最終話 仮面の下の素顔 


 カジノ・クローへ向かって歩くシリウスの真上を一艘の飛龍船が飛んでいった。

太陽の光を受けて白い船体がまぶしく輝いている。

ひょっとしたらガウレアはあれに乗っているかもしれない。

約束の時間に間に合わなかったことをシリウスは申し訳なく思った。


 それでも、飛竜船に乗って王都を去るという選択肢はシリウスにない。

警備隊長は俺でなくてもなる奴がいる。

だが、リセッタを助けられる人間は俺しかいないからだ。


 裏口から忍び込んだシリウスは通路にいた二人のヤクザを無言で斬った。

そして魔装鬼甲の聴覚と嗅覚を最大値まであげてリセッタの場所を探っていく。


「この先の階段……。地下の左側……」


「てめえ、そこで何をしてやがる!」


 ザビロの部下三人がシリウスをめがけて殺到した。

抜き身の剣を提げた鬼の前に仲間の死体が二つも転がっているのだ。

疑う余地がまったくないほどの不審者だった。


 刃を合わせることもなくシリウスは一人につき一刀で斬り倒す。

敵はまだいくらでもいるのだ、魔力コーティングしているとはいえ装備の劣化は出来るだけ避けたい。


「お、鬼だ……。本物の鬼だああああぁ!」


 事の成り行きを見守っていた手下の一人が奥の方へ逃げていったが、シリウスは後を追わなかった。

それよりもリセッタの身柄を確保する方が先だと考えたのだ。


 階段を駆け下りるとリセッタの匂いが強くなった。


「リセッタ、どこだ!? 返事をしろっ!」


 匂いを頼りに通路を進む。

途中で現れたザビロの部下は全員斬り殺した。


(ご主人様、私はこムグッ……)


 微かにリセッタの声が聞こえた。

漂う匂いも前より濃くなっているがそこには若干血の臭気が交じっている。

すでに顔を上げていたシリウスの中の凶暴な部分がついに立ち上がった。


 ドアを蹴破ると、広い倉庫の真ん中にリセッタがいた。

両腕を縛られ、椅子に座らされている。

よく見ると口の横が大きく腫れ、乾いた血がこびりついているではないか。

すぐ横には二人の見張りも立っていた。


「武器を捨てろ! さもないと……」


 続く言葉を見張りが吐き出すことはもうない。

高速で走りこんだシリウスの剣が閃き、首の急所を切り裂いていたのだ。

悪人の血で染め上げた紅梅の花びらが部屋の中を舞い、 返す剣がもう一人の見張りの首を飛ばした。


 見張りを倒すとすぐにリセッタの戒めを切った。


「遅くなってすまない。もう心配はいらないぞ」


「シリウス様。どうして!? ガウレアさんと一緒に行ったんじゃないんですか?」


「弟子を置いていけるわけがないだろう?」


 リセッタは小さく頷いた。


「忘れていましたよ。うちのご主人様はとんだ甘ちゃんでしたものね」


 腕に抱きついて甘えるリセッタをシリウスは引きはがした。

その瞳を見てリセッタは震えあがる。


「リセッタの言うとおり俺は世間知らずの坊ちゃんだ。だが、今日はおそらく本物の鬼になる。出来ることならこの姿をリセッタに見せたくはなかったが、どうやらそうもいかなくなってしまったようだ」


 魔装鬼甲は外で待機するザビロたちの気配を拾っている。

すでに通路には五十人を超える敵が集結しているようだ。

しかもまだまだ数は増えている。


「ひょっとしたらリセッタは二度と俺を直視できなくなるかもしれないな。もし……、もし俺のことが怖くなってしまったのなら、いつまでも侍女を続けなくていい。支度金は渡すから、それを使って自力で幸せをつかむんだ」


 シリウスがリセッタの返事を聞く前にザビロが室内に入ってきた。

すぐ後ろには大勢の手下を連れている。

ザビロは床に転がった二人の死体を見て顔をしかめた。


「あ~あ~、ここでも死んでいやがる。まったく何人殺せば気が住むんだ?」


 ザビロの質問を無視してシリウスはリセッタに剣を渡した。


「もう忘れるなよ」


「はい、ごめんなさい……」


 二人のやり取りをザビロはつまらなさそうに見ている。


「デュマとか言ったな。金を出せば生きて返してやろうと思ったが、もうそういうわけにもいかなくなっちまったな。こりゃあもうてめえの命で償ってもらうしかねえや」


「それはこちらのセリフだ。二度とリセッタにこういうことが起こらないように、徹底的に貴様らを潰す」


「おいおい、この状況を見てもまだそんなことが言えるのか? こちらは百人以上もいるんだぜ。いくらお前が腕利きといってもたかだか下級魔闘士じゃねえか。強がってるんじゃねえぞ!」


