第31話 アースドラゴン


 ドラゴンというのは非常に厄介な魔物である。

驚異的な身体能力、卓越した知能など理由はいろいろある。

だが毒が効かないという点も特筆すべき性質の一つだろう。


 魔闘士たちは魔物狩りにおいて毒矢を使うことが多い。

危険だが剣や槍の刃先に痺れ薬を塗りこむ者もいる。

そうやって魔物の動きを封じるのだ。


 人間は太古から狩りにおいて毒を利用してきた。

それは魔物の討伐にも当然利用される。

ところがドラゴンの血はすべての毒を打ち消してしまう特性を持っており、痺れ薬や眠り薬さえも無効にしてしまうのだ。


「つまり、私たちは正面から強敵とぶつからなきゃならないってことさ」


 狩りを前に興奮したガウレアは獰猛な目つきで笑った。

それはルクシアも同様で戦闘の猛りがムンムンと肌から感じられる。

二人とも女豹や虎のような美しさがあった。


 しばらく進むと鍛冶屋がふいごで風を送り込むような音が聞こえてきた。

もっとも音量はずっと大きい。


「こいつは間違いない。アースドラゴンの鼻息だね」


 これまでドラゴンの存在に半信半疑だったルクシアもこれを聞いては確信するしかなかった。


「私が正面でドラゴンの気を引く。ルクシアとデュマは左右から奇襲をかけてくれ」


 ドラゴンの攻撃をまともに受けられるのは魔闘将であるルクシアくらいのものだ。

彼女の持つ武器もクレイモアと呼ばれる肉厚の長剣で、シリウスの梅枝よりも耐久性は高い。

だが、シリウスはその提案に異議を唱えた。


「いや、俺が囮を引き受ける。とどめはガウレアがやってくれ」


「なんだと?」


「こと破壊力に関しては俺よりガウレアの方がずっと上だ。戦闘を長引かせないためにも一撃で致命傷を与えられるガウレアが遊撃にあたるべきだろう」


「こと破壊力に関してはだって? その他なら私に対抗できるとでも言いたそうな口ぶりだね」


 ガウレアはからかうように言った。


「魔闘将が下級魔闘士をいじめないでくれ」


「よく言うよ。少しは本気のくせに。まあ冗談はともかく、デュマの剣ではドラゴンの爪に耐えられんぞ。囮をやるのは危険すぎないか?」


「避けるからいい」


 それを聞いて呆れたのはルクシアだ。


「避けるってアンタ。一人で正面からドラゴンにあたって、その攻撃をすべて捌き切るつもりかい?」


 ガウレアのレドックス流は力を重視する剛の技だが、シリウスのブルドラン流は速度と調和を重視する。


「攻撃は考えずに回避に徹すればなんとかなるだろう。後は二人に任せる」


 さらりと言うシリウスにガウレアはついに笑い出してしまった。


「本当に呆れた奴だね。そこまで自信があるのならデュマに任せるよ。その代わりドラゴンの首は必ず私が落とす」


 怖くなかったわけではない。

だが、シリウスもガウレアやルクシアと同類の人間だったということだ。

強敵との戦いを前に、恐怖を制して心が躍る興奮が快感となって魂を満たしていた。



 抜き身の剣を提げたシリウスを認めてアースドラゴンはわずかに顎を下げた。

その瞳にはどこか人を見下すような蔑みがこもっている。

体長は十メートルを優に超え、体高も三メートル以上はあるだろう。

灰色の皮膚は厚く、なまなかの武器では傷をつけることさえできそうもない。


 ドラゴンの鼻腔が大きく膨れ、後ろ脚に力がこもる。

しかしそのすべてをシリウスは見切っており、次の攻撃も予測できていた。


 突如襲い掛かってきたドラゴンの口をシリウスは一歩前にでて左に避けた。

ブルドランの技には表と裏の両方を持つものが多い。

今シリウスが使ったのも「北斗退歩」の裏である。

敵の攻撃をいなしながら後方に下がるのが北斗退歩の基本であるが、裏の歩法は前に出るものになるのだ。


 裏と表を器用に織り交ぜシリウスは流れるように移動した。

何度もドラゴンの攻撃が当たりそうになるものの、素早い動きと梅枝の光、急所に向けられた牽制などでいなしていく。

