第17話 昇級試験
三日後に昇級試験があると知ったシリウスは下級魔闘士の資格を得るために出かけて行った。
「こちらの申込用紙にお名前をご記入ください。字が書けない場合は代筆します」
愛想のない職員が事務的に書類を差し出してくる。
少しだけ考えてシリウスはデュマ・デュマと名前を書き込んだ。
受け付けが終わるとすぐに体力テストになった。
受験者は運動場のようなところへ集められて持久走や体力測定のようなことをさせられるのだ。
「おい、そこのお前、受験番号二十八番!」
自分が呼ばれているのに気が付いてシリウスは振り向いた。
「なにか?」
「なにかじゃない。試験を受けるときは装備を外すのが決まりだ。さっさと仮面や手甲を脱がんか!」
「そうですか……」
意外なことではあったがシリウスは素直に従った。
おそらく不正がないようにそうしているのだろう。
じっさい、シリウスは魔装鬼甲の力を利用しようとしていたのだ。
文句は言えない。
ちなみにブルドランの実家でも昇級試験は行われていたが、親戚たちは普段通りの恰好で試験を受けていたはずである。
おそらくマジックアイテムを使った者もいたのだろう。
四大魔闘侯に連なるものとしての特権だったのかもしれない。
改めて自分がどれだけ恵まれた環境にいたかを自覚する。
これではリセッタにアマボンなどとからかわれても致し方ないなと自嘲してしまうシリウスだった。
「それでは持久走を開始する。時間内に練兵場を十周できたものが合格だ。用意、始め!」
持久走にせよ、体力測定にせよ、体内に魔力を巡らせて身体能力を高めなければ合格などおぼつかない内容のものばかりだった。
魔経路閉塞症に侵されているシリウスにはどれもきつい内容である。
それでもどうにか試験には合格して次の段階へ進むことができた。
「よし、残った二十四名は魔力測定器の前へ進め」
この時点でおよそ半数の受験者が脱落している。
下級魔闘士であっても大変な倍率なのだ。
測定器の前で自分の順番を待ちながらシリウスは少年時代を思い出していた。
たしかあれは十三歳のときだったな、俺の保有魔力量が父上を越えたのは……。
父のウンドルフは微妙な顔をしながらも祝福してくれたものだ。
母マリアにいたってはとてつもないはしゃぎようだった。
俺を抱きしめてなかなか離してくれなかったものだ。
みんなの前でそうするものだからものすごく恥ずかしかったのを覚えている。
「二十八番、前に出ろ!」
物思いに沈んでいると自分の順番が回ってきた。
「前の受験者がやっていたのを見ていたな? 同じように測定器から伸びた左右のレバーを掴むのだ」
魔力測定器は八メートルほどの高さがあり、八階建てのタワーのような形をしていた。
両脇に伸びたレバーを掴んで魔力を流し込むと、体内魔力量に応じてタワーが光り輝く仕掛けだ。
かつては八階まで光らせることができたものだが、今の自分はどうだろう?
下級魔闘士になるためには二段目まで光らせなくてはならないが、魔力循環に問題があるシリウスでは測定器に送り込める魔力量はわずかである。
シリウスはレバーを掴んで魔力を送り込んだ。
体の中には有り余る量があるというのに、手から流れ出す魔力は雫が滴るように少ない。
「それまで! 二十八番、不合格!」
試験官の容赦のない声が響いた。
7%ではまだこんなものか!
腹の中は怒りがこみあげて爆発寸前だ。
「残念だったな。まあ、実力不足だったってことさ」
声をかけてきたのは実技の試験官だった。
人を馬鹿にした顔でにやけている。
魔力試験に合格した者は実技試験官と仕合をして武術の技能を判定される。
これに合格して初めて下級魔導士になれるのだ。
「まあ、お前のような
「どういうことですか?」
「俺はお前みたいなのが嫌いなのさ。実技試験で不合格判定をつけてやるだけさ」
明らかな不正ではあるが、文句を言える受験者はいないのだろう。
判定は試験官の手にゆだねられているのだ。
まして試験官は中級魔闘士である。
これから下級魔闘士の試験を受ける者が喧嘩を売れるような相手じゃない。
「でも、あなたに勝てば問題はないですよね?」
シリウスの言いように試験官はブチ切れていた。
「なんだと……? ろくに魔力を持たないお前が俺に勝てるとでも思っているのか?」
「まあ、やりようによっては……」
普段のシリウスなら余計な争いごとは起こさずに身を引いていただろう。
だが今日は虫の居所が悪かった。
自分の境遇を呪っているところに堂々と不正の話をされたのだ。
怒りはこの試験官に向けられてしまっていた。
「いいだろう……。後学のために実技試験がどんなものか教えてやるよ。こっちに来て剣を構えろ」
試験官は物凄い形相でシリウスを睨みつけた。
だが、言われた通り木剣を握るシリウスを見て再びショックを受けてしまう。
下級試験に落ちた受験者がまさか本当に自分の相手をしようとは思ってもみなかったのだ。
「いい度胸をしてるじゃねえか……。もう後には引けねえぜ。五体満足で帰れると思うなよ」
「……」
シリウスは無言で試験官に対峙した。
おそらく試験官の動きは自分より速く、腕力も上だろう。
だが、勝敗を左右する要因はそれだけではない。
せめて魔装鬼甲を身につけてから相手をすればよかったかな?
そんなことを考えられるくらいシリウスは冷静だった。
「いくぜ、ほえ面をかかせてやる!」
力強く踏み込んだ試験官の剣がシリウスの肩を狙って切り下げられた。
だがシリウスは防御に徹してこれを受ける。
試験管の連撃は止むことなく続き、シリウスの体に細かい傷を刻んでいった。
「おいおい、どうした? 亀のように固まっていたらなんにもできないぜ。いいから打ち込んでこいよ!」
試験官は挑発するがシリウスは剣を水平に構えたまま動かない。
「チッ、いつまでももつと思うなよ!」
再び試験官の攻撃が開始された。
試験官は情け容赦なく四肢に魔力を巡らせ、全力で打ち込んできた。
だが、アイツほどじゃない……。
元婚約者の斬撃に比べればまるで素人だ。
それにしてもこのギルドはどうなっているのだろう?
どう見ても試験官が受験者をいたぶっているのだが止めようとする者は一人もいないのだ。
ここは本当に腐った場所なのかもしれないな、シリウスはそう考えて静かな怒りを深めた。
「クソが、いつまで防御していやがる! いい加減にしねえと突き殺すぞ!」
鉄壁のシリウスに試験官は苛立ちを隠さなかった。
そして防御をすり抜けようと大きな構えから突きを繰り出してくる。
(今だ!)
待っていたのはこの突きだった。
シリウスは試験官の攻撃に合わせてカウンターアタックを繰り出す。
ブルドラン流における
剣が剣に絡むように滑り、切っ先は敵の喉元をかすめた。
もしシリウスが手加減しなければ試験官は喉を突かれて、木剣と言えども絶命していただろう。
「ぐあっ! グエッホッ、ゲホッ!」
のたうち回る試験官を見てもシリウスの心に喜びは湧いてこない。
いや、少しはスッとしたか……。
シリウスは魔装鬼甲を身につけ、驚く人々の間を縫って試験会場を後にした。
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