 広い倉庫でザビロたちはシリウスたちを半包囲した。

だが、シリウスは別段気にする様子もなく、手下の中にトランの姿を認めて声をかけた。


「ガウレアを裏切ったな。リセッタの居場所を教えたのもお前か?」


「うるせえ! お前さえ来なければ!!」


 トランは大声で怒鳴り返すが前に出てくる勇気はないようだ。

一方、シリウスは剣を中段に構えたまま無造作に前へ出た。

そして一刀のもとにトランを斬り下げる。

血しぶきが顔まで飛んだがシリウスは眉一つ動かさなかった。


「やっちまえ!」


 怒号が飛び交い、いくつもの剣がシリウスに殺到した。

だが敵の切っ先はシリウスの影にさえ届くことはない。

それどころか混乱した敵たちはあちらこちらで同士討ちになってしまい、浅くない傷を増やしている。


「女だ! 女を盾にしてこいつを捕まえろ!」


 だが、そんなことはシリウスが許さない。

リセッタに近づくものは端から血祭りにあげられていった。


「こいつは本物の鬼か? 適うわけがねえ……」


 狂乱の中で誰かが泣き言を言う。


「化け物だ……。こんな魔物は地下洞窟にだっていやしねえぞ」


 徐々に恐怖が手下たちの心を支配していき、集団の動きが鈍ってくる。

それにつれてシリウスの動きはますます活発になっていく。

シリウスは自分の中の鬼が喜んでいることを自覚していた。

凄惨な殺し合いの場に在って、ギリギリの戦いに魂が震えているのだ。


 傷つき傷つけながら暴力の喜びが体と脳を支配していく。

どんなに否定したくてもそれがシリウスという人間だった。


「下級魔闘士風情が調子に乗るなよ。俺は元上級魔闘士だぞ!」


 後ろから斬りかかってきたザビロの剣をかわし、すぐ横を駆け抜ける。

そのときにはもうザビロは腹部に致命傷を負っていた。


「上級魔闘士? 俺が試験官なら不合格だ」


「ばか……な……」


 体から流れ出る血は止まらず、ザビロの命も風前の灯だった。

残された命数はもうに十秒にも満たない。

かすれる意識の下でザビロが最後に見たのは、たった一匹の鬼によって自分が築き上げてきたものが破壊し尽くされる光景だった。


 無数の骸に囲まれてシリウスは部屋の中央に立っていた。

ザビロの手下は一人残さず血祭りにあげている。

敵の血で黒く染められた魔装甲は不気味に光っていた。

つかの間の放心の後でシリウスの視線はリセッタを捕えた。

その瞳は真っ直ぐにシリウスの目を射貫き、少しも逸らされることはない。

怯えたのはむしろシリウスの方だった。


「リセッタ……、おそらくこれが俺の本性だ。本当の俺はこんなに恐ろしいことができる人間なのだよ。どうだ、俺が怖くなったか?」


 シリウスは自分の本性を認めた。

認めることで色々なことを諦めようと思った。

リセッタとの関係ももはやこれまでだ、と。

ところがリセッタはやはり視線を逸らさなかった。


「怖くないです」


「怖くない? 人殺しに喜びを感じるような人間だぞ、俺は」


「本当です。むしろエロいです!」


「はぇ?」


 リセッタの返答にシリウスは膝から崩れ落ちるところだった。


「おまっ、こんなときまでエロいって……」


「だってそうなんだもん。そりゃあかなりグロいですけど、ご主人様の武術は最高です。やっぱりエロエロですよ!」


 シリウスは額を抱えて首を振った。


「忘れていた……、お前はそうだったな……」


 ひょっとしたらこんな俺が弟子にできるのはリセッタだけなのかもしれない。

シリウスはそんな気持ちになってくる。


「ところでガウレアさんの話はどうなりました? 一緒にスザークに行く予定だったはずじゃ……」


「もうガウレアは行ってしまったと思う」


「ごめんなさい、私のせいで」


「いや、いいさ。これでよかったような気がするよ。俺が求めるのは安定じゃない」


「そうなんですか? だってガウレアさんはボインボインですよ! あんなおっぱいはそうお目にかかれませんって!」


「人はおっぱいだけで人生を決めるわけじゃないだろう?」


「つまりシリウス様はチッパイがお好きと? 今からでも遅くはありません。やっぱりデュマ・デュマはやめてスケベビッチ・チッパイスキーに改名しましょう」


「もうデュマ・デュマで下級魔闘士に登録してしまった。やり直すのは面倒だよ。くっ……」


 急に頭がくらくらしてシリウスは膝をついてしまった。


「シリウス様!?」


「少し血を流しすぎたか……。悪いが支えてくれないか?」


「もう、仕方がないご主人様ですね。そんな言い訳をしなくても少しくらいならいつでも抱いていいんですよ」


 リセッタは嬉々としてシリウスに肩をかした。


「さて、帰るとするか」


「はい。帰ったら今度こそご馳走を作りますね。牛肉の赤ワイン煮込みですよ」


「それは楽しみだ。リセッタの作る料理は美味いからな」


「もう、スーパースイートボンボンなんだから♡」


「おい、怪我をしているんだぞ。腹に肘打ちはやめてくれ」


「ご主人様が私を口説くのが悪いのです」


 傷ついた鬼は可憐な少女に支えられて家路につくのだった。

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魔装鬼デュマ・デュマ 婚約破棄から始まる無双伝説 長野文三郎 @bunzaburou

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