ゾンビのマリー_1
起床を知らせる鐘が鳴る。青白い顔を眠たそうに、マリーはベッドを這い出た。
鏡を前にして、マリーの目は冴えた。二十を超えたばかりの整った顔立ちはやつれており、生気を感じられなかった。あざの消えない細い腕を撫で、彼女は部屋を出る。
食堂は賑やかな熱気に包まれていた。様々な容姿をした者が、一堂に集まる。初日は何も口にできなかったこの場にも、半月目ともなればマリーは慣れてきていた。
列に並び、食事の配給を受け取る。マリーのことを気に入っているようで、今日もデザート盛り付け係りのトカゲ顔の男はサービスをしてくれた。
長テーブルの端へ座り、マリーは味のしない朝食を取り始めた。取らなくてもマリーは生活に支障はないが、食事を取ることがここでの制度であった。
箸の進みが遅いマリーを見て、隣の少女が物欲しそうな目を向ける。マリーはかすかに微笑み、食事を乗せた盆を少女へとずらしてやる。
少女はお礼をいうと、無邪気な笑みで追加の食事へと手を伸ばす。
鱗にまみれた少女の手を、包帯に包まれた腕が小突いた。
「こら、人のもんに手を出すな」
全身包帯姿の男に、少女はむすっとした顔を向ける。男はカーターといい、この魔物施設の管理者である。包帯をつけている理由は、彼が透明人間だからだ。
カーターは少女の頭を強めに撫でると、包帯の隙間から覗く、傍からは不可視な目をマリーへと向けた。
「またお前か。困るんだよ、勝手なことばっかされっとさ。自分の飯は自分で食う。ルールくらい守れよな」
マリーは小さく謝罪を述べると、盆を戻して食事を続けた。ここ数日間、何かにつけてカーターはマリーに小言を言ってくる。その姿は義父に似ており、正直な話、マリーはカーターが苦手だった。
食事を終え、朝の掃除を行う。一番不人気なトイレの当番は今日はマリーであり、まだ入居したての彼女の補佐として、カーターも手伝いにやって来た。
作業間、カーターはいつものように小言を言い続けた。
「違う違う、そこはこれで洗うんだよ」
「ちゃんと紙は予備を二束用意しておけ。たんまり出すやつも、うちにはいるからな」
「おいおい、どん臭えなあ。もっとちょいちょいっとやっちまえよ」
マリーは感情の起伏がないように、ただただ謝り続けた。何を言われようが、何をさせられようが、口答えひとつすることなく、流されるように生活していた。
掃除の後、マリーは仕事に就く。この敷地内には作業場として工場が二つ、牧場が一つ、畑が五つあるが、彼女が担当するのは鍋作りの工場の仕上げ部分だ。
昼食を挟み、本日の単純な流れ作業を終え、十五時からは自由時間となる。
マリーは自由時間が、何よりも苦痛で退屈だった。することがない。そのことは、数日前まで続いていた、小屋での軟禁生活を彷彿させるからだ。
村一つ分はあるかというこの敷地内を散歩しようかと考えているとマリーに呼び出しがかかり、顔をわずかに明るくする。その呼び出しは、彼女の唯一の楽しみであった。
「お疲れ様ですマリーさん。大丈夫ですか? なにか変なことされてませんか?」
食事時間外の閑散とした食堂内で、生き生きとした顔をマリーに見せる少女が一人。彼女はコリン。以前マリーの住んでいた村で自警団に所属していた彼女は現在、繋ぎ人の助手見習いを努めている。
自分を事情聴取していたあの頃と違い、どこか年頃の少女らしい顔をするようになったコリンを目にし、彼女の話を聞くことがマリーの癒しとなっている。
コリンの話のネタはいつも、ここの魔物施設の持ち主であり繋ぎ人であるイザドルの愚痴だ。彼がいかに変人であるか、人使いが荒いか、金の管理が甘いか。それらをコリンはいつも笑顔で、そしてどこか誇らしげに話している。
カーターたちの前では決してしない自然な笑顔を見せ、マリーは話を聞いていた。
「やっぱりイザドルさんは、素敵な人ですね」
コリンが愚痴をまくしたてた後、息をつく間にマリーはいつもこう発言する。すると、自分が彼の助手見習いを努めていることに喜びを感じていることに気づいていないかのように、コリンは否定の声をあげるのだ。
「コリンちゃんは、今楽しい?」
笑顔ながら、マリーの奥底に潜む感情は別のもののようだった。それに気づかず、コリンははにかんで肯定した。
「あんな先生ですから色々大変ですけどね、やりがいはありますよ。今まで考えたこともなかったですけど、仕事して楽しいって感じです」
「そっか……」
憂いを含んだ声を誤魔化すように、マリーは強めの笑顔をつくった。少し違和感を感じたものの、コリンは気にせず口を開く。
「マリーさん、ここになにか不満はありませんか? 変人の先生が管理する場所ですから、どうせ常識的にはありえないこととかもあるでしょう。私がびしっと言っときますから、なんでも言ってください!」
胸を叩くコリンを見て、マリーは必死に笑顔を保持した。
コリンとの談笑を終え、マリーは食堂の窓越しに外を眺めていた。特に動かず、じっと、時計の針が動くのをただただ待つように。
外では楽しげに、半獣の子供たちが走りまわっている。そこには、マリーと同じく人と外見上はなんら変わらない者も混じっていた。
知らず知らず、彼女の手に力がこもる。
「どうして、一緒に遊べるの……?」
「そりゃ仲間だからだろ」
自然と口から洩れた心の声に、いつの間にか横に立っていたカーターが返答する。
「お前、なんで周りを避けてんだよ。ここにいるやつに、悪いのはいねえよ。わかってんだろ?」
マリーは適当に謝罪を口にすると、会話を拒むように俯く。それに苛立ちを隠さず、顔を覗き込むようにしてカーターは口を開く。
「お前がそんなじゃ、いつまでたってもここの生活になれねえぞ。せっかく新しい生活を手に入れたってのに、お前、それでいいと思ってんのかよ?」
マリーは答えない。カーターは鼻を膨らませた。
「お前がそんなじゃ、周りに悪影響が出るんだよ! このままうだうだしてるようなら、イザドルさんに頼んで他所に行ってもらうからな!」
怒気を含んだ足音が食堂から遠のいていく。夕食の準備が始まって慌ただしくなるまで、マリーはそのままでいた。
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