招待状

 長時間の労働でクタクタになった身体を引きずるようにして、俺はなんとか自分の家の扉の前にまで到着した。

 つかれたぁ~・・・・・・

 今日は本当に疲れた。休み明けの月曜日というのもあって、いつも以上に疲労が蓄積されている気がする。


「おいおい、まだ月曜日だぞ。こんなんで金曜日まで乗り切れんのか、俺……」

 

 ぼそぼそと独り言を吐き出しながら、俺は扉と一緒になっている郵便受けに目をやった。

 ん? 

 なんだ?

 そこには見覚えのない白い封筒が一通、丁寧に挟まれていた。

 まあ、誰かから送られてきたものなのだから見覚えはなくて当たり前か。

 そっと、まるでガラス細工でも扱うように俺は封筒へと慎重に手を伸ばした。

 普段、封筒なんて滅多に送られてくることがないから、きっと緊張していたのだろう。

 鼓動が妙に脈打っているのが自分でもわかった。


「同窓会……?」


 そこには俺が通っていた高校の名前と同窓会という文字、それに代表幹事の名前が控えめに記されていた。


「ははっ……。なんだこれっ。俺をからかってんのかよ……」 


 先ほどまでとは裏腹に、俺は掴んでいた封筒をぎゅっと力いっぱい握りつぶした。

 メリメリと軽い音を立てながら、いとも簡単に封筒が変形していく。


「ふざけんなっ‼」


 そう叫びながら、俺は地面にそれを力いっぱい叩きつけた。同時にぺしゃりと力の抜けるような乾いた音がした。

 不登校だった自分を馬鹿にされているような気がしてむしゃくしゃする。さっきまで疲れて重くなっていた体が不思議と軽くなっていた。

 時間が1秒進む度に体中の苛立ちメーターがぐんぐんと伸びていく。それは今にも頭から飛び出してしまいそうなほど。そしてそのまま、まん丸に輝く月に届いてしまいそうなほど。

 まともに高校にさえ、行ってなかった俺に同窓会の案内?

 行くわけねーだろ。

 誰が俺なんかに会いたいんだよ。

 俺が誰に会いたいって言うんだよ!!!

 そんなの分かりきってるくせに律義に送ってくんじゃねーよ。

 そう思いながらも俺は地面に叩きつけた封筒を生真面目に拾い、ぶつくさ文句を垂れながらワンルーム八畳の小さな部屋へと帰った。

 

 帰宅後すぐに俺は服を乱暴に脱ぎ捨て、風呂場へと向かった。

 それはもちろん苛立ちで沸騰しきった自分の頭を冷やすためだ。

 蛇口を目いっぱい捻り、冷たいシャワーをこれでもかと言わんばかりに浴びる。

 だんだん頭が冷めてきたところで俺はふと思った。

 むしろ、これはチャンスじゃないのか?

 俺は会社で見た夢の事を思い出す。


 雨上がり。

 

 夕暮れの坂の途中。

 

 そこに立つ俺と鹿沼。

 

 美しい空を鏡のように映し出す水溜り――。


 そうだ、これはチャンスだ。

 神様の思し召しに違いない。

 会社で見た夢は前兆だったんだ。

 冷水を浴びながら、俺は片方の手をもう片方の手でぎゅっと掴んだ。

 俺はもうあの頃の俺とは違う。

 変わったんだ。

 清潔感もある、コミュ力だって多少は身につけた。友達だって少ないけれど、いないわけじゃない。

 その瞬間、両手を振る新村の姿が頭に浮かびあがる。

 お前は今は出なくていいから。

 脳内に出てきた新村を強引に引っ込め俺はもう一度、考え始める。

 興奮で自然と笑みがこぼれる。

 ンフッ、ンフフフッ‼

 好機此処に来たり‼

 

 緩んだ手をぎゅっと握る。

 

 見とけよ、同窓会に出席して絶対に鹿沼と仲良くなってやる。

 これからはそれが俺の生きる目標だ‼

 そして、あわゆくば鹿沼と恋仲になってやるんだっ‼


 風呂から出て、すぐさま俺は皺くちゃになった手紙に手を伸ばした。

 そして出席と印字されている箇所にペン先が潰れんばかりの力で勢いよくボールペンで○を付けた。

 

 瞬間に苛立ちとは別の熱が全身からふつふつと沸き上がる。

 風呂を出たばかりだというのにまた体が汗ばんでいくような気がした。


「今からワクワクが止まらねぇ!」


 そう叫んで、俺はもう一度火照った身体を冷ますため、風呂場へと向かった。

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