第14話 ユニットパーツ


 研究所に戻ったシリウスたちは集めたゴブリンの指輪を数えた。


「全部で百八個ありました。これでゴブリンユニットが完成させられますね」


 シリウスはユニットパーツ作製機を起動して、トレーの上に小鬼の指輪を並べていく。


「素材は揃っているから、あとはボタンを押せば自動的にパーツが作られるはずだ」


「大丈夫ですか? これで失敗なんてしたら目も当てられませんよ。百個の指輪を集めるのに四日もかかったんですから」


「大丈夫、何度も仕様書を読んで確認したんだ」


 毎晩遅くまで研究室の本を読み、基本的な知識は習得している。

ここ数日でシリウスの知識は大きく増大していた。


 ボタンを押し込むと作製機は重低音を発しながら動き始めた。


「百年前のものだから心配したが壊れてはいなかったようだな」


「あ、ここに数字が出ていますよ」


「作製時間が表示されているようだな。完成まではしばらくかかるようだ。それまで倉庫に戻って修業でもするか」


「え~、ずっと洞窟でゴブリン討伐をしていたんですよ。今日くらいおやすみしましょうよ」


「武術を習いたいと言ったのはリセッタだろう? 強くなって誰にも見下されない人生を送るんじゃなかったのか」


「うっ……そうでした」


「では今日も青門十二式からだ」


「は~い」


 実を言えばシリウスはリセッタの才能に舌を巻いていた。

素直な性格なせいなのか、はたまた天性の資質なのか、リセッタは教えたことをそのまま実行できる逸材だった。


 青門十二式はブルドラン流の基本的な型であり、入門者は必ずここから武術を始める。

シリウスはこれまで何人もの初心者を見てきたがリセッタほど習得の速い者を見るのは初めてだ。

リセッタの振るう剣、足さばきには寸分の乱れもなく、基本の動きに秘められた動作の極意を完全に理解しているように見えた。


「すごいじゃないか!」


「なにがですか?」


「青門十二式を完璧にマスターしているからさ」


「まあ、教えられたとおりにやっているだけですけどね」


 リセッタは自分のすごさに気づいていない。


「武術の経験はないんだよな?」


「剣にふれたこともありませんでしたよ。私のお尻に触ろうとした近所のエロガキを手ごろな薪でぶん殴ったくらいのものです」


 リセッタはおそらく天才と呼ばれる部類の人間だろう。

武術を究めようと思ったらごく小さいうちから修業を始めなければならないけど、彼女なら今からでもそうとうな境地に到達できるはずだ。


「それでは応用に移ろうか。基本技で俺に攻撃してきてごらん」


「いいのですか? 木剣が当たっても知りませんよ」


 いきなり師匠から一本取れると考えているところがリセッタのおめでたいところである。

だが、その思い切りのよさは勝負において有利に働くことも多いのだ。


「遠慮せずに来い!」


「私の辞書に遠慮という文字はございません!」


 笑顔で踏み込むリセッタに対し、剣を受けるシリウスの顔も笑顔だった。



 修行の間にゴブリンユニットは完成した。


「んー、なんだか小さな飴玉みたいですね。米粒くらいだからありがたみも感じられません」


 出来上がったゴブリンユニットは黒く光り、不思議な波動を放っている。

二個が対になっており、それぞれ左右の手甲に装着する仕様だった。


「さっそく取り付けてみよう」


 魔装鬼甲の手甲は革と黒い金属で作られており、ところどころに赤い差し色が入っていた。

手の甲から上腕までを守る装備品である。


「百年も前の鎧が使えますかね? いくら丈夫な革でも限界がありますよ」


「こいつは千年ドラゴンの革で出来ているんだ。金属は決して錆びないオリハルコンだぞ。百年くらいで劣化したりはしないさ」


「えー、素材だけでも超貴重品じゃないですか!」


 ユニットを取り付ける前段階でも魔装鬼甲は優秀な鎧なのだ。

ゴブリンユニットが装着されると手甲につけられたクリスタルが淡く輝き、正常に作動していることを示した。


「いいようだな。どれ装着してみるか」


 腕を開口部にそえただけで手甲は自動的に締まり、シリウスの体型に合わせて最適な強度で締め付けてきた。


「まるで生きているみたいです。いかがですか、ご主人様?」


「装着感は良好だよ。腕力も上がっている気がする」


 理論値では全身のパワーが15%もアップするそうだ。

試しに書斎のテーブルを持ち上げてみると片手でも浮かせることができた。


「なかなかの力持ちですね。これならがっぽり稼げること請け合いですよ。苦労した甲斐があったというものです」


「たしかに、この調子で能力を上げていけば相当強力な魔物も狩ることができるだろう」


 そうなればリセッタが言う様に、高級な素材や報奨金も手に入るようになるだろう。


「次はどうしましょうか?」


「実現可能なのは素早さを上げる加速ユニットかな? 材料はエリアAでも手に入るゴーストホッパーの触覚だ」


「そうと決まれば掲示板をチェックしに行きましょう。いい情報が書かれているかもしれませんからね。なんならそのまま洞窟へ突入です」


 シリウスは頷いて仮面を装着した。

魔装鬼甲がパワーアップしたので洞窟への不安は薄れている。

二人は準備を整えて研究所を後にした。



 メゾン・ド・ゴージャスの地下室から地上に出ると掃除をしていたケロット夫人に出くわした。


「あら、お出かけ?」


「ギルドの掲示板をチェックしておこうと思いまして」


 ケロット夫人は色目を使いながらシリウスににじり寄ってくる。


「偉いわねぇ、勤勉な男はそれだけで魅力的よ。でも、最近はずっと変なお面をつけているのね」


「これは防具なのです。このまま洞窟へ行くかもしれませんので……」


 本当は自分の正体を見破られないためにつけているのだが、そのことには触れずにおいた。


「デュマちゃんの男前なお顔が見られなくて寂しいわぁ」


「はぁ……」


「ところでさっきは地下室でドタバタ物音がしていたけど何だったの?」


 きっとリセッタと修業をしていた音が地上まで漏れてしまったのだろう。

熱の入った稽古だったのでついつい大きな音を立ててしまったようだ。


 だが、リセッタが弟子であることは内緒なので修業をしていたとは言えない。

適当な理由をでっち上げて夫人に謝ろうとしたのだが、リセッタがくちばしを挟んできた。


「やだわ、大家さん。男と女が一つの部屋にいるんですよ。やることは一つですわ♡」


「なんだって!」


「ご主人様が激しく突いてくるからリセッタ失神しそうになっちゃった……」


 あれはブルドラン流の千翔突せんしょうとつという技だ。


「バカ、誤解を与えるような発言をするな! ちょっと体を動かしていただけです」


「ベッドの上で」


「ちがうだろうが!」


「キィイイイイイッ!」


「冗談です。真面目な坊ちゃんが侍女に手を出すわけないですよ。うちのご主人様はマジボンですからね」


 ペロリと舌を出すリセッタと睨み返すケロット夫人がいがみ合っている。


(ご主人様に近寄らないでください!)


(調子に乗るなよ、小娘がっ!)


「リセッタ、早く行こう」


 二人の間にバチバチと火花が飛んでいた気がするが、あえて見なかったふりをするシリウスだった。


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