第23話 透けて見えるから

 このように魔装鬼甲の開発は順調だったが、すべてがうまくいっているわけでもなかった。


「問題は魔結晶と金だよな」


 スカーレット・フェニックスの給料は悪くなかった。

見習いなのに七千クロードをもらっているのだから準魔闘士としては厚遇とも言えた。

だが、魔経路閉塞症を治療するにはまったく足りないのだ。

もう少し金があれば魔結晶を買うこともできるのだが現状ではそれも難しい。


「ご実家はお金持ちなんでしょう? 頼ってみたらいかがですか? 親のすねは齧れるだけ齧れということわざもあるじゃないですか」


 異世界においてもそんなことわざはない。


「実家には頼りたくないんだ」


 シリウスの脳裏によぎるのは義母マリアの顔だ。

家出をする直前に母を拒絶してしまったことをシリウスは今でも気に病んでいる。

幼いころから愛情を注いでくれたマリアだったが、その愛が苦痛でもあった。


「どうして実家をたよらないんですか? 父親との関係に深い溝があるんですか? それともマザコンで複雑な葛藤があるから?」


「うるさい!」


 リセッタはエスパーだろうか? 

彼女のいうことはいちいち正鵠せいこくを射ている。

ともかくもう実家とは縁を切る、そう決めたのだ。

いまのところ実家に頼るという選択肢はない。


「ところで、その能力を使えば簡単に儲けられませんか?」


「魔装鬼甲のか?」


「そうです。物が透けて見えるのならサイコロ賭博の壺の中を透視だってできるんじゃないですか?」


「つまりイカサマ賭博をしろというのか?」


「まあ、そういうことです」


「それはいかんだろう……」


「魔装鬼甲は魔経路閉塞症を発症したことがある人にしか反応しないのでしょう? だったらバレる心配はほとんどありませんって」


「バレるバレないの問題ではない。倫理観の問題だ」


 リセッタは一際大きなため息をついた。

いつもよりイライラしているようだ。


「そりゃあ、真っ当な人間を相手にするなら倫理観も大切でしょうよ。でもあいつらはまともな人間じゃありませんよ!」


 いつになくリセッタは激昂していた。


「私を奴隷として買った男の話はしましたよね?」


「ザビロだったか?」


「そうです。奴はもともと上級魔闘士でしたけど、ヤクザの親分になってからはすべての悪事に手を染めていましたよ。強盗、殺人は当たり前。奴隷や女を食い物にして、いろんな人の人生を踏みにじってきたんです。アイツが開いている賭場やカジノだってまともなもんじゃないですよ。イカサマだってやっているんですから!」


 リセッタの瞳が涙で滲んだ。


「ザビロに買われた女奴隷はどんなに長くても十年しか生きられないと言われていました。ポーターは洞窟で魔物に殺され、娼婦にされた女は病気になって死んでいくのです……」


「とんでもない境遇だな」


「ええ、何度も逃げようと思いましたよ。でも、ザビロの手下は百人以上いるのです。逃げたところですぐに捕まります。じっさい逃げた奴隷がいましたが、みんなの前でとんでもない拷問を受けていました。あんなの見せられたらもう……」


 ブルブルと震えるリセッタを落ち着かせた。


「大丈夫だ。リセッタはもう奴隷じゃない。俺の侍女であり弟子じゃないか」


「本当は今でも恐ろしいのです。奴らは私が洞窟で死んだと思っているでしょう。綺麗な服も買ってもらって、ご飯もしっかり食べさせてもらったから私の様子もすっかり変わりました。でももし、やつらが私の正体を見破ったら……、そう考えると眠れなくなることがあるんです」


 リセッタが夜中に剣を振っていることは知っていた。

おそらく、恐怖を振り払うために修業に打ち込んでいたのだろう。

その姿には鬼気迫るものがあった。


「安心しろ。奴らに手出しはさせない。だが、だからと言ってイカサマ賭博に手を出すのはいやなんだ」


 リセッタはじっとシリウスの顔を見つめたのちに肩の力を抜いた。


「まったく、相変わらずのアマアマボンボンですね」


「すまんな」


「仕方がありませんよ、これがシリウス様なんですから。それでは夕飯の準備をしてきます」


 リセッタはいつもの様子に戻ってキッチンの方へ行ってしまった。


 シリウスは研究所に残って魔結晶の量を確認した。

今回の報酬で少しは増えているが、まだまだ先は長そうだ。

次の治療がいつになるかは予測も立てられない。

苛立ち紛れにテーブルを叩いたら通路の奥からリセッタの声が聞こえてきた。


「ご主人様、お夕飯の準備ができましたよぉ~!」


 沈んだ気持ちは戻らなかったが、シリウスは食事のためにメゾン・ド・ゴージャスの地下室へと向かった。


「早速食べましょう。お腹がペコペコで死にそうです」


 テーブルの上には大皿に盛られた茹でジャガイモが湯気を立てている。


「今日はこれだけか?」


「お金のほとんどは魔結晶を買うのに使ってしまったじゃないですか。さいわい明日はまたスカーレット・フェニックスで探索です。あそこのご飯は豪勢ですから明日の昼までの辛抱ですよ」


「そうだったな……」


 シリウスは愕然とした思いで食事とリセッタを見比べた。

これまでも茹でたジャガイモの夕飯はあった。

だが、そんな内容でもチーズやミルクくらいはあったのだ。

それなのに今晩はジャガイモの他には水しかない。

まだ体もできていない弟子にこんな粗食をさせてしまうとは……。

自分は師匠としてこれでいいのだろうか?


「どうしました、ご主人様?」


 物思いに沈むシリウスをリセッタは訝し気に見た。


「リセッタ、少し痩せたか?」


「なんです、エッチな目で私を見て!」


「ち、ちがう! 弟子に欲情するなどあってはならないことだ!」


 リセッタは文句も言わずにジャガイモを頬張っている。


「冗談ですよ。冗談は人生のスパイスです。味気ない茹でジャガも気の利いた会話で美味しくなるというものですって。ん~、なにか悩んでおいでのようですが……」


 シリウスは心を決めてフォークでジャガイモを突き刺した。


「さっきのあれだけどな……」


「あれ?」


「賭博の話だ」


「ああ、あれがどうしました?」


「やってみようかと思う……」


「まあ!」


 塩を振りすぎてしまったようだ。

今夜のジャガイモは少しだけしょっぱくなってしまっていた。

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