第18話 スカウト

 門から出ると聞きなれた声がした。


「まったく、ダメダメなご主人様ですね。落第するとは驚きましたよ。ダメボンじゃないですか」


「来ていたのか?」


「ええ、不合格になるのをバッチリこの目で確認いたしました」


「うむ、面目ない……」


「まあ、嫌味な試験管をぶっ倒したのはカッコよかったですけどね。今日の一撃は格別にエロぉございました!」


 こんな人通りの多い場所でエロエロ言わないでほしい。


「だが、エリアBに入るのは先のことになってしまったな」


 だが、落ち込むシリウスに声をかける者があった。


「試験は残念だったね」


 大柄な赤毛の女だった。

肌は褐色で顔に傷はあるが端整な顔立ちをしている。

引き締まった体つきからみて魔闘士であることは間違いないだろう。

シリウスはその女に見覚えがあった。


「俺に何か用かい?」


「勧誘にきたんだよ。落第してしまったみたいだけどアンタには見込みがある。どうだい、私のチームに入らないかい?」


「君のチームに?」


「私の名前はガウレア・レドックス。スカーレット・フェニックスってチームのリーダーをしている」


「デュマ・デュマだ。勧誘はありがたいけど俺は単なる準魔闘士だよ。ガウレア・レドックスのスカーレット・フェニックスと言えば、王都でも屈指のチームじゃないか。俺に務まるかどうか……」


 シリウスはそう言ったが、ガウレアはかなりシリウスが気に入っているようだった。


「そんなことはないさ。たとえ魔力が豊富でも実戦で使えないやつは多い。その点アンタならその心配はなさそうだ」


「うーん……、ありがたい話ですが少し考えさせてもらえませんか?」


 シリウスがそう言うとガウレアの部下の一人がいきり立った。


「おいおい、せっかく姐さんが誘っているんだぞ! 準魔闘士風情が偉そうにするな。何が考えさせてもらえませんかだ!」


「こちらにもいろいろと事情がある。上級チームならなんでも思い通りになると思うなよ」


「てめえ……」


 気の短い性格なようで男はいきなり太刀を抜いて襲い掛かってきた。

シリウスはその攻撃を見切って体を逸らす。

だが心中は穏やかではない。

トランと呼ばれる男の腕前はたしかだったのだ。


 魔装鬼甲を装備していて助かった。

さもなければ太刀の峰で殴られていたかもしれない。

だが、いくつかのユニットパーツを装備した今、魔装鬼甲のレベルは確実に上がっていた。


 シリウスは腰を落とし、切っ先を躱してトランの鳩尾に当て身を食らわせた。

泡を吹いて倒れるトランを確認してからガウレアに向き直る。


「ずいぶんと物騒なチームですね」


「すまん、すまん。荒っぽいのが多くて私も困っているんだ」


 ガウレアは悪びれもせず笑っている。

口では謝っているが止める気なんてなかったのは明らかだった。

きっと部下の暴走をダシにして、シリウスの腕を近くで確認しようと考えたのだろう。


「今の動き、アンタ、ブルドラン流を学んでいるね?」


「ええ、少しですが」


「少し? 相当の手練れじゃないか。ますます気に入っちまったよ。私に会いたくなったら夜の烏亭って店へおいで。夜は大抵そこで飲んでいるからさ。いい返事を待っているよ」


 ガウレアは部下を引き連れて去っていった。


 リセッタはガウレアたちを見送りながら肩をすくめた。


「なんだか迫力のあるお姉さんでしたね」


「レドックス家の四女だよ」


「南の四大魔闘侯の娘ですか! どうりで強そうなわけだ」


「年齢は二十二歳だったかな? 階級は魔闘将だったはずだ」


「ふぇ~、よくご存じですね。もしかして、ストーカー?」


「バカを言うな。以前、とあるパーティーで会ったことがあるだけだ。向こうは俺を覚えていないみたいだから助かったけどな」


 二年くらい前の話である。

まだ十六歳だったシリウスの顔も今よりずっと幼かったはずである。


「パーチーなんて上流階級のお話ですねえ。今はこんなに落ちぶれているのに……」


「ああ、文句ばっかりの侍女しか雇えない哀れな身さ」


 シリウスの皮肉を無視してリセッタは質問した。


「せっかくのお誘いですが、どうします?」


「そうだな、洞窟の奥に行くためにも、この話に乗るのはありだ」


 ガウレアの階級は魔闘将である。

スカーレット・フェニックスならエリアBと言わず、DやFにだって入れる上級チームなのだ。


「やはりガウレア・レドックスの誘いに乗ってみるのがいいと思う」


「チームを組むとなると魔結晶の独り占めはできませんよ」


「それを上回る価値はあるさ」


 リセッタは腕を組んで頷いた。


「なるほど、やっぱりそういうことでしたか……」


「なんだよ、いったい?」


「つまりご主人様はボインボインが好きなのでございますね」


「おまっ、なにを言って……」


「ご主人様はあの体に魅了されたのですよ。そうに違いありません!」


 確かにガウレアの胸の谷間は深かった。

だが、そんな不純な動機でスカーレット・フェニックスに入るわけではない。


「俺は洞窟の奥地を探りたいだけだ。変な勘繰りはよせ」


「探りたいのは洞窟の奥地ですか? 胸の谷間だったりしませんか?」


 シリウスは大きなため息をついた。


「今日はやけに絡むなあ……。ユニットパーツのためにレアアイテムが必要なのは知っているだろう? うまくやればエリアCあたりで手に入るかもしれないじゃないか」


「主目的はそれかもしれませんが、ご主人様の視線には気が付いていましたからね。本当にスケベなんだから。ムッツリボンボンですわ!」


 俺、見ていたか? 

まあ、見ていたかもしれない。

だって胸元がはだけていたし……。


「でもよいのですか? ブルドランの人間とは悟られたくないのでしょう?」


「正体がバレないように気をつけるさ。これから外に出るときはずっと魔装鬼甲を身につけておくよ」


「ブルドラン家の次男が下級魔闘士試験に落第しただなんて外聞が悪いですものね」


「グッ……」


 シリウスに返す言葉はない。

二人は今夜にでも夜の烏亭を訪ねることを決めてメゾン・ド・ゴージャスに帰った。



 シリウスに負けたトランは腹を抑えながら恨み言を繰り返していた。


「あの野郎、次に会ったらただじゃおかねえ」


 そんなトランを見てガウレアはため息をつきたくなる。

魔闘士としては優秀なのだが、いかんせんトランには思慮に欠けるところがあった。


「止めときな。アンタじゃ勝てないよ。それにしても、思った以上に強かったね。あれだけ動ければ下級魔闘士の試験くらい余裕で受かりそうなものだけど……」


 ガウレアたちが魔装鬼甲のことを知るはずもない。


「姐さん、本当にあの野郎をチームに入れるんですか?」


 トランとしてはまだ反対である。


「あれはいい拾い物だよ。いざというときに肝が据わるタイプさ」


 追随するように女魔闘士が浮かれた茶々を入れる。


「顔も可愛かったですよね。肌も綺麗で私好みだったな」


「ルクシアはメンクイだもんね」


「えへへ、あの子、私のモノにしちゃおうかな。ひょっとして童貞だったりして!」


「ケッ……」


 盛り上がる女たちを横目にトランはいつまでも不機嫌なままだった。

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