第28話 エリアD、最強の魔物

 本隊が見えなくなるとリセッタが身を寄せて訊ねてきた。


「どうして偵察を買って出たのですか? もしかして見つけた魔結晶を独り占めしようとしているとか?」


「そんな信義にもとることはしない」


 公明正大なガウレアを裏切ることなどできない。


「甘ちゃんのご主人様がそんなことをするわけありませんね、ハイ。ではどうして?」


「エリアDの魔物とソロで戦ってみたいんだ。治療の進んだ体と魔装鬼甲がどこまでやれるかを知っておきたい」


 大幅なパワーアップはなされたが、普段のシリウスは組織戦しかやっていない。

だが、ブルドラン流の真価は個人戦でこそ発揮されるのだ。

久しぶりにソロで戦い、存分に自分の力を試してみたかったのである。

それにブルドラン流奥義の数々を人前で披露することもまずかった。


「おお、ご主人様の戦う姿を間近で見られるのですね。それは眼福。今日もエロ濃い目でお願いします!」


 酒を頼む酔っ払いのようなことを気軽に頼むリセッタである。


「またバカなことを。今日は普段使わない技をいくつか使うかもしれない。しっかり見て学ぶように」


 シリウスは魔装鬼甲で五感を高めて周囲を警戒しながら進んだ。



 100メートルほど進んだところでシリウスは手を上げてリセッタを止めた。


「左前方の岩陰に何か隠れている。もうこちらに気が付いているようだ」


「人間ですか?」


「いや、魔物だ。心臓の音がまるで違う。体温はかなり低いようだ」


 シリウスは剣の柄に手をかけて前に進んだ。

敵が飛び掛かってくれば抜刀術を使う心づもりである。


「不用意に前へ出るなよ」


「はい、ここで堪能させてもらいます」


 リセッタを残してシリウスは前に出た。

ゆったりとした足取りに見えて、敵と出会えばどちらの方向にも迅速に踏み出せる独特の歩行法を使っている。

これならばどのような敵がきても即座に対応できる自信があった。


 シャーッ!


 鋭い息を吐きながら爬虫類のような魔物が左から飛び掛かってきた。

すかさず足を引き、体の回転を活かしながら梅枝を引き抜く。

神速の剣が梅花を散らしながら魔物へ襲い掛かった。


 並みの魔物だったならこの一撃で絶命していたに違いない。

ところが、絶妙なタイミングで切り合わせたつもりだったシリウスの剣は敵の硬い牙によって防がれていた。


 ようやく姿を確認した魔物を見てシリウスの背中に冷たい汗が流れた。


「バジリスクだと……?」


 バジリスクは石化光線を出す大蛇だ。

体長は3メートルほどで、胴体はリセッタの胴よりも太い。

毒は強力で、噛まれればたちどころに命を失うと恐れられていた。


「ご主人様!」


「来るなっ!」


 剣を手に駆けだしてこようとするリセッタをシリウスは制した。

同時に斜め後ろに大きく飛びのいて態勢を整える。

バジリスクの目が怪しく光り、石化光線を出す前兆を感じ取ったからだった。


「大丈夫ですか? ガウレアさんたちを呼んできた方が……」


 リセッタはいつになく青い顔でシリウスを心配している。


「いや、呼んではだめだ。こいつは俺が倒す」


「でも、バジリスクなんですよ。エリアDでは最強クラスです」


「わかっている。だがこいつは『バジリスクの瞳』をドロップする。どうしても手に入れたい」


 バジリスクの瞳を使ったユニットパーツは魔装鬼甲の五感すべてを高めてくれる強力なアイテムだ。

シリウスとしては何としてでも手に入れておきたいが、ガウレアに知られれば独り占めは出来なくなってしまう。


 シュレクトパーピアンの翼やグロッカスの雌しべのようなゴミアイテムとは違い、こちらは高値で取り引きされるレアアイテムだった。


 ありがたいことに石化光線は有効射程範囲が短かった。

シリウスは距離を取ってバジリスクと対峙する。


 やはりあの石化光線をなんとかしなければダメだろう。

時間をかけ過ぎればガウレアたちが心配してやってきてしまう恐れもある。

発動に時間はかかるが放出系の技で決めるしかない。


 シリウスは斜め下段に梅枝を構え、刀身に魔力を込めはじめた。

だが、敵の技をのんびりと待つバジリスクではない。

すぐに身をひねってシリウスの方へと突進していく。


「くっ!」


 目を覆いたくなるような光景の中でリセッタは耐えた。

シリウス様はブルドラン流の秘儀の数々を自分の前で惜しげもなく披露している。

いまだってそうだ。

師匠なら必ず何かをやってくれる。

むざむざやられるわけがない。

弟子の私がそれを見ないでどうする!


