第24話 サイコロ賭博

 翌日、シリウスとリセッタは日が暮れてから賭場にやってきた。

ここは倉庫街の一角で道の両側にはずらっと背の高い建物が並んでいる。

辺りは暗く、働く人の姿はなかったが、とある倉庫の入口に屈強そうな男が二人立っていた。

周囲を睨む相貌そうぼう堅気かたぎの人間にはない迫力が漂っている。

シリウスたちが近づいていくと門番の一人が声をかけてきた。


「よう、旦那。悪魔ドルアーガを知ってるかい?」


「ああ、ギル王子が討伐の旅に出たそうだ」


 これは賭場に入るための合言葉だ。

もちろん、ザビロのところで奴隷をしていたリセッタの入れ知恵である。

リセッタはザビロ・クローのところでヤクザたちがこの話をしているのを聞きかじっていた。


 正しい合言葉を言えたので門番は脇へどく素振りをみせた。

だが、リセッタを連れていることに違和感を覚えたのだろう。

少し体をもどして質問してくる。


「お連れさんはまだ子どもじゃないのかい?」


 シリウスに喋らせるとボロが出ると考え、すぐにリセッタが対応した。


「これでも成人よ。ご主人様は私みたいなのが好きなの。他人の趣味はいろいろでしょ?」


「なるほどな……」


 門番は蔑みのこもった目でシリウスを見た。

俺にそんな趣味はない、と言いたいところだが、ここで騒ぎを起こしても仕方がない。

シリウスはぐっと自分の主張を飲み込む。


「で、誰の紹介だい?」


「ザビロ親分のところのカルドナさん」


 カルドナは娼館を任されている支配人で、裏の世界でもそこそこ名を知られた男だ。

ギャンブル好きとしても有名である。

シリウスとは一切面識などないが門番は納得したようだ。

ようやく脇にどいて二人を中に入れてくれた。



 建物の奥は異様な熱気に満ちていた。

酒、煙草、アヘンに交じって、ギャンブルに興じる人々の汗が独特の臭気を放っているのだ。


 初めて入る賭場にシリウスは物珍し気に周囲を見回す。


「ご主人様、キョロキョロしないでください。素人だとバレて舐められますよ」


「うむ……。それで、最初はどうすればいいんだ?」


「まずはあそこで現金をチップに換えます」


 ギャンブルを楽しむには、この賭場のみで使えるオリジナルのコインに交換する必要がある。


「面倒だな。わざわざそんなことをしなくてはならないのか」


「こんな場所ですからね、現金をそのまま持っていると危ないんですよ。アマボンもスリには気をつけてくださいね」


「魔装鬼甲を身につけているから五感はかなり上がっている。スリなんてすぐに察知できるよ」


 今夜はシリウスだけでなくリセッタも布製の仮面をつけている。

知り合いに出くわしても正体を見破られないための用心だ。

外見はかなり変わったとはいえ、リセッタの顔を覚えているものはまだいるだろう。


 仮面などつけて賭場に入れるのか、と疑問に思う人もいるだろうが、ここではそう珍しいことではない。

上流階級の人間は大っぴらに遊び場に入れない場合もある。

だから、娼館やカジノなどではこんな客が必ず一人くらいいるのが当たり前だった。


 シリウスはなけなしの5万クロードをすべてチップに換えた。


「まるでおもちゃのようだな。こうしてみるとありがたみがぜんぜんないよ」


「それも狙いなんです。実際のお金ではなくてチップを使用することで感覚を麻痺させるんです」


「なるほどな……」


 いく種類かの賭け事が行われていたが、シリウスたちは丁半博打ちょうはんばくちに目をつけていた。

これは大陸東部の遊びで非常にシンプルなゲームだ。

四大魔闘侯のブルドラン家が治めるのも大陸東部なのでシリウスにとっても馴染みのあるゲームである。


 ディーラーは二個のダイスをダイスカップの中で振る。

ダイスの数字の合計が偶数なら丁、奇数ならなら半となり、プレイヤーはそのどちらになるかを当てる。


 シリウスはすぐには賭けないで、しばらく賭場の様子を眺めた。

人々は目を血走らせてギャンブルに夢中になっている。

ダイスカップの中身が明かされるたびに、小さな歓声と怨嗟えんさの声が漏れていた。


