第2話

 数日たてば草刈りにも慣れてきた。

 ただ、アホウドリには慣れず、旋回しているカエル声を聞くと、耳障りな気分になってくる。

 

 アルバイト中、蓮豆さんは灯台から出てこない。

 整備の仕事が忙しいんだと思う。

 晩ご飯まで作ってくれるので、さすがに手伝ってくれとまでは言えない。

 

 森のように茂っていた青草も、じょじょに姿を消していく。

 刈ることに集中し、アホウドリにイラつく自分を抑えた。


 

 蓮豆さんと晩ご飯を食べていると、自然とおたがい会話するようになった。

 といっても、蓮豆さんのほうが話し好きなので、食事中ずっとしゃべっているんだけど。

 年下の私は聞き役に徹することにする。

 

「それでさぁ。前の灯台守、女性だったんだけど、男ともめたとかで辞めちゃったのよねぇ。私は臨時職員だってのに。嫌になっちゃうわぁ。あっ、この野菜スープ。その人から教わったの」

 

 蓮豆さんは味の薄い野菜スープをあきもせず食べている。

 どうでもいいので、私はジャガイモをスプーンでいじっていると、とある言葉が耳に入ってきた。


 

「けっきょくはさ――男と女ってわかりあえないのよねぇ」


 

 最初の話から忘却していったのに、それだけが妙に私の心に突き刺さった。

 蓮豆さんは白い歯を見せながら、


 

「あっ、そうそう。今日って、いつだっけ?」


 

 と言った。





 草刈りもだいぶ終わり、土肌がどんどん見えてきた。

 ただそうなると、夏の暑さが増してくる。

 さすがに息苦しくなり、セーラー服のスカーフを外した。

「あっ」

 海から来る突風に、スカーフが運ばれてしまう。

 それをうまく、アホウドリがくちばしでキャッチした。

 鳥は私をチラ見すると、灯台のほうへスカーフを持っていく。

 

 私の怒りが爆発し、鎌を持ってアホウドリを走って追いかけた。

 

 ――殺してやる!

 

 私の大切な物を、鳥ごときに奪われるのが許せなかった。

 蓮豆さんの忠告を忘れて、私は殺気立っていた。

 

 アホウドリは灯台の中に入っていった。

 私も灯台に入り、窓から入る点々とした光を頼りに、盗っ人を追いかけていく。

 

 アホウドリは私が近づくと飛び上がり、十分な距離を取ると、窓辺に降りたってこちらを向いた。

 まるで追いかけてこいと、言わんばかりだ。

 

 私は鎌を投げつけたい衝動にかられたけど、外すことがわかっているので、我慢して近づき、確実に殺すつもりでいた。

 灯台の廊下を走っているけど、いっこうにアホウドリに追いつく気配がない。

 

 ――こんなに廊下って長かったっけ?

 

 蓮豆さんと灯台内を見学したことがあったけど、こんなに長いとは思わなかった。

 息が苦しくなっていく。

 窓から差す光は、床から舞い上がる白いホコリを浮かび上がらせる。

 

 汗を流し、さすがに足を止めようとしたとき、アホウドリが四角のタンクの上に降り立っているのが見えた。

 両目が不気味に光っている。

 私がふらふら近づくと、スカーフをタンクの上に置き、窓から外へと飛んでいってしまった。

 

 タンクには蛇口がついていた。

 貯水タンクだ。

 喉がカラカラなので、私は水を飲もうと蛇口をひねった。

 

 両手で水をすくい、口に当てた瞬間、水を廊下に吹き出してしまった。

 

 

「――この臭い」

 

 

 水から腐った臭いがたちこめてきた。

 ただでさえ気分が悪いのに、ますます悪くなった。

 指に細長いものがからまっている。

 

 ――髪の毛?

 

 なんで貯水タンクから髪の毛が?

 私は訳がわからず、スカーフを取るために、タンクのタラップを上った。

 タンクの上のスカーフのそばには、フタがあった。

 私の心がざわめく。


 

 ――そのフタを開けてはならない、と。


 

 つばを飲み込み、蓮豆さんを呼ぼうかと思ったけど、思考がうまく回らず、タンクのフタを開けてしまった。





 蓮豆さんといつものように晩ご飯を食べる。

 メニューは野菜のスープにご飯。

 私はトマトを煮て作った、血のようなスープを見つめる。

「どうしたの? 食欲ないの? 同じメニューでごめんねぇ。でも今日で最後だから我慢して」

 蓮豆さんは黙々と気にせずスープを口に運んでいる。

 私は蓮豆さんの目を見つめた。

 蓮豆さんは私の視線なんて気にしてない。

 私は意を決して、

 

「――この野菜スープ、どうやって作ったんですか?」

「え? そりゃ適当に農家からもらった野菜入れて……」

「水はどこから手に入れたんですか?」

「えっ? 何? 貯水タンクからだけど……」

 

 厳しいけんまくに驚いたのか、蓮豆さんは手を口にやって言う。

 うそだ。

 あんな水で――料理はできない。


 

「貯水タンクの中を見ました――死体がありました」


 

 私は彼女の目をにらむ。


 

 蓮豆さんの手に持ったスプーンが、ピタリと止まった。

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