魔導師
芥川賞と直木賞をダブル受賞した若干24歳の文才、それが宮崎蘭である。
キャラ立ちもかなりのもので受賞当時マスコミを集めた会見の様子は今や語りぐさになっている。
会見場に真っ白いスーツで現れた彼女は着席するといきなりマイクを手に持ちしっかりと通る声でマスコミ連中に向けこう言い放った。
「私がまず言いたいのは、、、、アカデミー作品賞を取ったコーエン監督の第一声と同じです。”これって冗談だろ?”って」
予想外の砕けた第一声に会場がドッと湧いた。張り詰めていた場が次第に和んでいく。
気持にゆとりの出来たマスコミの記者たちは彼女のルックスに着目し始めた。
見た目はかなりの奇麗系である。すらりとした長身。まるでモデルのようなスタイルの良さ。
目鼻立ちの整った顔に黒のショートボブが良く似合う。同性が憧れるであろう”出来る女”を具現化したようなキャラクターだった。
”美人作家、鮮烈な文壇デビュー!”
押し寄せた記者たちの脳裏にはそんなありがちな見出しが躍っていた。
「どう考えても賞を取るような高尚な作品じゃないし。もしかして間違えたのかな?と」
愛らしい唇から新たな言葉を紡ぎ出す蘭。一部のマスコミ記者達はその行為をまるで彼女が空中に文章を書いているかのように感じていた。
しかもその紡いだ言葉は皮肉の利いている記事にし甲斐のある言葉だった。
既に第一声で聴衆の心を掴んでいた彼女にとっては造作のない事なのかもしれない。
しかしその後は作品に関係ない話題をつらつらと述べだした。
次第に困惑し出すマスコミ連中。そんな中一人の記者が蘭に対し質問をしようとおずおずと手を挙げた。
それとほぼ同時に会場入り口に出前持ちのような風体をした中年男が突然現れた。
中年男は明らかに戸惑いを隠せない様子だった。周りをキョロキョロと見回す。
場違いな闖入者に記者たち半ば戸惑いを見せている。だが中年男は招かれざる客ではなかった。
蘭がこう叫んだからだ。
「あ、こっちです。ここ!」
目ざとく出前持ちを見つけた彼女はやおらに立ち上がると大声を張り上げた。
声に艶があり通りもいいせいか大声でも不快に感じさせないのはさすがであった。
出前持ちはおかもちからカレーライスを取り出すや、会見場中央にある机の上に慣れた手つきで置く。さすがに職業人だ。
その場で勘定のやり取りを済ませる蘭。出前持ちはぺこりとお辞儀をすると疾風の如く会見場から立ち去った。
あっけに取られたままの記者たちに向かい蘭は腰に手をやり仁王立ちになる。
そしておかしな宣言をした。
「私はカレーを溺愛しています。カレーの素晴らしさをもっともっと知ってもらいたい。なので今から食べながら会見をさせていただきます」
記者たちはまるで石化の呪文をかけられたかのように固まっている。
そんな彼らを気にも掛けず、大勢の前で食事を始める宮崎蘭。一体彼女は何者なのか?
当然の疑問だろう。だがその疑問に答える者は誰もいない。
カレーライスを目の前にした蘭は脇に置かれている紙ナプキンに包まれた銀のスプーンを丁寧に丁寧に取り出した。
その目は既に恍惚としている。まるで性に抜きんでた女性が欲情した姿を思わせた。いわゆるエロである。
有機物である記者連中や無機物であるカメラにも一切注意を払わず、一部の者にとっては確実に食物の頂点に立つであろうカレーライスをパクパクと食し始める蘭。
会見がお昼前から行われたという事と彼女の食べっぷりが集まった記者達の食欲を大いに刺激した。それはそれは美味しそうに食べるのだ。
どんなグルメリポーターもかなわないであろうその美味しんぼっぷりに記者達は質問する事すら忘れ、ただ見惚れていた。
見事な美食女ぶりであった。この様子を眺めている記者の中には腹を大きく鳴らしている者もいる。
だがはしたないと非難の目を向ける者はこの場に存在しない。宮崎蘭は完全にこの場を支配していた。ほとんどの者が激しい飢えを感じていた。
「そ、、、そのカレーはなんという店のカレーなんですか?」
ようやく我に返った一人の記者が意を決して質問をする。
口の中のカレーを上品に咀嚼した蘭は質問の答えをしっかりと返す。まるでそうする事がカレーライスに対する礼義のように。
「秘密です。客が殺到して食べれなくなるのは困るので。ただ美味しいですよ。最近のお気に入りです。勿論カレー専門店のカレーも最高ですけどね」
どう見ても定食屋のカレーにしか見えないそれを美味そうに食し続ける。
そして遂に完食。紙ナプキンで口を奇麗に拭った後、再びマイクを握る。
「食事をする姿というのは非常にプライベートなものです。それを不特定多数の人間に見せる、、、私の覚悟が分かっていただけましたでしょうか?
