カベのむこう!!!



 ふと窓から見える外の景色に目をやる。

 そこからは隣の家のバルコニーと微かに空の風景が見えた。

 バルコニーがほんのりと赤みを帯びているのに気づき、はっとした。


「やっば! もうこんなに時間がたったのか!!」


 部屋を見回すと、机の引き出しから出された書類類や本棚に入っていた漫画や参考書などが床に所狭しと、乱雑に積み上げられていた。

 我ながらよくやったものだ。と俺は呆れ交じりに笑みをこぼす。

 って笑ってる場合じゃねぇぇぇぇ‼

 なんで見っかんないの‼

 探し始めてから三時間以上はたっているというのに、どうして出てくる気配すらないんだ!


 俺は山積みになった書類や本を、怪獣の如くなぎ倒した。

 三時間探し続けたといっても、ほとんど懐かしくなって昔の漫画読んでたりした俺が悪いんだけど……。

 でもそれを踏まえたとしても、見つからなさすぎだろ。

 俺は高校の時、不登校だった。ということはもしかすると卒アルなんて買ってないという可能性はなかろうか。不意にそんな疑問が湧いてくる。

 いや、いや、いや無いって、だって俺この部屋で見たことあるし。

 しかし、ただ一つ確信をもって言い切れることがあるとするのなら、俺の部屋にアルバムはないということだ。


「しゃーない。アリスに聞いてみるか」

 

 リビングに降りていくとアリスが夕食の支度をしているところだった、と言っても俺の分とかはないだろうけど。

 リビングのドアからひょっこりと顔を出し俺は弱弱しい声で言った。


「アリス……さん?」


  ぎっとアリスの大きな瞳がこちらを向く。普段は綺麗でパッチリなお目目のくせに、そういう感じで見られると怖いんだよ。

 アリスからの返答はない。


「……聞こえて……ます?」


 ドンッと鈍い音が鳴った。

 音の主はもちろんアリスで、味見をするために口に運びかけた小皿を勢いよく調理台に戻したらしい。


「なに作ってるんですか?」


「カレー」


 やっと答えてくれた。

 ここまでスルーされ続けると、カレーという三文字を返してくれただけで、もうめちゃくちゃ嬉しい!

 お兄ちゃん泣いちゃうぞ‼

 アリスは感動する俺には見向きもせず、絵本で見る魔女のようにぐつぐつと沸騰する鍋をお玉でかき混ぜていた。

 ゆっくりとリビングに入って時計を見ると、針はすでに午後六時を過ぎていた。


「父さんまだ仕事? 土曜にしてはおそくね?」


 しれっと、カウンター前のダイニングテーブルの椅子に腰かける。

 アリスが一瞬こちらを見たが、俺が椅子に座ったことには何も触れなかった。


「今日は出張で帰ってこない」


「えっ、じゃあそのカレー何?」


「晩ご飯、朝ご飯、昼ご飯、晩ご飯」


「作り置きってこと?」


「そう。つくるの簡単だし」


「へ、へぇ……」

 それにしてもずっと食いすぎじゃねとは言えず、重い沈黙だけがリビングに広がった。まるで海の底にいるみたいな息苦しさを感じる。すぐにでも逃げ出したい気分だ。


「俺が高校の時のアルバム全然見つからなくてさ、どこにあるか知らない?」


 アリスの眉がピクリと反応する。


「知ってる」


「えっ‼」

 てっきり『知らない』って返ってくるとばかり思っていたものだから想像以上に大きな声を出してしまった。


「知ってんの?」


「何度も言わせないで。知ってるってば」


「どこ?」


「そこ」


 アリスが指さした方向には壁しかなかった。


「おい、からかってんのか?」


「違うし。そ・こ・‼」


 指していた方向はそのままに、アリスがぶんぶんと激しく指を前後させる。


「そこって壁しかないじゃん」


 呆れて俺はため息を吐いた。

 どすどすと大きな足音をたてながら、アリスが歩み寄る。

 身長は低いのに、なんという凄味だろう。

 感心している俺をしり目に、アリスの顔が俺の目の前にまで近づく。

 そして距離とは釣り合わない声量で妹のアリスは叫んだ。


「カ・べ・の・む・こ・う・‼‼‼」

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