第37話 ガウレアの提案
緊急事態が重なりガウレアはシリウスを訪ねた。
教えてもらった住所を頼りにメゾン・ド・ゴージャスにたどり着いたのはお昼頃である。
ちょうど掃き掃除をしていたケロット夫人を見つけてガウレアは声をかけた。
「失礼、メゾン・ド・ゴージャスはこちらでよろしいか?」
「そうだけど、何か御用?」
「デュマ・デュマを訪ねてきたのだが……」
デュマと聞いてケロッタ夫人は素早くガウレアの容姿を確認した。
ワイルドではあるが整った顔立ち、抜群のスタイル、着ている服も金がかかっている。
ケロッタ夫人は瞬時にガウレアを敵認定した。
「アンタ、デュマちゃんのなんなのさ?」
「わ、わたしはデュマの……友人だ」
「友人? ふ~ん……」
ケロッタ夫人は疑いの目でガウレアを見つめる。
「なんだ、その失礼な視線は? 私は本当にデュマの友だぞ」
「はん、わかってんだよ。どうせデュマちゃんにつきまとう女の一人なんだろう?」
「バカを言うな! デュマは私の大切な……」
「大切な?」
ガウレアはその先を続けることができなかったが、代わりに表に出てきたデュマが答えてくれた。
「ケロッタ夫人、その人は俺が所属している魔闘士チームのリーダーですよ」
「本当かい。セクハラとかうけてないかい? 上司だからって無茶なことを言いそうな女だよ。どうせ酒の席で酔ったふりをして抱き着いたりするタイプに決まっているよ!」
「なっ、私は本当に酔っていただけで……、あのときはつい嬉しくて……」
「やっぱりそうだ! このセクハラ上司が!」
ケロッタ夫人は鬼の首を取ったように勝ち誇った。
だが、もともとが豪胆なガウレアも負けてはいない。
「貴様、無礼だぞ!」
このままでは収集がつかなくなると判断したシリウスはすぐにガウレアを連れ出した。
「ここは落ち着かない。少し先まで移動しよう」
強引にガウレアをひっぱり近所の広場までやってきた。
「急に訪ねてくるなんてめずらしいね? なにかあったのかい?」
そう問われてガウレアは沈痛に萎れた。
「実はトランが金を盗んで消えてしまったのだ。あ、だが安心してほしい魔結晶は来週にも手に入る。父がすでに手配済みだ」
「それはよかった。だが、ガウレアの方は大丈夫なのかい? なんなら俺の魔結晶は遅くなっても……」
「それは問題ない。私はこれでもトップチームのリーダーだ。自由になる金は多い。ただ……」
竹を割ったような性格のガウレアが言い淀むのを見てシリウスは助け舟を出した。
「なにか困っているようだな。俺でよければ力になるぞ」
その一言がガウレアの背中を押す。
「実は突然だが故郷に帰らなくてはならなくなった。父の命令で領地のひとつを任せられることになったんだ」
普通なら祝福するような事態だが、シリウスにはガウレアの気持ちがなんとなくわかった。
都会で魔闘士をやっている方が自由気ままであることは間違いない。
「それは大変だな。名家のお嬢様というのも気苦労が多そうだ」
「だが、いつまでも父に逆らうわけにもいかないさ。今まで好きにさせてもらったんだ。そろそろ親孝行をしてもいいかなと思っている」
「では、本当に故郷に帰るのか?」
「そのつもりだ。それでな……」
ガウレアは強敵に対峙するときのように気を引き締めた。
そして一歩足を前に出して身構える。
シリウスもついつられて向き合った。
「デュマ、私の頼みを聞いてほしい」
「それは、頼みによるが……」
「私と一緒にスザークへ来てくれないか?」
「ガウレアと一緒にスザークへ?」
「そうだ。私が監督する領地で魔闘士隊を率いてほしいのだ」
それは驚くような申し出だった。
「待ってくれ、俺はただの下級魔闘士だぞ」
「そんなことはわかっている。だが私はデュマが好……気に入っているのだ! 一緒に来て腹心として働いてほしい」
突然の頼みにシリウスは即答することができなかった。
「ありがたい話だが、今ここで決めることはできないよ。しばらく時間をくれないか?」
だが、ガウレアは首を横にふった。
「いや、悪いが時間がないのだ。親父殿はせっかちな男でな、私がその……デュマを連れて帰らないと見合いをさせられてしまうのだよ」
「見合い? それが俺とどんな関係があるんだ?」
核心を迫られてガウレアは慌てた。
「とにかく腹心となる男を紹介したいんだ。向こうも急の役職交代でごたごたしているらしい。明日にでも一度現地へ行かなくてはならなくなった。もし一緒に来てくれるのなら明日の始発の飛竜船に乗る。生活に必要なものはすべてこちらで用意するから、身一つで来てもらいたい」
ガウレアの提案にシリウスの心は揺れた。
「わかった。一晩考えてみる」
「いい返事を期待しているよ。お前とならいい関係を作れると思うんだ」
大仕事を終えたような表情でガウレアは額の汗をぬぐった。
やり切った感が全身から立ち上り、心地よい疲労と満足が体を覆っている。
