第4話
ただの平凡なオッサンである田中にも、彼なりの野心がある。
『この学校の校長になる』
それは成し遂げたとて、大して偉大でもない目標であった。
凡人にしてみれば立派程度の、矮小な夢だ。
けれども田中は教師人生を校長の椅子に賭け、どんな汚いことでもしてきたのだ。
全ての生徒の人生をより良い方向に導くだなんて端から無理だと分かっている絵空事は蹴り飛ばし、表向きは健全な学校の体裁を成り立たせてきた。
その邪魔になる者は、潰してでも排除してきた。
しかし、桧山は田中では潰せない。
そう自覚させられたのは、一年前のある出来事によってだった。
☆★☆★☆
桧山の入学時から、田中は桧山の学年の学年主任ではあった。
初めて直接的な関わりを持ったのは、桧山が二年に進級して暫く経った頃だ。
一年時同様、田中は桧山を担当していたわけでなく、この話の火種となるのは別の人物となる。
彼女を、仮に『少女B』と表記しよう。
少女Bは、大人しく教師の言うことを聞いているタイプの生徒ではない。
この特徴だけ挙げれば厄介な生徒だが、少女Bの家庭は子供にとって良いものではなく、所謂機能不全家庭と呼んで差し支えない部類であった。
少女Bの両親は、田舎特有の教師信仰が強く、子供については学校に任せればいいという方針を掲げていた。
田中が少女Bを多少手荒に扱っても苦情は来ないし、少女Bへの“指導”は他の生徒への見せしめとなり、田中にしてみれば非常に都合が良かったのだ。
そんな少女Bを救うべく立ち上がったのが、紺野という男子生徒だ。
紺野はよりにもよって桧山に協力を要請し、桧山は面白がって彼についた。
二人がコンタクトを取って間もなく、紺野が集めた人員を巧みに操り、桧山は田中を拘束した。
それからは、今思い出しても身の毛がよだつような拷問の数々。
しまいには、田中は桧山による圧倒的見せしめの小道具にされてしまった。
拘束され、椅子に縛り付けられた田中は、紺野の仲間に囲まれて罵詈雑言を浴びせられた。
中には蹴ったり殴る生徒も居たが、桧山が手を下していない分、まだマシだった。
一頻り言わせた後、桧山は漸く田中の前に姿を現す。
特に主張もないのか言葉の一つもなく、いきなり田中の毛髪を鷲掴んだ桧山。
勢いよく引き抜き、田中の悲鳴が出る前にもう一塊掴む。
「ぐああっ……! やめっ、やめてくれぇ……!」
人間、有事の際には強気に出れないものだと、田中は身をもって痛感した。
薄くなってきたのを気にしていた頭には、まともに生えた毛など一本もなくなった。
血と切れ毛が混ざり合う頭は、まさに焼け野原。
実際に火で燃やされてはいないが、桧山には核爆弾を人の形にしたような苛烈さがあった。
桧山の拷問が終わると再び囲まれ、顔に油性マジックで落書きをされた。
一張羅のスーツはズタズタに裂かれる。
下着だけの無様な姿に成り果てた田中を、桧山は何重にも縛れと指示した。
縄で身動きが取れない田中は、屋上から投げ出され、宙ぶらりんの状態で衆目に晒されたのだ。
「安心しろよ、後で引き上げてやっから! 縄が切れなければなァ!」
お笑いでも見ているかの如く、腹を抱えて笑う桧山。
病的に良心が欠如している。
そもそも、田中は良心ある人を出し抜いて生きてきた。
顧問を務める部活ではラフプレーすら推奨し、良い成績を出させた。
田中の戦略は、他人に良識や善意がなければ成り立たない。
つまり、桧山を前にすれば、田中の経験値は無意味ーー!
屈辱よりも何よりも、その事実が田中を追い詰めた。
こうして今に至るまで、田中は桧山に爪痕一つ残せないでいる。
とはいえ田中にも、一縷の望みがあった。
敵を倒せずともやられずに生き残れる可能性のある、最後の作戦。
それが、『悪童蟲毒』であったーー。
悪童蟲毒-アクドウコドク- たわける @tawakeru
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