第3話
「死体は鳥に、ついばまれたようにひどいありさまでした。あれは、前の灯台守の人ですか?」
私はおもいきってしゃべった。
蓮豆さんの目をしっかりと見る。
うそを見逃さないようにするためだ。
なのだけど、私のほうが目をそらしてしまった。
蓮豆さんのニヤけた目が、とてつもなく恐ろしかったから。
「槿花ちゃんさ。どうして警察に通報しないの?」蓮豆さんは机に肘を置き、手にアゴをのせながら、
「できないんでしょ? 電話がつながらないから」
蓮豆さんは口の端が切れるぐらい笑う。
「死体を見て警察に通報しようにも、灯台の黒電話はつながらない。外に助けに行こうにも、ここは絶海の孤島。船もないから出られない。なによりも――どうして『私がこの無人島に閉じ込められている』のかが、記憶にない」
蓮豆さんは確信犯だ。
私は言ったことを後悔。
だが遅い。
「野菜スープを飲まないのは、右手にナイフを持ってるからだよねぇ? 私が犯人だったら殺すつもりだった? 刺すつもりだった?」
何もかもお見通しな蓮豆さん。
私はガタッと、イスから立ち上がり、ナイフを彼女に向けながら、
「あなたは、なんなの!」
精いっぱい威嚇してみせた。
だけど蓮豆さんのニヤけ顔は収まらず、
「槿花ちゃん。緊張してると、胸を手で押さえる癖あるよね? かわいい」
「あっ、あなたは……」
「ねえ――今日はいつだっけ?」
*
私は部屋から飛び出した。
レンガの壁にはめこまれた小さな窓から、月の明かりが差し込んでくる。
いつのまにか夜になっていた。
どこからかサイレンが鳴り響き、耳の鼓膜を破ろうとしてくる。
窓枠にアホウドリたちが並んでいる。
それが一斉に鳴いているのだ。
パニックを起こし、灯台内の廊下を走っていると、階段そばで黒い影が見えた。
軍服を着た男性だ。
「待って! お願い!」
私は叫んだけど、黒い影は階段を上っていってしまう。
私は影を追いかけて、らせん階段を上りはじめた。
階段の上にあるのは回転灯だ。
こもった空気が私を押しつぶしてくる。
セーラー服のスカーフが空気になびく。
懸命に階段を上りきり、灯室にすべりこんだ。
「……えっ?」
黒い影がいないどころか、そこには『灯』がなかった。
灯台の『灯』だ。
あったのは真っ黒な闇。
闇の中でサイレンが鳴り響いている。
私はあぜんとして、口をポカンと開けたまま、闇を見上げている。
「『灯』なんてなかったのよ。もともとこの『灯台』にはね」腕を組んで、蓮豆さんが壁を背に立ち、
「何もないの。ここにはね。短い間だったけど、槿花ちゃんとの生活は楽しかったわよ」
「……待って」
「じゃあね」
灯室から外へ出て行ってしまう。
蓮豆さんと軍服を着た男性が重なっていく――
「待って! お願い! 私を置いていかないで! お願いっ!」
私が手を振り上げたと同時に――固い扉が閉じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます