第29話

   ◆


 その夜のトランは荒れていた。

今回の探索でも大量の魔結晶を見つけられたので収入はよかった。

チームのけが人も少なく、トランもかすり傷を少し負っただけで無事に帰還できている。

だが、気にくわないのはデュマの存在だった。


 デュマが来てから自分のポジションが侵されているとトランは感じている。

ガウレアの片腕といえばルクシアだが、それは仕方がない。

あいつは上級魔闘士であり、それに伴う実力もある。

だがルクシアに続くのは俺だったはずだ。


 大勢いる中級魔闘士の中では自分がいちばん優秀だとトランは信じている。

それなのに最近のガウレアは自分よりも階級が劣るデュマばかりを重用している。

それがとにかく気にくわないからトランは今夜も深酒をあおった。


 酔ったトランは繁華街の大通りをふらふらと歩いた。

すでにかなりの量の酒を腹に納めたがまだ帰る気にはなれない。

ガウレアとデュマに対する不満がくすぶり続け、気持ちがおさまらないのだ。


 こうなったら女でも抱いて帰ろうか? 

このモヤモヤをはきだして、スッキリして眠りたかった。

どうせなら大柄で赤髪の女がいい。

外見だけでもガウレアに似た胸の大きな女がよかった。


 娼館に向けて歩き出したトランの肩を掴むものがいた。


「誰でぇ、この俺様を引きとめるのは?」


 威嚇したトランだったが相手の三人組を見てすぐに顔色を変えた。


「威勢がいいじゃねえか、トラン」


「あんたはザビロさんのところの……」


「そうよ、用件はわかっているよな?」


 脂汗を流しながらトランは頷いた。

ザビロのカジノで作った借金の返済を迫られているのだ。


「おめえの借金がいくらになっているか覚えているか?」


「500万クロード……」


「そうだよなぁ、500万クロードだ。そのへんの魔闘士が一年働いたって返せない大金だぜ。おめえはそれを滞納しているってわけだ」


「り、利子はちゃんと払う。元本の方はもう少し待ってくれ」


「まあ、利子を払うってんなら今夜は見逃してやらぁ。ほら、出すものを出しな」


 ふんぞり返る男の手にトランはなけなしの5万クロードを落とした。これで女を買うこともできなくなってしまった。


 雑踏の中に消えていく三人組を見てトランは心の中で叫ぶ。


(全部デュマの野郎が悪いんだ! あいつが来てからろくでもないことばかりだ。いつか必ず懲らしめてやる!)


 自分の不遇をすべてシリウスのせいにしてトランは足を踏み鳴らしながら家路についた。


   ◇


 トランが盛り場で怨嗟の炎を燃やす頃、シリウスはリセッタと研究所で次なるユニットパーツの準備に取り掛かっていた。。


「さっそくバジリスクの瞳でユニットパーツを作成しますか?」


「バジリスクの瞳は強力なぶん作製に時間がかかる。キングドラゴンフライの複眼を先に作ってしまおう」


 キングドラゴンフライの複眼は視覚に作用するユニットパーツだ。

こちらも貴重なものだったが、ガウレアが相場よりも安い価格で譲ってくれたので手に入れることができた。


「これがあれば視覚と反射神経が大幅に強化されるぞ」


「ゲッ」


 リセッタは自分の体をかき抱くようにしてシリウスを睨んだ。


「なんだよ?」


「さらに視覚が強化されるんですよね。今度こそ金属製のビキニアーマーが必要になりそうですね」


「リセッタを透視なんてしないから安心しろ。師匠と言えば親も同然、弟子といえば子も同然だぞ。親子間でそんなことをするもんか」


 主人と侍女、師匠と弟子、親と子か……。

最近のリセッタは自分とシリウスの関係を確認するたびに一抹の寂しさを感じてしまう。

だが、それはきっと贅沢な寂しさなのだろうとも納得している。

リセッタはことさら陽気な声を出した。


「もう、遠慮なさらなくてもいいのですよ。土下座をして頼んでくれれば上だけは普通のブラにしておいてあげます」


「魔力の無駄遣いはしない」


 クールに振舞ったつもりのシリウスだったが、その顔は赤面していた。



 夕方にセットしたキングドラゴンフライのユニットパーツは朝方には完成していた。

シリウスはさっそくパーツを仮面に組み込んだ。


「能力の確認をしておくか。リセッタ、ここにある魔結晶を十個手に取って、一気に俺に投げてくれないか」


「承知しました。本気で投げますよ。エイ!」


 リセッタが投げつけてきた魔結晶はバラバラの軌道を描いてシリウスの方へ飛んでくる。

魔装鬼甲がなければすべての魔結晶を拾うことはできなかっただろう。

だが視力と反射神経が更なる進化を遂げた今、魔結晶は実際のスピードよりもずっとゆっくり動いているように見える。

おまけに魔装鬼甲のスピードも強化されているのでシリウスは飛んでくるすべての魔結晶を掴むことができた。


「リセッタ、俺は十個の魔結晶を投げてくれと頼んだはずだぞ。どうして十二個も投げるんだ?」


「ぜんぶ掴めたからいいじゃないですか。ついでに私のハートもキャッチできていますよ。シリウス様、エロカッコいい!」


「まったく、師匠を試すようなことをして……。だがおかげで能力は確認できた。これなら今日の探索でも役に立つだろう」


「そうですね。今回はエリアDの最深部に行くと言っていましたもんね」


「かなり危険な場所のようだから、リセッタも気をつけるんだぞ」


 リセッタはポーターたちと後方に控えているので前衛のシリウスほど危なくはない。

それでも地下洞窟は何が起こるかわからない場所である。

リセッタの才能は申し分ないが、それが花開き、実がなるのはまだまだ先のことなのだ。


「はーい。でも、いざとなればご主人様が守ってくれるんでしょう? 怖くはありませんよ」


「調子のいいことばかり言って……。リセッタは剣士なんだから、自分の身くらい自分で守れるようにならないとダメだぞ」


「わかっていますよぉ」


「そろそろ集合の時間だな。遅れないように行くとしよう」


「トランにまた嫌味を言われてしまいますもんね。あいつシリウス様がガウレアさんに可愛がられているから焼きもちを焼いているんですよ」


「あいつのことは気にするな」


 スカーレット・フェニックスに合流すべく二人は急いで出発した。


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