緊張と胸の高鳴り

『次は春前ー、次は春前ー。お降りのお客様は――』


 降車する駅のアナウンスが電車内に響き、俺は重い瞼を上げた。


 くそ、良いところだったのに。


 両手で目をこすりながら、夢の続きを見られなかったことになげく。

 

いつも不思議とあの後が見れないんだよなぁ。

 

 そう、俺はあの夢の続きを見たことがない。同じ夢は何度も何度も見ているのに、その夢を最後まで見れたためしが無い。

 

 あの後本当に俺たちは流星群を見に行ったのか、行ったとしても無事に行けたのか、何か大きな事件があったんじゃないのか、考えられることはたくさんあった。

 

 しかし、答え合わせが一向にできないのだ。漫画の次巻を買って読むのとは訳が違う。これは俺の夢ではあるが俺の意志ではどうにもできないことだ。いくら続きが見たいと思っても覚めてしまうものはどうしようもない。対処のしようがなく、ただ力なく両手を上げることしかできなかった。

 

 まぁとりあえず、そんなことを嘆いていても何も始まらない。


「切り替えていこう」


 今日は何といっても、大人になった鹿沼ミハルに会える日なんだ。

 今日が俺のリスタートの日、人生のターニングポイントといっても過言じゃねぇ。

 俺は震える拳にぎゅっと力を込めた。

 なぁに怖いわけじゃない。これは武者震いだぜ。


 春前駅は俺の地元の中心地にあり比較的発展している大きな駅だ。


 最近やっと、大規模な増築工事も終わり近未来的な外観の駅ビルも建設されたばかりで想像以上に駅には人口が増えていた。


 俺はそんな光景に若干たじろぎつつも、案内板で同窓会の会場であるホテルの名前を探した。


 天井にかかる案内板を指で一つずつ慎重に確認していくと、目的のホテルの名前はすぐに見つかった。


 ルートを確認できたところで、俺は腕時計へと目を向けた。


 時刻は四時四十五分を指している。


 今からホテルに向かえば、早くもなく遅くもないってところかな。


 同窓会には来たものの出来る限り目立ちたくはない。俺の目的は鹿沼に会うことであって、学生時代の奴らと仲良く昔話をすることじゃないのだ。というか、学校行ってないから話す内容とかいないし、知ってるやつもほとんど居ないだろうけど。


 きっとほかの奴からしたら、俺以上に『こいつ誰だよ』って思うんだろうな。


 想像するだけで、ため息と吐き捨てるような笑みが零れた。


 とりあえず、最初の難関は入り口でのサインだな。


 自分が会場入り口で名簿にサインを書き、受付から名札を受け取るところを想像してみる。 


 社会人になったことでコミュ障な部分はかなり改善されたものの、少しだけ鼓動が早くなるのが分かった。


 すんなり行けるだろうと思っていたが、考えが甘かったようだ。


 俺はそっと右手を胸にあてる。明らかな緊張がそこにはあった。


ふうううううぅぅぅぅぅぅ。


 目いっぱいに息を吸い込み、そのまま吐き出す。


 緊張するな俺‼ 想像しろ。


 頭の中で鹿沼ミハルの姿を想像する。想像の中の鹿沼は透き通るような白い肌でガラス玉のような大きな瞳を俺に向けていた。一瞬にして緊張はほぐれ、表情が緩み下品な笑みが零れた。

 

 うふ、ぐふふふふふ。

 

 だめだ。鹿沼のことを想像するといつもこうだ……。だけど可愛いから仕方ない。俺が悪いんじゃない‼


 よし、気持ちも切り替わった。


 目的地は目の前だ‼


 待ってろ俺のバラ色の人生!


 待ってろ俺のターニングポイント!!


 俺は威風堂々と胸を張り、ホテルにつながる連絡通路へと足を向けた。

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る