 バジリスクの突進を受けてシリウスはするすると後方に下がった。


「あれは北斗退歩!」


 リセッタも教えを受けた技である。

だが、自分の北斗退歩とは次元が違っていた。

シリウスの足さばきはより早く、優雅で、似て非なるものになっている。


 ずっと魔力を巡らせられなかったからこそシリウスの技の型は極限まで究められている。

それが魔力を巡らすことが可能になって、水を得た魚の如く更なる高みへと昇りつつあるのだ。


 シリウスの後退にバジリスクは追いつけず、両者の間に再び距離が開いた。

技を放つのなら今しかない。


「ブルドラン流奥義、旋竜波せんりゅうは!」


 り上げた剣から魔力が迸り、砂埃を上げながらバジリスクに迫った。

その姿は旋風を纏って進む青龍そのものだ。

真っ直ぐに向かってきたバジリスクは避けようもなく、頭頂部で旋竜波を受け止めた。

バジリスクの頭には王冠のようなこぶがあり、ここは非常に硬くなっているのだ。


 旋竜波は珍しい放出系の剣技ではあるが、特別威力が強いというものではない。

バジリスクのこぶを浅く傷つけただけで致命傷を負わすことはできなかった。


「そんな、必殺技を喰らったのに……」


 リセッタはがっくりと肩を落としたが、シリウスは構わずに前に出た。

シリウスの狙いは旋竜波での討伐ではなかったのだ。


「いけません、ご主人様。不用意に近づけば石化光線が!」


「その心配はもうない」


 そのとおりだった。

旋竜波で巻き上げられた砂塵がバジリスクの視界を奪っていたのだ。

おまけにこぶから流れ出た血も目に入り、バジリスクは石化光線を出すどころではなくなっている。


 目が見えなくなったバジリスクだが、この魔物は敵の熱を感知する。

そのため攻撃の手は緩めず、気配をよんで牙を立ててくるのだ。

だが石化光線がなければ近接戦闘でも分があるのはシリウスの方だ。

魔装鬼甲はシリウスの魔力を吸い取り、瞬間ながら高速移動を可能にした。


(ここだ!)


 高速移動についていけなくなったバジリスクに隙ができた。

魔力を込められた梅枝が水平に閃き、刃先が真っすぐに敵へと吸い込まれていく。

振り切られた剣は、刀身に血糊ひとつ残さずにバジリスクの頭を切り落としていた。


 さしもの怪物も頭部がなくなってしまえば生きてはいられない。

改心の一撃に、残心の構えを取るシリウスも微笑んでいた。


 リセッタはその姿を見て、いよいよ体のゾクゾクが止まらない。

エロいっ! 

やっぱりシリウス様はエロすぎるよ! 

私もいつかはあの人の隣に立って……。


 離れてみていたリセッタが小躍りしながらシリウスに駆け寄った。


「やりましたね、ご主人様!」


「まあなんとかな……」


 旋竜波で魔力を使いすぎたシリウスは壁に手をついて息を整える。

もう喋るのも億劫だった。


「あらあら、アマアマボンボンがヨレヨレボンボンですね。あ、シリウス様、バジリスクの瞳が落ちていますよ!」


 プリズムみたいに七色に光るクルミ大の石が地面に転がっている。どうにか目的を達せられたようだ。


 嬉々としてバジリスクの瞳を回収したリセッタがシリウスのところまで戻ってきた。

だが、まだシリウスは回復していない。


「仕方がないですね。可憐な侍女が肩をお貸しして差し上げましょう。五体投地で感謝してくださいね」


「そんな情けない真似はしないさ」


 シリウスは呼吸を整えて真っ直ぐに立ち上がった。


「もう、強がりボンボンなんですから」


「甘ちゃんよりマシだろう?」


 ゆっくりと歩き出すシリウスの歩幅に合わせてリセッタはいたわるようにすぐ横を歩き出した。


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