扉 その4

マスターがおかしい・・・

街中は既にクリスマスイルミネーションで華やかだった。


— しかし、私にはクリスマスはこない。街中に出ることが辛かった。会社帰りもなるべくイルミネーションを見ないようにした。最近のお流行りの青い光がとても寂しげに見えた。

— 真柴さんのことも岸さんのことも考えないようにして、私は大丈夫!と思うようにしたけど、そう思えば思うほど世の中が真っ白に見えた。

— でも、唯一の救いはPortaだった。私にはPortaがある。マスターがいる。金曜日にはあそこに行ける。

— そう思うだけで救われた。



そんな12月の初め、金曜日に代休を取った真奈美は少し早めにPortaに行った。

するとマスターの様子が変だった。


「マスターどうしたんですか? なんか元気ないですよ。」


「そんなことないよ。いつもと変わりないよ。」


直後、ガシャーン・・・グラスが割れた。



「マスター大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫・・・」


「あの、やっぱり大丈夫じゃないですよね。体調悪いんですか?」


「うーん。」


「マスター?」


「今日、店休む。」


「えっ? 」


真奈美は驚いた。


「看板仕舞ってくる。」


マスターはクローズの札を出して、看板のネオンを店の中に仕舞った。




マスターは襟元を緩め、椅子に座った。


「マスター、どうしたんですか? どっか具合悪いですか? 」


「身体は大丈夫。でもここがね・・・」


マスターは胸を押さえた。


「あの・・・私で良ければ聞きますよ。」


「ありがとう・・・聞いてもらおうかな・・・恥ずかしいけど・・・」


マスターはため息をついた。



「実はね、昨日別れた嫁がこの店にやってきた。」


「マスター、結婚して別れていたんですか?」


「そう。俺、嫁に浮気されて捨てられたの。」


「・・・」


「そんな元嫁が昨日開店直後に来たんだよ。“元気そうね・・・”だって。彼女は昔と変わってなかった。もう8年も経っているのに。それで何て言ったと思う? “また一緒に暮らさない・・・”だって。」


「マスター何て答えたんですか?」


「“何言ってるの? ・・・”って言ったよ。“俺は今幸せだから邪魔するな・・・”って言ってやった。」


「それで? 」


「“女いるの? ・・・”って聞かれた。いないけど悔しいから“いるよ! ”・・・って言ってやった。そしたら“ ふーん、どんな女か見てみたい”って・・・」


「なんだかちょっと怖い・・・」


「もともと我儘な女だから、自分の思うようにならないと駄々をこねるんだ。」


「そんな話をしていたら客が来て、そしたら“また来る”って言って帰っていった。」


「どうするんですか? また来たら?」


「追い返すさ・・・」


「でも、今日店休んだじゃないですか? 」


「そうだな。俺・・・余裕が無いのかもな。」


「マスター、まだ彼女のこと好きなんですね。」


「・・・若い時はいい女だった。ちょっと小悪魔的というか、いつも俺は振り回されていた。彼女は何を言い出すか何をしだすか予測がつかないから楽しくてね。でも遊ばれていただけだったってこと。」


「マスター・・・」


「ごめんね、真奈美ちゃんに変な話聞かせちゃった。」


「いえ、マスターのこと何も知らなかったからちょっとびっくりしたけど、でも話してくれてうれしかったです。」


「うれしい? 僕のこと知るのが? 」


「はい。」


「真奈美ちゃんってほんとうにいい子だよね。」


「いつも私のこと助けてくれるから、マスターのこと助けてあげたいです。」


「ありがとう。うれしいよ。」


「もし、困ったら呼び出してください。私でよければマスターの彼女役でも何でもしますよ。少し大人っぽくして現れますから。」


「フフフ、ありがとう。そうならないようにしたいけどね。」


マスターは少し吹っ切れたのかその後お店を開けた。

その日は何も起こらなかった。

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