第19話 この剣とともに
夜の烏亭を訪ねたシリウスたちは奥の一角に陣取るスカーレット・フェニックスを見つけて声をかけた。
トップチームだからと言って過度に遠慮することもない。
事前に条件はすり合わせておくべきだろう。
さすがにもう剣を抜くような馬鹿な真似はしなかったが、シリウスの話を聞いたトランは呆れた声を出していた。
「なぁにぃ~、チーム体験だぁ?」
「相性とかもあるので、先にチームを体験させてもらいたいと思うのです。それでお互いが納得したら本採用ということでお願いしたい」
真顔でこんなことを言うシリウスを見てガウレアは笑い出した。
「まさかイスタルでも名高いスカーレット・フェニックスを相手にチーム体験を希望するとはね。恐れ入ったよ」
ガウレアはそれでよかったが、トランの方は納得できなかった。
「勘違いしてんじゃねえぞ、ガキ! おいそれと入れる安っぽいチームじゃねえんだ!」
だが、ガウレアは笑い続けながらトランを止めた。
「まあいいさ」
「姐さん!」
「こちらだって役立たずは雇いたくない。こいつの腕を見極めてから本採用ってことでいいじゃないか。ところでその女の子はなんだい?」
ガウレアが聞いてきたのは一緒についてきたリセッタのことである。
「リセッタは私の侍女です」
「はっ、準魔闘士が洞窟に侍女を連れていくのかい? そんなのは相当なお坊ちゃまのすることだよ」
侍女であると同時に弟子であることは秘密である。
「いろいろとわけありなんですよ……」
「まあ、ポーターくらいならできるかね。あんた名前は?」
「リセッタです。それと、私だって少しくらいは戦えます」
「へえ、流派は?」
「ブルドラン流アマアマ派です」
「アマアマ派? 聞かない名前だね」
だが武術を使えると聞いて、ガウレアはリセッタにも興味を持ったようだ。
「デュマ・デュマにリセッタか。それじゃあ、とりあえず二人には見習いとして働いてもらうよ。体験なんだからそれでいいね?」
「承知した」
「は~い」
「次の狩りは三日後だ。洞窟前の広場に集合だから遅れずにやってきな!」
こうしてシリウスたちはスカーレット・フェニックスの一員として洞窟の奥地に行けるようになったのだった。
翌日、メゾン・ド・ゴージャスの地下室でシリウスは一振りの剣をリセッタに渡した。
「おお、優しいご主人様から愛しの侍女へ特別ボーナスでございますね! ありがとうございます」
「いや、師匠から弟子への贈り物だよ。昨日、刀剣市へ行って選んできたんだ」
シリウスの言葉にリセッタは表情を引き締めた。
「今日からリセッタも実戦を体験するのだ。そのために買ってきた」
剣術の基礎は学んだがリセッタはまだ魔物を相手に戦ったことはない。
「さっそく振ってみるといい」
リセッタは剣をゆっくりと鞘から引き出した。
中古の剣なので刀身には細かい傷が無数についている。
だが、よく手入れはされており使いやすそうでもあった。
「剣の目利きには自信があるんだ。気に入ってくれるといいけど」
「シリウス様……」
「遠慮しなくてもいいんだぞ」
「私……梅枝の方がいいです!」
「少しは遠慮しろ!」
梅枝はゴルドランが所有する宝剣の一振りである。
「冗談ですってば! あくまでも希望を言っただけですよ」
「もういい、気に入らないのなら店に返してくる」
剣をひったくろうとしたが、リセッタは華麗な足さばきで後ろに下がった。
ブルドラン流における
まだ教えたばかりだというのに、いっぱしに仕えることにシリウスは苦笑してしまう。
「本気にしないでくださいませ。大切にしますので!」
「本当か?」
「はい、もう名前も付けちゃいました」
大事にするというのなら、それでいい。
「名前とは?」
「内緒に決まっているじゃないですか! 乙女の心の中を探ろうだなんて、デリカシーのないご主人様ですね。パワハラボンボンですよ!」
シリウスは無言のまま肩をすくめた。
「よし、そろそろ出かけよう。今日はエリアAでリセッタの初陣だ」
「はいっ!」
リセッタは興奮していた。
これまで師匠のシリウスしか相手にしてこなかったので自分の実力がどの程度なのかよくわかっていない。
だがついに魔物相手に剣を振るえるのだ。
もう虐げられるだけの人生はこりごりだった。
この戦いで知識と技を身につけ、ゆくゆくは自分も魔闘士になろうとリセッタは考えている。
未来は自分の手で切り開く。
教えてもらった武術と、我が愛剣シリウスがあればそれも夢じゃない、とリセッタは思った。
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