婿の話は一言もできなかったがガウレアはスッキリとした顔で帰って行くのだった。
メゾン・ド・ゴージャスに戻るとシリウスは今あったことをリセッタに説明した。
「というわけでガウレアの申し出を受けるのなら、明日にでもスザークへ行く必要があるんだ」
「まずは警備隊長、そしていずれは婿殿ですか」
「なんでそうなる。論理が飛躍しているぞ」
「シリウス様こそ想像力が欠如しています。気づいていないんですか? 赤オーガのようなガウレアさんがシリウス様を見つめる目つき。完全に恋する乙女ですよ」
「いや、それこそリセッタの妄想だよ」
リセッタはやれやれと肩をすくめた。
「シリウス様は女心に疎くて困ります。鈍感系ボンボン。略してドンボンですね」
「略すな。だいたい俺は鈍感なんてことは……」
なくもないか、とシリウスは納得した。
魔装鬼甲の五感をどんなに上げても、自分では女心を見抜けない気がする。
「どうやら自覚されたようですね」
「それはまあ、そうだな」
「少しは反省してくださいよ」
「どうして俺が反省しなければいけないんだよ?」
「それはシリウス様が愚かなせいで、無自覚に女の子を傷つけているからです」
「俺が?」
「そうですよ」
リセッタの目は本気だった。
「そうなの……か?」
「そうなのです! だからシリウス様は反省してください」
「わかった」
不本意ながら同意するとリセッタはようやく普段通りになった。
「それで警備隊長の待遇はどんな感じなのですか?」
「それはガウレアが教えてくれた。給金は月々150万クロードほどになるそうだ」
「おお! さすがレドックス家ですね。おっぱいが大きいだけあって太っ腹だ」
「おっぱいは関係ないだろう?」
軽いボケにも生真面目にツッコミをいれるシリウスである。
「住むところはどうなっています?」
「屋敷を与えられるそうだ。広いところだからリセッタの部屋も今よりずっとよくなるぞ」
現在はシリウスが研究所に、リセッタはメゾン・ド・ゴージャスの地下室で寝ている。
「そのかわり掃除も大変そうですね」
「それなら安心していい。屋敷には使用人もいるそうだ」
「では、私はお払い箱ですか?」
「リセッタは弟子であり、今や立派な準魔闘士だ。今後は侍女ではなく部下として働いてもらえると助かる」
「そうですか……。追い出されるのでなければそれで結構です。今後も身の回りのお世話は私がします」
「それではリセッタが大変だろう?」
「いいのです。師匠の世話をするのは弟子の務めですから」
リセッタは鼻息も荒くそう宣言した。
「まとまった休みも貰えるようだから、そのときは魔結晶を買って研究所で治療をするという手もある。そうなればもう少し計画的に治療が進められるかもしれないな」
「ではこの話、受けますか?」
「ああ、そのつもりだ。ガウレアは信用できる友人だ」
「友人ねえ……」
リセッタは言葉に含みを持たせたが核心に触れるようなことは避けた。
「これほどの好待遇はめったにないぞ。魔結晶だってコンスタントに買えるから魔経路閉塞症もいずれ完治するにちがいない。そうなれば堂々と実家に帰ることもできる」
「ご実家に?」
「俺のせいで父上と母上はずっと肩身の狭い思いをされてきたのだ。これで親孝行ができるというものだよ」
「なるほど」
「それにリセッタのこともある。これまでは弟子であることを秘密にしていたけど、父上に許可を取って正式にブルドラン一門に加えていただくつもりだ」
「私をですか? だって私はただの口の悪い娘で……元奴隷だし……」
シリウスは首を横にふった。
「リセッタには本当に苦労をかけた。とても感謝しているんだ。父上の許しを得られれば俺たちは名実ともに本物の師弟になれるんだ」
「シリウス様……、私のためにそこまで考えてくださっているのですね。わかりました。それならもう何も言うことはございません。今後も師匠の立身出世のためにリセッタは頑張りますよ!」
そう言ってリセッタは買い物かごを取り上げた。
「どこへ行く?」
「今日はお祝いですからご馳走を作ります。ご主人様に拒否権はございません!」
「随分と発言力の弱いご主人様なのだな」
「それくらいいいじゃないですか。それでは行ってきます。今日は大きな肉の煮込み料理ですよ」
リセッタは駆け足で地下室から出て行ってしまった。
ガウレアと一緒に行くとなると、明日は朝一番の飛竜船に乗ることになる。
シリウスは今のうちに荷造りをしておこうと荷物をまとめにかかった。
ガウレアからは身一つで来てくれと言われている。
着替えを何点かまとめるだけでいいだろう。
ふと見るとテーブルの横にリセッタの剣が立てかけてあった。
「あいつ、また剣を持っていくのを忘れているな」
帰ってきたら少し叱ってやろうと考えてから、シリウスは荷造りを始めた。
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