プロメテウスの灯
因幡雄介
第1話
「『プロメテウスの火』って知ってる?」
私の雇い主の女性が突然変なことを言い出した。
彼女の作業着からオイルの臭いがする。
ポケットがふくらんでいるのは、工具を入れているからか。
「全知全能の神『ゼウス』から『プロメテウス』という男神が火を取り上げ、人類に与えたの。そのおかげで私たち人類の技術は発展したわけ。だけどプロメテウスはゼウスから罰を受けて、はりつけにされ、鷲に内蔵を喰われ続けた。神だから朝になれば、内蔵は再生してしまう。そしてまた鷲に内蔵を喰われ続けるという、永遠の苦しみを受ける拷問をされた。つまり、何が言いたいかわかる?」
「――貴重な『灯』を、消すなってことですか?」
「そのとおり。この灯台の灯を消しちゃいけない。そのために、灯台守である私のような整備士がいる。よくきてくれたわね
*
私の仕事は灯台周りの草むしりだ。
夏になると、必ずこのアルバイトがあることを知っていた。
アルバイトの給料は高額だけど、募集に人が集まらないのは、灯台までの道のりが遠いことと、夏の暑いなか、草むしりなんてしたくない人の心理が働いていると思う。
学校が終わったら、学生服であるセーラー服のまま、アルバイトに寄っていた。
ちょうど家の近くにあったし、蓮豆さんと親は知り合いらしく、晩ご飯もいただけることになっている。
親としては食糧難の時代、都合がいいんだろうけど、私にとっては苦行だ。
――暑い……。
軍手で額の汗をぬぐう。
鎌で草を切って、台車に入れる。
台車の中に入った青々とした草が山盛りになったら、今度は海近くの捨て場に行く。
これを永遠と繰り返す。
時給が高くても人気のないアルバイトなわけだ。
拷問みたいに感じる。
ブォー、ブォー、ブォー。
カエルが空高くで鳴いている。
アホウドリだ。
大きな翼を広げ、あわい黄色の頭部を光らせ、長いくちばしで海の魚を捕まえる。
どこまでも青く、太陽の光で輝く海を、縦横無尽に飛び回っている。
「…………」
アホウドリが灯台に近づくたびに、私は怒りがこみ上げていた。
ひょうきんな鳥の面が憎くてしかたがなかった。
私の殺意に反応したのか、アホウドリたちは人に近寄らなかったけど、とある一羽の鳥が私の前に降り立った。
ブォー、ブォー、ブォー。
そのアホウドリは台車に乗ると、挑発するかのように鳴きだした。
私の中で何かがキレ、
「灯台の灯に近づくな!」
鎌を振り上げると、アホウドリに切りつけた。
刃物が当たれば死ぬだろうけど、かまわなかった。
アホウドリは小ばかにしたように鳴くと、人間が届かない空へと飛び立った。
憎々しげに空を見上げていると、灯台の窓に誰かが立っていた。
蓮豆さんだ。
私と目が合うと、ニヤリと笑って、暗闇に消えた。
*
仕事が終わり、私は蓮豆さんと晩ご飯を一緒にしていた。
灯台内にある食堂は小さく狭い。
イスが2つあって、対面している蓮豆さんとの距離は近かった。
机はせまく、皿を置けばいっぱいになる。
ご飯と野菜のスープという簡素なものだった。
ただ、野菜のスープはトマトを煮込み、豆や、トウモロコシ、ジャガイモが入っていて、ちょっと豪華な気分を味わう。
蓮豆さんの料理の腕なのか、見た目は貧相だがうまかった。
「『老水夫行』って知ってる?」
知識も豊富なのか、蓮豆さんはまた難しいことを聞いてきた。
学校で聞いたことがあったけど、私の記憶はそんなことまでおぼえていない。
首を横に振る。
「ある船の上で、アホウドリが飛んでいた。その鳥は船員たちを楽しませていた。だけど、老水夫がアホウドリを殺してしまった。理由もなくね」蓮豆さんはスプーンをスープの中でクルクル回し、
「ある日船が動かなくなった。灼熱の太陽に照らされ、船の船員たちは死んでしまう。生き残ったのは、アホウドリを殺した老水夫のみ。飢えと乾きに苦しんだ老水夫は、灯台を見つけた。その灯台がある大地に立つと、全身が燃え上がるようになり、煮えたぎる体温に苦しんだ。これは鳥を殺した罰なのだと老水夫は理解し、人と鳥も区別することなく愛すことが大切だと、人々に伝える役割をせおった」
持ち上げたスプーンに入った、血のように真っ赤なトマトスープを口に運ぶ。
言いたいことはわかっている。
アホウドリを見ておかしくなった私が悪い。
「アホウドリをいじめちゃだめよ?」
「はい。すみません」
蓮豆に言われ、棒読みのように謝る私。
「あっ、そうそう」蓮豆さんはスプーンを皿に置き、
「今日って、いつだっけ?」
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