第25話 シリウスは戸惑う


 数時間後、シリウスとリセッタは70万クロードという大金を手に入れてメゾン・ド・ゴ―ジャスの地下室に戻ってきた。

魔力の使い過ぎで軽い頭痛がしていたがシリウスは五感を上げて周囲を警戒している。


「つけられた様子はないな……」


 大金を得た自分たちから強盗を働こうとする輩がいるかもしれない、と警戒したがどうやら杞憂きゆうだったようだ。


「賭場のやつらも来ませんでしたね」


 大勝ちをした客から金銭を回収するというのはよくあることのようだ。

だが怪しい人間は現れなかった。


「たぶん初めての客だから大目に見たのでしょうね?」


「どういうことだ?」


「シリウス様はどう見ても世間知らずのお坊ちゃまです。そういうアマボンを勝たせて、ギャンブル沼にはまらせようって魂胆ですよ」


 そうやって幾人もの若様が身を持ち崩しているそうだ。


「なるほど。恐ろしい世界だな」


「恐ろしいのはシリウス様ですよ。この調子でギャンブラーをやれば一生遊んで暮らせるじゃないですか」


 リセッタの言葉にシリウスは苦笑してしまう。


「目的と手段を取り違えてはダメだ。俺は病気を治したいだけで、大金を稼ぎたいわけじゃない。イカサマは今夜で終わりにしよう。やっぱりこんなことはよくない」


 リセッタはふくれっ面だ。


「ちぇ~、これからは贅沢三昧だと思ったのになぁ」


「贅沢なんてすぐに飽きるさ」


「それはアマボンの考え方です。贅沢三昧で育ったからそういうことが言えるのですよ。私なんて庶民からの奴隷という地獄コースの経験者なんですからね。飽きるかどうかなんて判断がつきませんよ!」


 特別贅沢に育ったという自覚はなかったが、そんなことを言えばリセッタの怒りに火に油を注いでしまうだろう。

シリウスは否定もしないでやり過ごす。


「うちのご主人様は真面目で困りますね。まあ、嫌いじゃありませんけど」


「リセッタには苦労をかけるな……」


 しんみりと謝るとリセッタは大きな手ぶりで否定した。


「もう、本気にしないでくださいよ。服も買ってもらいましたし、ご飯もちゃんとあるし、武術まで教えてもらっています。今の生活に不満なんてありません」


「それならいいが……」


 茹でたジャガイモだけの夕飯など食べたことのないシリウスとしては本当にそうだとは思えない。


「明日はこのお金でさっそく魔結晶を買いにいきますか?」


「そうだな。だがその前にご飯を食べに行こう」


「え?」


「たまには外食もいいだろう。リセッタの好きなものを好きなだけたべるといい」


 リセッタのつぶらな瞳が大きく見開かれた。


「本当に、本当に、本当ですか?」


「ああ」


「じゃあ、食後に甘いものを食べるのも?」


「好きなスイーツを食べていいぞ。どこへでも連れていってやる」


「イャッホー!」


 喜んで腕に抱き着いてくるリセッタにシリウスは困惑した。


「お、おい……」


「シリウス様、だ~い好き」


 しがみついて放さないリセッタの首筋から艶めかしい匂いが立つ。

先ほど賭場で見た胸のふくらみを思い出してシリウスはますます困惑した。

幼い少女であると思っていたけどリセッタだってもう成人なのだ。


「ああっ!」


 突然なにかを思い出したようで、抱き着いていたリセッタが体を離した。


「どうした?」


「ずっと狙っていた炙り肉ですよ! 屋台で売られていて、いつも美味しそうな匂いで私を苦しめてきたのです。今こそ復讐のチャンスじゃないですか!」


「ああ、すぐそこの角で売っているのを見たことがあるな」


「店はまだ出ているかもしれません!」


 リセッタの興奮はいまやマックスになっている。


「すぐに食べたいのか?」


「今夜中に食べないと発狂しかねません! 今の私は肉食系女子です!!」


 シリウスは苦笑しながらも財布から千クロード銀貨を二枚とりだした。


「ほら、これだけあれば足りるだろう」


「ありがとうございます! シリウス様、大大大好きです!」


 リセッタは銀貨を掴むと走って表に飛び出そうとした。

その背中にシリウスが注意する。


「こら、剣を忘れているぞ」


「うぇっ?」


「リセッタはいつも忘れるな。剣士たる者、そんな態度ではダメだ。普段の生活から隙を作らないようにしなければな」


「おっといけない」


 リセッタは戻ってきて自分の剣を腰に差した。


「気をつけてな」


「はい、いってきます!」


 嬉しそうに出て行く姿はまだまだ子どもだ。

だが先ほどの姿は……。

シリウスの困惑は深まるばかりだった。

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