第27話 スイートボンボン
試験会場を出たところでリセッタを見つけた。
準魔闘士の試験は先に終わっていたようで、リセッタは嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ご主人様、合格しましたよ!」
リセッタの手には鍵の付いた鉄製のプレートが握られている。
シリウスも持っていた準魔闘士の資格証だった。
「おめでとう、リセッタ。よく頑張ったな」
「余裕ですよ! 戦闘実技試験は惜しくも引き分けましたが、もう少し時間があれば試験官から一本とれていたかもしれません」
多少の誇張はあるかもしれないが試験官相手に負けなかったのは上出来だ。
「ご主人様の結果は?」
「こちらも合格だ」
シリウスは先ほど交付された自分の資格証をリセッタに見せてやった。
「よしよし、二人そろって合格ですね。さっそくお祝いに行かなければ。よもや約束を忘れてはいないでしょうね?」
「トロット亭のスイートポテトだろ?」
「それです! スイートポテトが逃げないうちに参りましょう!」
「スイートポテトは逃げないだろう?」
「世の中はなにがあるかわからないのです。アマアマボンボンは詰めが甘すぎです」
「そんなに心配することもないだろうに」
ところが、結果としてスイートポテトはお預けになってしまった。
突如王都に降り出した雨は瞬く間に水量を増し、とてつもない豪雨となって都を襲ったのだ。
町は水で溢れ、楽しみにしていたトロット亭も臨時休業となってしまった。
二人はメゾン・ド・ゴージャスに戻り、じっと雨が止むのを待っていた。
「うわ、シリウス様、雨漏りです。ドアと壁の亀裂から土砂が流れ込んできています」
「ドアの隙間に布を詰めてくれ。俺は壁の亀裂を診る」
なんとか応急処置をしようと試みたが、水は次から次へと溢れてくる。
地下室の床はすでに三センチくらいが水没していた。
「もう、このおんぼろアパートめ! なにがメゾン・ド・ゴージャスよ!」
「百年も前の建物なんだ、仕方がないさ」
「ああ、せっかく買った衣装箱に水が!」
「なんとか高い所に移すぞ。そっち側を持ってくれ!」
「シリウス様、食品箱にも泥が!」
急な大雨に見舞われて二人は大わらわだった。
一睡もできないまま夜が明けた。
ドアを開けると朝日が眩しくびしょぬれの地下室に光を落とし、惨状が明らかになった。
「ご主人様、このベッドはもう使えませんよ。マットが異臭を放っています」
「服もだいぶやられたな。これも買い替えるしかないか」
魔経路閉塞症の治療をしなくてはならないシリウスにとって、この出費はかなりの痛手だ。
これでまた魔結晶の買い付けが遠のいてしまったのである。
「どうします、またギャンブルでもやりましょうか?」
「いや、真っ当に稼ぐさ。下級魔闘士になれたんだから給料もあがる。一から頑張ろう」
「私のスイートポテトは?」
「それはまた今度だ。必ず食べさせてやるからもう少し待っていろ」
「スイートポテト……。それだけを楽しみに頑張ったのに……」
リセッタはほとんど泣きそうな声になっている。
「ああ、わかった、わかった。約束だからしょうがない。これで買ってこい」
シリウスは財布から銀貨を取り出してリセッタに握らせた。
「ありがとうございます! スイートボンボン」
「何がスイートボンボンだ。つまらないことを言っていないで早く行ってこい。帰ってきたら片付けだからな」
「はーい!」
駆け出すリセッタを見送ってシリウスは大きなため息を吐く。
「リセッタのやつ、また剣を忘れているぞ……」
見かけ通り、まだまだ子どもの部分が抜けないリセッタだった。
晴れて下級魔闘士となったシリウスは再びスカーレット・フェニックスとエリアDまでやってきていた。
鋭敏なガウレアはすぐシリウスの異変に気が付いた。
「おいおい、今日はどうしたんだい? 前回とは体のキレがまるでちがうじゃないか」
「ひどい病気にかかっていたんだけど、最近少し調子がいいんだ」
「少し調子がいいだって? そんなもんじゃないだろう。絶好調に見えるよ」
「まあね」
本当のことを言えば絶好調には程遠いのだ。
魔力循環量はまだ26%しか戻っていないのだから。
だが、シリウスはそんな素振りは見せず、ストイックに任務をこなしていく。
ガウレアはそんなシリウスの態度を好ましく見ていた。
慌てたのは女魔闘士のルクシアだ。
「ちょっと、姐さん! 視線が熱いっすよ。あれは私が狙っているんですからね」
「な、なんのことだい? 私は別に……」
「あぁ、姐さんが乙女の顔になってるぅ! 勘弁してくださいよ、ほんと!」
そんな二人のやり取りを知ってか知らずか、シリウスは探索に集中していた。
エリアDもそろそろ中盤に差し掛かろうという頃になってガウレアは小休憩を指示した。
「今のうちに足の疲れを取っときな。夕飯前にもうひと頑張りしてもらうよ。休憩の間に偵察を出すからね。えーと――」
ガウレアが選ぶ前にシリウスが手を上げた。
「俺に任せてくれないか?」
「行ってくれるのかい? じゃあデュマに任せるよ。くれぐれも気をつけてね」
「ああ、無茶はしないさ」
偵察に出ようとしたシリウスの後をリセッタが追いかけた。
「ご主人様、私も行きます」
ちらりとガウレアを見るとかまわないといった感じで頷いている。
シリウスはリセッタを伴って暗い洞窟の中へ足を踏み入れた。
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