望まれない帰省
ピンポーン。
家を飛び出す前の威勢とは裏腹に、インターホンを押す指は頼りなく震えていた。
我ながら、なさけなさ過ぎて泣けてくる。
一度目のコールから数分待ってはみたが、今のところ反応は無い。
もしかして、あいつ見てるのか?
訝しんでインターホンに付属するカメラを睨みつける。それから俺はレンズがすべて隠れるようにインターホンを手で覆ってみた。
今住んでいるアパートから俺の実家までは、電車と徒歩あわせて、おおよそ二時間弱。
せっかく、ここまで来たんだ。
出てこないからって、はい、そーですかで帰ってたまるかよ。
もう一度インターホンを押してみる。
ピンポーン。
無機質な音が部屋の中に響いているのがドア越しからでもわかった。
もしかすると、ただインターホンが壊れていて気付かないのではないかとも思ったが、どうやらそれはなさそうだ。
なにやってんだよ。
でてくれよ~……。
インターホンを押す指が次第に自我を失い始めていく。
ピンポーン。
ピンポーン。
こうなってしまったら、俺の指は梃子でも動かない。
連打の速さはひきこもり時代のゲームで鍛えられてるんだ。
さぁ妹よ! お兄ちゃんと勝負だ!
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。「ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン!!!!」
はぁはぁ……。
後半に至ってはやけくそで俺自身が「ピンポーン」と叫んでいる始末だった。
玄関の前で息も絶え絶えになっているとはこれ何事か。
しかも全然出てこねぇし、何なんだよいったい。
頭を抱えて俺はその場に力なく蹲った。
「何してんの……」
背後から聞き覚えのある声が飛んでくる。
俺は丸めた体をすぐさま正し、声の方を振り向いた。
そして、声の主の指さしながら俺は腑抜けた声で言った。
「お前、家にいたんじゃないの?」
スーパーの買い物袋を両手に持った妹が蔑んだような目で俺を見ている。
無地の白いTシャツに黒のスキニーといった服装のアリスは、俺が家を出る前と比べて随分大人っぽく見えた。
それに栗色の肩にかかるくらいの柔らかな髪が今は後ろで一つに縛られているのもそう見えた要因の一つなのだろう。
成長したアリスはどことなく母さんに似ている――。
「そこどいてください」
俺の言葉はスルーかよ……。
アリスをまっすぐに見る。
「なんで朝、電話に出なかった」
そう言いながら俺は、アリスが通れるように玄関の端に身体を寄せた。
俺の言葉には何も返さずに、アリスはすたすたと玄関に近づき鍵穴に鍵を挿そうとする。
しかし、見るからに重そうな買い物袋を両手に持っていたため動作が中々うまくいかないようだ。
「もつよ」
アリスに向かって片手を差し出す。
「いい」
俺には見向きもせず、冷たい声でアリスが言った。
「いいから渡せよ、鍵挿しにくいだろ」
強がる妹を見ていられず俺は半ば強引にアリスから買い物袋を奪い取る。
「やめて! 一人でできるもん!」
「重そうにしてんじゃん。お前の兄ちゃんなんだからそれくらいしてもいいだろ!」
そのあとは何も言い返してくることなくアリスは軽くなった右手でカギを回しドアを開けた。
空いたドアの隙間から懐かしい実家の香りがふわっと漂う、と同時に少しだけ胸がきゅっと締め付けられる感じがした。
「何しに来たの?」
買い物袋を玄関におろしながらアリスが言う。
「アル……高校の時のアルバムを取りに来ただけだよ」
「そっか。ならそれ取ったら早く帰って」
相変わらず棘のある冷たい声だ。
「今日父さんは?」
「お仕事」
「へ、へぇ……」
やべぇ、気まずすぎる……。
「じゃぁ、私買ったもの整理してくるから」
そう言ってアリスはそそくさとリビングの方へ去っていった。
もう子供の頃みたいには接してくれねえのかな。
瞬間、俺の中で高校時代の思い出がフラッシュバックする。
目の前が暗くなり身体がふらつく。強い後悔と自責の念に駆られ動悸が強くなっていく。
落ち着け俺……。
胸をおさえ、ゆっくりと肺の奥まで空気を流し込み同じ速さで空気を吐き出した。
額に滲んだ汗が頬を流れる。
だんだんと呼吸が整い始める。
アリスとの関係はまだ修復できそうにない。実家に帰って一番に気付いたことはそれだった。
それは仕方のないことではあるし、全部俺が悪いってのも分かってる。
『ごめんな、アリス。俺は最低で最悪な兄ちゃんだ……。願いが叶うならいつかまた、前みたいに仲良しに戻ってくれ』
呪文のように俺は心の中で唱え気持ちに区切りをつけた。
一旦このことは考えないようにしよう。今日の目的はそれじゃないだろ。
一息おいて俺は自分の部屋がある二階へと向かうことにした。
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