本日白ずくめで来たのもそういう事です。ちなみにこれは死に装束を意識しております、、、それではバイバイキーン」
作品についてのコメントは一切せずカレーを食べ終わった宮崎蘭は皿を持ち席を立つとそのまま会見場から姿を消した。
そのあまりの去り際の良さと意表を突いたバイキンマンワードにマスコミの連中はすっかり固まってしまい指一本動かすことが出来なかった。
まるで石化の雨により村人全員が石にされた町、ダイアラック・グリンフレークの住人のように。
そう、ドラゴンクエスト7における悲劇のように、、、
宮崎蘭は世界に12台しかないと言われている据え置きゲーム機"ランドライン"を探し求めている。
その探究の旅はいつ終わるともしれないものだったが、いつしかその探索活動は彼女のライフワークとなっていた。
本人も自身のブログやツイッター、インスタグラムに”求む!ランドラインの情報!”という文言をテンプレートとして常に表示しているほどだ。
ここまでがネットで得た情報だ。もはや定番ともいえる情報なので信ぴょう性は高いだろう。彼女について全く知らなかった俺はため息交じりの声を出す。
「ほえ~、しかしすげえ女だな」
凛音はさも当然といった体でふんぞり返っている。
「でしょ?トンデモ女よ。この会見の模様は未だに動画配信アプリで流され続けているわ」
「この後は?今までどうしてるんだ?」
俺は最も気になっている事を尋ねた。
「作品はコンスタントに書いているみたい。私は読んだことないけどね。でもどの作品も巷の評価は高い。
出せばベストセラー?みたいな。売れ線とは程遠い純文学なのに。そこが凄いよね」
「ゲームに関しては?どうなんだ?」
「それはどうなんだろ、、、、ちょっと!私が知っているのはそれぐらいよ。詳細は自分でネットで調べなさいよ」
お叱りを受けた俺は早速ネットで再び調査を開始した。さすがに有名人だけの事はあり様々な情報がネット上には溢れている。
「ふむふむ、、、、自分のインスタとかツイッターにはゲームの話題が多いな。あとコラムとかエッセイも色んな所で書いている。
文藝春秋、週刊文春、東洋経済オンラインにもかよ。ビジネスネタだけでなくゲームネタもさり気にねじ込んでいやがるとは。実に抜け目ないな」
「当然ゲーム雑誌にも書いているわよね?」
「勿論。ゲームサイトも含めると、、、、、隔週で連載が5つ。スゲエな!」
「相当なゲーム好きというわけね」
「だな」
頷く俺たち。意外とコンビネーションいいかもしんない。
「それにしても、、、、宮崎蘭があのランドラインを手に入れようとしているなんてね。知らなかったわ。結構衝撃よね」
「何でだよ」
「だってあるかどうかもわからないゲーム機なのに」
「でも逆に言えばこんな才媛がだな、必死で探しているという事は、、、、」
「実際にあるかもしれないって事?」
「ああ、可能性は高いと思う」
「そうかしら、、、、」
納得のいかない様子の璃音。彼女は怪しげなもの、オカルティックな存在、超能力を断固否定する超現実主義者だ。
宮崎蘭についての詳細な情報をネット上で得た俺と璃音は早速2人だけの巨頭会談を始める。
彼女を当委員会に引き入れるかどうかを決定する為だ。会談は10分ほどで終了した。スカウト決定だ。
早速蘭にDMを送る。彼女がどういった人間なのか?その人間性まではわからないが、知名度はかなりのものだ。
しかもランドラインを入手しようとする程の据え置きゲーム機好きである。
据え置きゲーム推進委員会のメンバーにはピッタリだった。
きっちり二時間後、返事がDMで返ってきた。その文面にはこう記載されていた。
”ランドラインを手に入れる手助けをしてもらえるのなら委員会に入ってもいいですよ”
「よっしゃ!」
難易度の高い案件を達成した俺は自然にガッツポーズをする。
そんなやや痛いポージングを笑顔で眺めながらも璃音は少し不安を感じていた。
「、、、、、でも大丈夫かな。彼女マジでランドラインを探してるんでしょ?あるかどうかもわからないゲーム機をさ。正直頭がイカれている可能性も無きにしも非ずよ」
相変わらずキツイ言い方だがその不安は最もだった。下手をすれば委員会自体が崩壊の危険に晒される恐れもあるのだ。
だが毒を食らわば皿まで。ここは覚悟して飲み込むしかあるまい。俺は委員長として腹を括った。
「なんせ有名作家だからな。かなりの変人なんだろ。もしヤバそうだったらさっさとお帰り願えればいいだけさ」
「、、、、、それもそうね」
一方璃音によるサーラこと遠藤沙羅との交渉も上手くいった。サーラは璃音の事をよく知っていた。
いずれお近づきになりたいと思っていたそうだ。勿論据え置きゲーム推進委員会に所属する事には了承どころか大喜びした。
璃音によると交渉の場であるファミレスでやおらに立ち上がり、とある人気格ゲー女性キャラの勝ちポーズを取って喜びを表現したらしい。
周りのお客さん、結構ビックリしてたらしいけど。ドン引きしてたかもしれないな。
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