チート
ゲーマーの聖地ともいえる東京、秋葉原。
軍平の第二の故郷でもある。とにかく居心地がいいのだ。
今日も特に目的もなくぶらぶら散策していた(金がないので)軍平はふとある考えに頭を巡らせる。
すると周りに存在している歩行者たちの姿が少しずつぼやけ出してきた。
奇怪な現象である。
「何だ?」
頭を何度か振り、もう一度しっかり彼らを眺めてみる。するとウォーキングホモサピエンス(人間の事。軍平が命名)の姿は正常化を取り戻していた。
軍平の目は時々誤作動を起こす事があった。人物が何気にぼやけて見えるのだ。風景や物などは問題なかった。
元々目はいい方なだけに、不思議な身体現象であった。医者にかかった方がいいのかもしれないと思ってはいたが金がないという非情な現実がその行為にポーズをかけていた。
軍平は秋葉原ダイビルに繋がる陸橋に佇むや、一人考えに耽った。
今の俺は一人暮らしをしているが、冷蔵庫には萎びたネギが一本と缶ビールが1本しかない。まさに1本尽くし。
住んでいる部屋は家具や電化製品が備え付けてあるワンルームマンションだ。その分、家賃は相場より少し高め。
だが物を出来るだけ持ちたくない俺にとってはこのようなスタイルが性に合っている。
勿論ゲーム機は専用のものを持っているがね。
ていうか、俺の財産といえば家庭用ゲーム機ぐらいだな、、、、ちょっと家電量販店にでも寄ってみるか。勿論ゲームコーナーだが。
陸橋にて徐々に夕日に染まっていく秋葉原。格別の眺めである。
軍平はその異様に美しい光景を目にしながら様々な思いに耽ってみる。だが3分もするとそのような行為にも飽きてきた。彼は実に飽きっぽいのだ。
そんな自慰的行為を強制シャットダウンすると目的地である家電量販店に向かうためコンクリートの大地を踏みしめる。
するとおかしな風貌の男?が歩いているのが視界に入った。
服装はいたって普通、普通すぎる程なのだが、顔が、、、異様だった。
マスクを着けているのだ。マスクといっても風邪の予防に使用する不織布マスクではなかった。
いわゆる覆面というやつである。ただしプロレスラーがするようなものとは一線を画している。
マスク自体は布製のようであるがその色は真っ黒であり、中央に大きく白いバツ印がしてあった。さらにその下に←が書き込まれている。
バッテン男と呼ぶべき風貌だ。その男は軍平にはごく普通に歩いているように見えた。マスクの図柄の意味は正直よくわからなかった。
不思議な事にバッテン男の顔をチラチラと眺めているのは軍平だけであった。
他の通行人は気にも留めていないようだ。
もしかしてメイド喫茶ならぬ、バッテン喫茶なのか?そんなものあるのか?あったとして採算が取れるのか?
様々な思いにとらわれながらも軍平は視線をバッテン男からは外さない。
とにかく怪しい人物には違いないからだ。
こそこそ様子を伺っているとバッテン男は再稼働を開始し、軍平の2m程手前でいきなり立ち止まった。軍平の方をガン見しだす。
(え?俺見てんの?しかもガン見?何で!)
軍平はとっさに目を逸らし、下を向いた。いわゆる下級ヤンキーが上級ヤンキーに遭遇した時にやる例のアレである。
根性無し?何とでも言ってくれ!そう心の中で叫ぶ軍平であった。
根性なしをしばらく見ていたバッテン男だったがゆっくりと軍平に向かって近づいてくる。
男は軍平の目の前に立つと何故か手を差し出した。
意味不明の行為に軍平はたじろいだが、よく見るとバッテン男の手には一枚のチラシが握られている。
これを受け取れということか?
躊躇していた軍平だが結局男の無言の圧力に負け、チラシを受け取った。
その時、男がそっと軍平の手に触れる。
驚愕が軍平のハートを貫いた。
え?俺に惚れた?マジで?まさかのそっち系すか!
様々な思いが彼の心をかき乱した。
軍平の驚きをもたらしたのはバッテン男の手である。
触れた手の感触がしっかり女だったのだ。そう、男は女だった。
てっきり男だと思っていたが、、、
そういえばよく見ると体つきはほっそりとしている。肩幅も狭い。胸は、、、、触れないでおこう。様々な思いが彼の心をかき乱した。
バッテン女はじっと軍平の顔を見つめている。だが、あくまでも無言状態は変わらない。まるでサイレントの呪文をかけられたかのようだ。
少しすると女は軍平に興味を失くしたのか、ぷいと顔の向きを変え、振り返ることなくゆっくりと歩き去っていく。
「一体何だったんだ、、、、アイツは」
マジモンの呟きが思わず口をついて出てしまう軍平。当然奴が離れてからである。
その辺は抜かりはない。
誰に向かうでもない心の声が軍平の心を支配した。
え?ただ単にビビってるだけって?仕方ないじゃん、今の俺は大いなる使命を持つゲーマーだ。
無用なトラブルに巻き込まれるわけにはいかないだろう?
そう独り言ちた軍平はバッテン男、いや女の尻、いや後ろ姿から視点を外す。
そして夕闇に暮れる秋葉原の姿を再び目に焼き付けようと思いをはせる。
その前に、バッテン女からもらったチラシの確認をしなければならない。
そう思った軍平はチラシに目をやった。だが、、、そこには何も記されてはいなかった。
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