第36話 転がる石
事務所に現れたトランをザビロは冷たい視線で迎えた。
ザビロの子分数人に囲まれトランはブルブルと震えている。
「ちょうどこっちから迎えに行こうと思っていたんだ。だがおめえはそっちからやってきた。そのことは褒めてやるぜ」
「あ、ありがとうございます。今日は耳を揃えて金を持ってきたました」
「ほう……」
トランはギャンブルで作った借金が大きくなりすぎて首が回らない状態に陥っていた。
ヤクザの取り立ては激しく、命の危険を感じるほどになっている。
ガウレアに相談しようとしたこともあったが、結局はできなかった。
借金のことが発覚すれば、またシリウスとの評価に差をつけられてしまうと恐れたのだ。
だがけっきょく、トランはすべてを捨てた。
ガウレアを裏切り、シリウスの金を盗み、こうしてゼビアノ事務所を訪れている。
机の上に並べられた五十枚の金貨を見てザビロは小さく頷いた。
「オマエを見直したぜ、トラン。よく500万もの金を用意できたな」
「まあ、俺も必死でした……」
真面目に答えるトランを見てゼビアはせせら笑った。
「どうせ盗んできた金だろうがよくやった。そういう根性は嫌いじゃないぜ。まあ今後もよろしくたのむわ」
失せろと左手で合図を出しかけてザビロは思い出す。
「ちょっと待て。先日、お前の雇い主の女と一緒に仮面の男がカジノに来ていただろう? たしかお前もあの場にいたな?」
「ああ、デュマの野郎ですか」
シリウスの金を盗んで借金が返せたというのに、トランは憎々し気にデュマという名前を吐き出した。
「知り合いか?」
「まあ、同じチームでしたので。野郎がどうかしましたか?」
「どういう手を使ったか知らねえがうちのカジノから1080万クロードも持っていきやがっただろ」
「ああ、あの晩のことですか。幸運が二回続いただけでしたが、あれは凄かった。5万クロードが一瞬で1080万クロードに化けましたからね!」
興奮して喋り出したトランだったがザビロに睨まれて口をつぐんだ。
「うちとしては奴から金を取り返したい」
「はあ」
その金は自分が盗んでしまっているのだが、トランは触れないでおいた。
デュマに対する意地悪な気持ちが動いている。
どこにもない金を出せと言われて途方に暮れればいいのだ。
「デュマというのはどういう素性の男だ?」
「さあ、詳しいことは何も。アイツは自分のことは誰にも話さないんです。姐さんの話ではブルドラン流の剣を使うそうですが」
「役に立たねえ情報だ」
ブルドラン流はメジャーな武術なので門下は多い。
王都イスタルにも道場は各地に点在しているくらいだ。
ザビロの機嫌を損ねないようにトランは必死にデュマの情報をひねり出す。
「なんというか、とにかく生意気な野郎なんですよ。下級魔闘士のくせに侍女をつれて地下洞窟へいくんですぜ」
「侍女だと?」
この情報にはザビロも興味を持った。
安心したトランはリセッタについてペラペラとしゃびりだす。
「この侍女って言うのがまた生意気な女でして。まあ女っていってもまだまだ小娘なんで色気なんてまったくないんですがね。それが偉そうにふんぞり返ってあろうことか主人に意見なんかしやがるんですよ」
「ほう、躾けがなってねえな」
「まったくです。でも、デュマの野郎は好きにさせていましたね。リセッタに弱みでも握られていたのかな?」
「リセッタ? その侍女の名前か?」
「はい。見た目は幼いんですが、とっくに成人しているらしいです」
「おい、たしかそういう名前の奴隷がうちにいたよな?」
聞かれた子分はすぐにリセッタのことを思い出した。
「はい。小汚いガキだったので地下洞窟でポーターをやらせていました。ほら、レッドゴックに襲われて隊が全滅した事件があったじゃないですか」
「ああ、あれか」
「生き残りの話ではレッドゴックは準魔闘士の一人とリセッタの後を追いかけていったそうです。だからとっくに死んでいると思うのですが……」
部下の話を聞いてザビロは再びトランを問いただす。
「仮面野郎が連れている侍女の姿かたちは?」
「髪はピンクで目はオリーブ。体つきはほっそりとしていますね。目の下に小さな泣きボクロがあったっけ」
その話に先ほどの部下の男が食いついた。
「泣きボクロだって? 奴隷のリセッタにも似たようなホクロがあったぞ」
「そういえば、リセッタは地下洞窟でデュマに命を助けられたって話を小耳に挟んだことがあります」
不意に、横にいた部下の一人があっと叫んだ。
「どうした、大声を上げて?」
「思い出しましたよ、ザビロさん。カジノ・オータスでリセッタを見ました。小汚いガキだと思っていましたが、すっかり身ぎれいになっていたから気が付かなかったんだな」
「本当か?」
「仮面の男のすぐ横にいた侍女です。たしかにあれはリセッタに間違いねえ。あのガキ、なかなか色っぽくなっていますぜ。あれなら娼館でも働かせられるでしょう。少々ガキくせえ顔と体つきだが、そういうのがたまらねえって客もいますんで」
「フーム……。おいトラン、デュマがどこに住んでいるかわかるか?」
「はい、いつでも案内できます」
トランの意気込みにザビロは凶悪な笑みを浮かべた。
「ずいぶんとやる気じゃねえか」
「デュマの野郎には恨みがあるんですよ」
「なるほどな。ただ、問題が一つある。奴はガウレアの手下なんだろう? もしあの女が出張ってきたら厄介だ」
「それなら安心してください。姐さん……ガウレアは明日から所用で故郷へ帰るんですよ。しばらくはチームも休みに入るから、デュマとリセッタをさらうには絶好の機会ですぜ」
「そいつはいいことを聞いた」
トランはザビロに向かって頭を下げた。
「ザビロさん、俺がデュマの居場所に案内します。だから俺を手下にしてもらえませんか?」
ガウレアを裏切ったトランにはもう行くところがない。
魔闘士としての未来はないと悟ったトランは裏社会で生きることを選択した。
「だったら役に立ってみせるんだな。金と女を回収出来たらうちの組にいれてやろう。何人かつけてやるから、すぐにでも二人をひっとらえてこい」
「それなんですが、腹の立つことにデュマって野郎は腕が立ちます」
「ん? さっきお前は奴が下級魔闘士だと言わなかったか?」
「そうなんですが、どういうわけか剣の腕だけは立つんですよ」
「だったらどうする?」
「それで先にリセッタを人質に取ろうと思います」
「小娘を? たかが奴隷の娘のために1080万クロードを出すか? 普通なら逃げ出すぞ」
自分なら確実にそうするとザビロは思った。
「いやいや、デュマって野郎は妙に甘いところがありましてね。きっとうまくいくはずです」
「よし、いいだろう。お前に任せる。だが、失敗したときは覚悟しとけよ」
「はい!」
トランも生き残りをかけて必死だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます