第26話 昇級試験・再


 地下研究室にシリウスの絶叫が響いていた。

シリウスは魔経路閉塞症の治療中である。

賭博で手に入れた金で魔結晶を買い、ついに治療の第二段階へ進むことができたのだ。


「ご主人様……」


 苦しむシリウスをリセッタは見守ることしかできない。

前回は途中で気を失ってしまったシリウスだったが、今回はもう三時間以上も苦しんでいる。


「タイマーが出ていますよ。あと少しで治療が完了しますからね!」


 リセッタの声がシリウスを励ました。

そしてついにその瞬間がやってくる。

唸りっぱなしの重低音が止み治療装置は停止した。


「シリウス様、しっかりしてください」


 拘束具を外すとシリウスの腕はあざだらけになっていた。


「はい、お水ですよ。気分はいかがですか?」


「まだ眩暈はするけど、悪くない。ありがとう」


 リセッタが飲ませてくれる水をシリウスはごくごくと飲み干した。

もし天上の味というものがあるのならこれがそうだろうと思えるほど美味かった。


「立てますか?」


「気分もスッキリしてきたし、魔力循環の調子もいいようだ」


 石板で確認すると、今回の治療で魔力循環は26%まで回復していた。

ここまで回復すれば封印していた技の一部を解放できそうだ。


「少し試してみたいから下がっていてくれるか?」


 リセッタを壁際まで下がらせて梅枝を抜いた。

閃く白梅は光を強め、見る者を幻惑する。

シリウスは剣を片手で持ち、斜め下へと構えた。


竜尾千衝りゅうびせんしょう


 鞭のようにしなる斬撃が上下左右から縦横無尽に繰り出される。

手の動きだけではなくシリウスの足も目まぐるしく移動し、刹那の間も一つ所にいることはない。

それでいてその動きにせわしいところはなく、一連の動きは流水のように滑らかだ。


「エッロ! ドエロですねっ、ご主人様!」


 リセッタの歓声にシリウスは動きを止めた。


「その誉め方はなんとかならんのか?」


「だって、本当にそう感じるんですもん。私、正直だから」


「まったく……。だが魔力循環量が上がってさらに動きやすくなったな。魔装鬼甲の能力も上がっているし、次の探索はさらに楽になりそうだ」


「師匠、さっきの技!」


「竜尾千衝か?」


「それです! あれ、私も使えるようになれますか?」


「それはリセッタの頑張り次第さ」


「私、頑張ります! たしか、こうして……」


 見よう見真似でリセッタが剣を擦り上げて、返す勢いで切り下げる。

その動きを見てシリウスは愕然とした。

それはまだ粗削りだったが、奥義の勘所はすでに掴んでいたからだ。

やはりこいつには才能があると、シリウスは喜んだ。


「慌てることはない。リセッタには俺の知るすべてを伝えるつもりだ」


「本当ですか? 約束ですよ!」


「わかった。どれ、すこし手合わせしてみるか」


「はい、お願いします!」


 リセッタはシリウスに感謝しているようだったが、シリウスもまたリセッタに感謝していた。

自分の人生において、ここまで心を許せる相手はこれまでいたためしがない。

義母のマリアとも、元婚約者のセティアに対するのとも違う感情がそこにはあった。


 魔力循環が26%まで回復したシリウスは再び昇級試験に臨んだ。

今回はリセッタも準魔闘士の資格を得るため一緒に参加している。


「ダメ……、緊張で吐きそうです」


 試験を前にリセッタはすっかり委縮していた。


「安心しろ、リセッタの実力は俺がいちばんよく知っている。必ず合格できるさ」


「そんなこと言われても……」


「合格出来たら、お祝いにトロット亭のスイートポテトを買ってやるぞ」


「本当ですか! アマボンに二言は許されませんよ! 約束を破ったらウソボンってよびますからね! それか今度こそスケベッチ・チッパイスキーに改名してもらいます!」


 スイートポテトはリセッタの大好物なのだ。

特にトロット亭のスイートポテトは芳醇なバターとブランデーを使用しており、リセッタの中でもランキング一位を死守し続ける特別なスイーツだった。


「約束は破らないさ。二個でも三個でも買ってやる」


「準魔闘士試験がなんぼのもんじゃいっ!」


 リセッタに先ほどの緊張はもう見られない。

これなら伸び伸びと試験を受けられるだろうとシリウスも安心した。



 シリウスは順調に試験をクリアしていった。

以前と同じように魔装鬼甲は身につけていなかったが体力測定の数値はむしろ上がっていた。

魔力と体力がともに上昇しているからである。

そして、ついに前回の落第原因となった魔力測定器の前までやってきた。


「受験番号十五番、デュマ・デュマ。測定を始めろ」


 八階建てタワーのような測定器を前にシリウスは大きく息を吸った。

そうやって精神を落ち着けて自分に言い聞かせる。

大丈夫、自分の魔力は回復しているのだ。

前回だって本当は合格できたはずだぞ。

失敗したのは緊張と魔力循環のコツを忘れていたからだ。

もう同じ失敗は繰り返さない。


 両脇に伸びたレバーを掴んでシリウスは魔力を流し込みはじめた。

するとどうだろう、八段あるタワーは徐々に光だし、三段目にまで到達したではないか。


「おおっ! って、まだ上がるのか?」


 試験官や周りの受験者が騒ぎ出す。


「下級魔闘士のレベルじゃねえぞ!」


「ああ、魔力量だけなら中級魔闘士や上級魔闘士といっても通じるぜ」


 シリウスの測定結果は四段目に到達して終了した。


「十五番デュマ・デュマ、合格!」


 残っているのは戦闘実技のみである。

シリウスは指定された場所へ試験を受けに行った。

するとそこにいたのは見知った試験官だった。


「お、お前は!」


「あ……」


 前回の実技試験でシリウスがカウンターで倒してしまった試験官である。

まずい、こいつは性格が最悪なのだ。

ひょっとしたら試験も受けさせてもらえず落とされるかもしれない、とシリウスは心配したが、それは杞憂だったようである。

まだ試験すら始まっていないのに、血の気を失った試験官はブルブルと震えながらこう告げた。


「十五番デュマ・デュマ、合格!」


 結果的に実技は受けさせてもらえなかったが不合格にはならなかったのだ。


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