第39話 シリウスは来ない
いつまでたっても帰ってこないリセッタを心配したシリウスはメゾン・ド・ゴージャスの外で周囲を見回した。
夕暮れ時の通りは人々で込み合っていたがリセッタの姿はどこにもない。
その代わりこちらをじっと窺っている二人組のことにシリウスは気が付いた。
「何か用か?」
自分を見張っていた二人に近づいてシリウスは訊ねた。
「俺たちはカジノ・オータスの者だ。てめえから金を受け取りに来た」
「カジノ・オータス? そんなところに借金はないはずだが?」
「そうじゃねえ。先日お前はウチのカジノから1080万クロードを持っていっただろう? そいつを返せと言っているんだ!」
二人の男は凄んで見せたがシリウスはまったく動じなかった。
「金を返せとはおかしな話だな。あれは俺がルーレットで勝った金だぞ。返すもなにもないと思うのだが?」
「うるせえ。どうせ汚いイカサマでもしたんだろう。とにかく金を返せ。さもないと貴様の侍女がどうなっても知らねえぞ」
「リセッタをどうした?」
リセッタの名前が出た途端にシリウスは殺気立ち、あまりの威圧感に二人の使いは身をすくませた。
「お、お、お、女はこちらで預かっている。返してほしかったら……わ、わかっているよな?」
「だいたいあれはもともとザビロさんの奴隷だぞ。どうしようがザビロさんの勝手じゃねえか!」
あのカジノのオーナーはかつてリセッタを買い取ったザビロという男の持ち物だったようだ。
シリウスはそう理解した。
「いいだろう。金は明日の朝いちばんで届ける。その代わりリセッタには絶対に手を出すな。もしもリセッタを傷つけたときは決して金は手に入らないと思え」
シリウスの言葉に男たちは顔を合わせる。
「こいつは驚いた。奴隷娘ごときに1080万クロードを出すとはな。お前、時間稼ぎをしてこのまま逃げる気じゃないだろうな?」
「つべこべ言ってないで俺の言葉を必ずザビロに伝えろ。さもなければお前を斬る」
「わ、わかった! 娘に手は出さねえ!」
梅枝の柄がカチリと鳴ると、ザビロの手下は怯えるように逃げ去っていった。
部屋へ戻ったシリウスは扉に鍵を二重にかけた。
どうせリセッタは帰ってこないのだ。
開けておく必要はない。
そうやって地下室を厳重に封印してから地下研究所へやってきた。
パーツ作製機を確認すると、七日前にセットした「バジリスクの瞳」のユニットパーツがもう少しで完成しそうだった。
おそらく明日の未明には出来上がるだろう。
以前リセッタに訊いたことがあるが、ザビロの手下は百人以上いるらしい。
そいつらを相手にリセッタを救出するにはバジリスクの瞳のユニットパーツは不可欠だ。
「リセッタ、もう少し辛抱してくれよ」
シリウスはじっとタイマーを見続けていた。
夜が明ける少し前、作製機の出す微振動が止まった。
今回のユニットパーツは七色に光る宝石のようで、角の底部に取り付ける仕様になっている。
出来立てのユニットパーツは手に取るとほんのりと温かかく、緊張したシリウスの心を少しだけ和らげてくれた。
シリウスは早速バジリスクの瞳を魔装鬼甲に組み込んだ。
そして二本の剣を身につける。
一本は自分の梅枝、もう一本はリセッタの剣だ。
こうして完全武装で表に出るとちょうど夜が明けるところだった。
清々しい朝日に照らされながらも鬼の面は悲し気に光っていた。
◇
ガウレアは飛竜船の待合室でドキドキしながらシリウスを待っていた。
今日はいつもよりお洒落な服を着て、うっすらと化粧までしている。
普段とは違う自分にデュマは気づいてくれるだろうか?
ガウレアは時計と通路へ何度も視線を往復させた。
「まもなくスザーク行き飛竜船が出発します。ご利用のお客様はゲートにて搭乗手続きを行ってください」
施設内にアナウンスが響き、大きく膨らんでいた希望は不安にとってかわられようとしていた。
太陽はどんどん高い位置に昇り、出発の時刻はもう間もなくだ。
先ほどまでずっと機嫌のよかったガウレアから笑顔が消えていた。
「デュマになにかあったんでしょうかね?」
見送りに来ていたルクシアもソワソワしだした。
「いや、あいつはきっと私と行くのが嫌になったんだよ……」
肩を落とすガウレアをルクシアは優しく励ます。
「そんなはずあるわけないじゃないですか。たとえそうだったとしても、デュマの性格ならきちんと断りに来るはずですよ。きっと理由があるんですって」
「そうだろうか?」
ガウレアはほとんど泣きそうな顔になっていた。
「たぶん緊急の用事ができたに違いありません。ほら、デュマはなんかの持病を抱えていたでしょう? それが悪化したってことも考えられます」
ガウレアは自分が拒否されたわけでない可能性もあるとわかって安心したが、今度はまた別の意味で心配になってしまった。
「もし病気が悪化していたらどうしよう? リセッタだけに任せておくのは心配だよ」
「安心してください。アタシも帰りに顔を出してきますから。ひどいようなら知り合いの治癒士に診てもらいますから」
「そうかい、よろしく頼むよ」
ことここにいたってガウレアはようやくはっきりと自分の感情を言葉にすることができた。
これが「初恋」なのだと。
「まもなく搭乗手続きが締め切られます。飛竜船をご利用の方は手続きをお急ぎください」
ルクシアはガウレアを急かした。
「デュマは優しくていい奴です。今回は理由があるだけで、絶対姐さんのことを大切にしてくれる男ですよ」
ルクシアの励ましにガウレアは軽く頷いたが、すぐにボソリとつぶやく。
「でもさ、アイツは仮面の下にまだ見せていない顔を隠している、そんな気がするんだ。なんとんなくわかるんだよ、私も同類だから。それはきっと……」
最後の言葉を飲み込んでガウレアは搭乗ゲートを潜った。
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