第15話


 シリウスとリセッタは今日も洞窟で魔結晶を探していた。

加速ユニットで素早さを上げたシリウスは、次にピクシーユニットを組み込んで仮面の聴力をアップさせている。

おかげで探索生活はさらに楽になった。


「シリウス様、五感が上がることに意味があるのですか?」


「そりゃああるさ。五感が上がればより素早く、より深く敵を観察できるだろう? 対峙する者の息遣いや筋肉の動き、そういったものが瞬時に判断できれば次の動きを予測することだって可能だぞ」


「なるほど、聴力や嗅覚が上がれば潜んでいる敵も見つけやすいですものね。味覚が研ぎ澄まされればご飯も美味しく食べられそうです!」


 味覚は戦闘とは関係ないな……。


「はっ! 味覚が上がるということは私の作ったご飯がまずくなるってこと!?」


「そんなことは……」


「シリウス様、ご飯を食べるときは仮面を外してくださいね!」


 口の部分は開閉が可能になっているので、仮面をつけたままでも飲食はできるのだ。


「いやいや、リセッタの作るご飯は美味いよ。それがより楽しめるんだからいいじゃないか」


「あらあら、まあまあ! 口のお上手なアマアマボンボンですこと」


 まんざらでもない様子のリセッタが肘でシリウスを小突く。

侍女らしくも弟子らしくもない行動だったが、シリウスはほとんど気にならなかった。


 このように魔装鬼甲は少しずつ能力が上がっていたが、魔経路閉塞症の治療は進んでいなかった。


「なんで治療をしないのですか?」


「必要な量の魔結晶が集まっていないからだよ」


「あんなにあるのに?」


 二人は毎日洞窟を渡り歩きせっせと魔結晶を拾い集めている。

研究所にストックしてある量は買い取り価格で7万クロード分を越えているだろう。

だが、それでは全然足りなかったのだ。


「治療はある程度まとめてやらないとダメなのさ。あれぽっちじゃ必要量の十分の一にも満たないな……」


「なんてこった、ご主人様はとんだ金食い虫だったのですね」


「そう言うなって。いずれリセッタの苦労にも報いるからさ」


「そうやって女を食い物にするのですね。とんでもない甘ちゃんにめをつけられたものですわ」


 口ではそんなことを言っていたがリセッタはいつも甲斐甲斐しくシリウスの世話を焼いている。

それだからこそシリウスも心苦しかった。


 シリウスたちの横を走ってすり抜ける魔闘士の一団がいた。

なにやら慌てている様子だ。

興味を持ったリセッタが声をかけた。


「ねえ、急いでどうしたの?」


「アバカブルだ。アバカブルが大量発生したんだよ! 分隊のやつらが襲われているんだ。アンタたちも手が空いているなら来てくれ!」


 魔闘士たちは立ち止まらずにそのまま走り去っていった。

アバカブルは子牛によく似た魔物である。

もっとも、牛ようなつぶらな瞳はしておらず、濁った赤目が不気味に輝くことで有名だ。

角は悪臭の漂う粘液に覆われていて、触れただけでもかぶれてしまう代物だった。


「どうします、シリウス様?」


「行くに決まっているだろう」


「あらあら、洞窟で人助けだなんて、さすがはアマアマボンボンですね」


「アバカブルは嗅覚ユニットの素材をドロップするんだよ。たしか月長の鼻輪だったかな」


「ふーん……」


 たいして興味もなさそうなリセッタにシリウスはニヤリと笑って見せた。


「それだけじゃないぞ。リセッタは知らないのか? あいつらは高確率で銀の小粒をドロップするんだぞ」


「なんですって! 銀を落とす魔物が大量発生。すぐに向かいましょう!」


 自分の前を駆けだすリセッタをシリウスは急いで追った。


「こらこら、先走るんじゃない。アバカブルは俺が倒すからリセッタはドロップアイテムを頼む」


「承知しました! 一粒残さず拾うのでじゃんじゃん切っちゃってください」


「月長の鼻輪も忘れるなよ……」


「はーい♡」


 シリウスは柳扇りゅうせんと呼ばれる刀法を用いて乱戦の中に飛び込んだ。

その姿は風に流される柳の葉の如く、ひらひらと戦場を舞っている。

流れる剣が閃くたびにアバカブルは血しぶきを上げて地面に倒れた。

最小の動きで急所を的確に狙う恐るべき技である。


「はぁ、やっぱりご主人様が戦う姿は群を抜いて美しいですねえ……。おっと、銀の粒がドロップしましたよ。こうしてはいられません!」


 洞窟に落ちたアイテムは時間が経つと地面に飲み込まれてしまうと言われている。

一時間やそこらでなくなることはないが人に拾われる前に懐に入れてしまうのが正解だろう。

リセッタは周囲を警戒しながらドロップアイテムを拾い集めた。

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