 リセッタがぴったりと体を寄せて囁いてきた。


「どうです、ダイスカップの中を透視できそうですか?」


「やってみるよ」


 できなければここへきた意味はなくなってしまう。

シリウスは体内魔力を魔装鬼甲に送り視力の強化を図った。


「見えました?」


 再びリセッタが耳元で囁く。


「っ!」


 声につられて横を見るとリセッタの仮面が透けて、すぐ下の素顔が見えていた。

それだけではない。

細い首筋の下の服に隠れた鎖骨、さらには小さな胸のふくらみまでもがあらわになっているではないか。


 慌てて視線を逸らせたシリウスだったがリセッタはその様子を見逃さなかった。


「ご主人様、見ましたね!」


「すまん! だが少しだけだ。なんとうか……極地的……重要拠点的なところは回避した」


「そんな言い訳は通りませんよ! ああ、やっぱりビキニアーマーを発注すべきでした!」


「だから、悪かったって」


 リセッタは小さくシリウスを小突き続ける。

そうでもしなければ恥ずかしさで悶死しそうだったのだ。


「旦那、女といちゃつくのもいいですが、そろそろ遊んでみちゃぁいかがですかい?」


 賭場の人間が賭けをするように促してきたのでシリウスとリセッタは体を離した。


「すまない。それじゃあ案内してもらおうか」


「へい、こちらへどうぞ」


 シリウスは元々が本物のお坊ちゃまなので、立ち居振る舞いにもそれが現れる。

やくざ者はバカなボンボンだ、いいカモがやってきたと丁寧に対応してくれた。


 席に着くと後ろに座ったリセッタが注意してくる。


「目をつけられると厄介ですから勝ちすぎないようにしてください」


「わかっている。適度に負けも織り交ぜるさ」


「それと、視覚を上げているときは振り向かないでくださいよ。こんど見たらぶん殴りますからね」


「わかっているって……」


 シリウスはダイスカップに集中した。

魔装鬼甲に送る魔力を強めると視線は木製のカップを通り越し、中のダイスが見えてくる。

二つのダイスは6と1で合計は7。

イチロクの半と呼ばれる目だ。


「さあ、張った、張った!」


 ディーラーの掛け声に、客たちは思い思いの目にチップを賭けていく。

丁に賭けるならコインは表に、半に賭けるのならコインを裏にするのがルールである。


 いきなり全額賭けてしまうと怪しまれるかもしれない。

シリウスは5千クロードチップを六枚置いて半に賭けた。


 ディーラーがダイスカップに手をかけ客たちは息を飲む。


「イチロクの半!」


 わかっていたことだったが、自分のチップが倍になるのを見てシリウスは安堵の溜息をついた。

あっという間に手持ちの金は5万クロードから8万クロードに増えている。

換金のときに胴元へ5%の手数料を払わなければならないが、それにしたってとんでもない儲けだ。


「さすがはご主人様。素晴らしいですわ!」


 リセッタが後ろではしゃいでいるがこれは演技である。

あくまでも侍女を連れたバカボンボンを演じて大金を稼ぐのが目的なのだ。


「次はどうしますか、ご主人様ぁ?」


「そうだなぁ……」


 透視するとダイスは2と2で合計は4だった。

つまり次の目は丁である。

だがシリウスはあえて半を選んだ。


「さっきも半で勝ったから、また半にしてみるか」


 そう言ってコインを裏返しに張ったが、賭ける額は5千クロード分にとどめておいた。


「勝ったら私に新しい髪飾りを買ってくださいね」


「わかった、わかった」


 再びカップが開けられる。


「ニゾロの丁!」


 会場にため息がこぼれた。


「あーん、私の髪飾りがぁ!」


 リセッタが後ろで大袈裟に悔しがっていたが振り向くわけにはいかなかった。

振り向けばあらぬ疑いをかけられてしまう。

たとえ見ていなかったとしてもひどいことを言われるのは火を見るよりも明らかだ。

シリウスは目の前の博打に集中した。


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