こうして果敢にドラゴンの注意を引きつけながらシリウスは時計回りに動いた。

行きつ戻りつしながらじりじりと移動し、ドラゴンにそうとは悟られずに逆向きにすることに成功する。


 今やアースドラゴンはガウレアとルクシアの二人に無防備な背中をさらしていた。

シリウスは最後に仕上げにかかった。

これまでは回避に徹していたが、一挙に反転攻勢に出てアースドラゴンの注意が自分だけに向けられるようにしたのだ。


「竜尾千衝」


 高速の連撃がドラゴンの鼻先で閃く。

防御力の低い相手が敵だったのなら、たちまちなます切りにされて絶命していただろう。

だが残念なことにドラゴンの表皮は硬く、銘剣梅枝でも筋を断つには至らない。


「だが、決定機は作ってくれた」


 ドラゴンが完全に自分の存在を忘れた瞬間を見計らってガウレアは宙に飛び上がっていた。

重厚なクレイモアから繰り出されるのはレドックス流の豪胆な大技だ。

大きく振りかぶられたクレイモアがガウレアの魔力を受けて赤く燃え上がる。


「インフェルノシュート!」


 斬撃が深々とドラゴンの首に食い込んだがガウレアの剣は止まらない。

膨大な魔力に裏打ちされたパワーはとどまるところを知らず、そのままドラゴンの首をはね落とした。


 アースドラゴンの巨体が地面に沈み洞窟の壁に反響する。

そして静寂が訪れた。


「や、やった。やったよ、姐さん! すごいよ、すごすぎるよ!」


 はしゃぐルクシアの肩をガウレアは優しくたたいた。


「私だけの勝利じゃない。これもデュマがアースドラゴンをひきつけておいてくれたおかげさ。そうじゃなきゃ、こうも簡単に討ち取れる相手じゃないよ」


「ほんとだね。まったく、私の出番なんて一つもありゃしなかったよ。二人だけで討伐しちゃってさ。ちょっと妬けちゃうくらいに息があってたねぇ」


「バ、バカ! なにを言い出すんだい」


 ガウレアは恥じらう様に身をよじらせていたが、シリウスは特に注意していなかった。

魔装鬼甲で五感が鋭くなっているというのに宝の持ち腐れもいいところである。


 改めて周囲を見回すと洞窟の壁や床にはおびただしい数の魔結晶が生えていた。

たとえていうならキノコの群落のようである。


「これは凄いな。ここまでの鉱床は初めてみる」


「噂通り、アースドラゴンがいる場所ってのは特別なのかもしれないね」


 今回の探索はかなりの金になりそうだった。

魔結晶の量だけではなく、ドラゴンがドロップする素材は希少価値が高いのだ。


「ドラゴンの鱗にドラゴンのヒゲ。お、竜玉まであるじゃないか」


 どれも魔装鬼甲の能力を大幅にアップさせるユニット素材ばかりである。

シリウスとしてはすべて自分のものにしたいのだが、さすがにそれはできない。

やろうと思えば鱗の一枚くらいならこっそり着服できるかもしれないが、それをしないのがシリウスという人間だ。

もしリセッタがこの場に居たら「アマボン」と罵っただろう。


 ふと思いついてシリウスはガウレアに頼んでみた。


「ドラゴンの血液をもらってもいいだろうか?」


「かまわないが、そんなものは買い取り対象にはならないぞ」


「わかっているが、個人的な実験に使いたいのだ」


「そういえばデュマは魔道具の研究をしているんだっけ」


「うん、そのために水筒一つ分くらいを分けてほしいのだが……」


「もちろんかまわないさ。今回の勝利の立役者はデュマだ。特別ボーナスとして血液だけじゃなく、鱗の一枚くらい渡すぞ」


「本当に!?」


 ガウレアは鷹揚に頷いた。


「これだけの活躍をしてくれたんだ。それくらいしたって、みんなもえこひいきとは言わないさ」


 チラッとトランのことが頭に浮かんだがシリウスはありがたく申し出を受けることにした。

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