの数秒で星の火は消失したが、その甚大すぎる威力は、確実に都市一つを滅ぼすにあたいする物だった。

 日音が事前に察知していなければ、間違いなくこの土地は陥落していた。

「………な、なんて威力………」

 しかし、晴葵はすぐに勘づいた。奴の狙った物が何なのか——。

「おい、アイツ今、八幡宮を狙ってなかったか?」

「そんな——っ⁈ 禍津が知性を持ったって言うの⁈」

 顕現したばかりの異形が、その延長線上にある場所を偶然標的に絞っただけでは——。そんな風に、都合の悪い現実を明依は否定せずには居られなかった。

「とにかく急ごう! 被害者が出る前に——っ‼︎」

「そ、そうね! 晴葵も気をつけて!」

 火の粉を巻いて消える晴葵。

 彼女を信頼し、明依は前方に見える巨人に目を凝らした。

 それは、女型めがたというべきか——。

 十メートルを超える巨人が、水面の上を浮遊し、ゆっくりと進行して来ている。

 とぐろを巻いた巨大な角は、天にそむく事を恐れた悪魔のように湾曲し、海上へと還っている。

 紺青色の長い髪は深海のように底知れぬ色を宿し、水面にまで垂れ下がっている。

 整った目鼻立ちと、緩やかに波を引く地平線のように長く端麗な脚線美。自然の景観を象徴したようなその美貌は、まるで長い間封印されていた海の母だ。

 けれど、それは同時に災いでもある。

 その災いがもしもさっき晴葵の言った通りなら、——それはもはや、人の世を終わらす神々の黄昏となり得る。

「(神社は神域……。神様とはそもそもが、人々がただ幸せであれと願ってまつった存在。私達神子の遥かなる上位互換。神社はその願いの集合体であり、あらゆる厄災をみそぎ祓う。だからこそ、禍津は神社にだけは手を出せないし近付けない。——それを狙うって事は、禍津の目的は人類の殲滅……⁈ でも、それであちら側にいったい何の得が……⁈)」

 晴葵の言葉がどうしても忘れられず、その場で思考を巡らせる明依。

 しかし、今は頭よりも手を動かす場であること、迂闊うかつながら忘れてしまっていた。

「明依ちゃん——ッ‼︎」

 日音の声に、意識が尾を返す。

「あれ……もうすぐそこまで来てる! 早く倒さないとっ!」

「そ、そうね! 行きましょう!」

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