第11話 改名、デュマ・デュマ


 食事がすんで落ち着くとシリウスは魔装鬼甲について調べた。

装甲の外側は完成しているが、中に組み込むユニットパーツというものがまだ集まっていないようだ。


「ユニットパーツとはなんでしょう?」


「魔物がドロップする素材から抽出した特別な魔導回路というものらしい。これを魔装鬼甲に組み込むと大幅なパワーアップがみこめるのさ」


「そんなものをシリウス様に作れますか?」


「普通なら無理なんだけど、デュマはユニットパーツ作製機を残しているんだ」


 シリウスは作製機の前にリセッタを連れてきた。

作製機は大型のオーブンのような姿をしていて、正面に扉がついていた。


「どうすればいいのですか?」


「簡単だよ。この扉の中に必要な素材や魔結晶をいれて、ボタンを押すだけさ。あとは装置が自動でユニットパーツを作成してくれるんだ」


「ほお、便利ですね」


「作製は簡単だけど素材は自分で集めなければならない。当面は魔結晶と素材集めに集中するよ」


「それと私のお給金」


「わかっているって」


 シリウスは銀の仮面を手に取った。


「こちらの仮面はもう機能が解放されているそうだ。被るだけで五感が鋭くなるんだって」


「本当ですかぁ? シリウス様が寝ている間につけて遊びましたがまったく変化はありませんでしたよ」


 そんなことをしていたのか……。


「だから、これは魔経路閉塞症になったことがある人間にしか反応しないんだって。だから俺が被れば……」


 シリウスは銀貨面を身につけた。

鋭い形の目、頬を覆う板、額の中央から伸びる角、異形の面ではあったが優美さも感じさせる意匠である。


「どうですか?」


「うん、意識した相手の動きや息遣いを敏感に感じ取れるよ」


「つまり、いたいけな侍女の悩ましい妄想も見逃さないと?」


「指向性なんだ。興味のないことには反応しないさ」


「あら、クール。クールボンボンですね」


 くだらない会話をしていたら突然リセッタが大声を上げた。


「わっ!」


「なんだ、突然大声を出して?」


「聴力がアップしているのなら耳がキーンってなりませんの?」


「いきなり試すな。鼓膜が破れたらどうするんだよ」


 リセッタは突拍子とっぴょうしもないことをするから油断ならない。


「さっきも言っただろう。指向性だから関心がないものには反応しないんだよ」


「な~んだ……」


 シリウスはパラパラと魔装鬼甲の仕様書をめくった。


「当面の目標は小鬼の指輪を使ったゴブリンユニットの作製かな」


 小鬼の指輪はゴブリン討伐時に現れる鉄の指輪である。

針金の輪っかのようなもので資産的な価値はまったくない。

大抵の冒険者はそのまま捨てて行くようなゴミであった。


「他の人にはゴミも同然のドロップアイテムだけど、俺には百個必要なのさ」


「ではゴブリン討伐ですね。たしかゴブリンの巣の駆逐が討伐依頼にもありました。ボーナスはひくいようでしたけど……」


「仕方がないさ。あれは準魔闘士でもエントリーできる依頼だからな。その点、俺でも簡単に参加できるのがいいところだ」


「そういえばご主人様は準魔闘士でしたよね……。げっ、最低ランクじゃないですか! こんな美少女を侍女にするくせに、準魔闘士だなんて!」


「俺が頼んだわけじゃないだろう?」


 魔闘士にはランクがあり、それによって入れるエリアや報酬が異なることがある。

一番下の準魔闘士から始まり、下級魔闘士、中級魔闘士、上級魔闘士、魔闘将、魔闘侯、魔闘王の七つのランクがあるのだ。

シリウスの父親は代々魔闘侯のランクを世襲するこの国の貴族であり、魔闘侯の中でも特にランクの高い四大魔闘侯であった。


「ご主人様は東の魔闘皇ブルドラン家の関係者でしたよね。たしかスーパーボンボンだったはず」


「そんなところだが、それは秘密にしておいてくれよ」


 家とは縁を切っている。

人々もゴルドラン家の次男がこんなところで準魔闘士としてくすぶっているとは思わないだろう。


「考えてみればブルドランを名乗るのはよくないな……」


「だったら偽名を使えばいいじゃないですか。スケベビッチ・チッパイスキーなんてどうでしょう?」


「ぜったいにいやだ」


 シリウスはいいことを思いついた。


「そうだ、これから俺はデュマと名乗ろう」


「ははぁ、デュマ・ロクシタンにちなんでですね」


「そういうことだ」


「お名前はそれでいいとして、名字はどうします?」


 考えるのも面倒だな。


「名字もデュマだ」


「つまりデュマ・デュマがご主人様の世を忍ぶ仮のお名前ですね」


「うん。今日から俺はデュマ・デュマだ」


「なんだか安直なお名前ですね。スケベビッチ・チッパイスキーの方が絶対にいいと思うのですが……」


 それにしても道のりは長い。

治療にはさらに大量の魔石がいるのだ。

地道に洞窟を探索していくとして、いったいどれだけの時間が必要になるのだろう?

一年、それとも二年? 

おそらくもっとだろう。

それまで自分は生き延びられるのだろうか? 

考えると気が重くなったが、リセッタの笑顔はそんな不安をかき消すほど明るかった。


「ところでシリウス様、実は本棚の向こうに隠し扉を見つけました」


「そんなものが? 俺は気が付かなかったけど」


「掃除をしている途中で偶然見つけたのです。どうぞこちらに来てください」


 リセッタはシリウスを書架の一つに引っ張っていった。


「ここですよ。この緑色の背表紙の本を引っ張ると――」


 リセッタが本を動かすと書架がスライドして扉が現れた。


「まだこんな仕掛けがあったとはな」


「魔物がいると怖いので扉の向こうはまだ確認していません。シリウス様が自らの手で調べてください」


「わかった、さっそく調査してみよう」


 シリウスは魔装鬼甲の仮面をかぶり、梅枝を手にしてドアノブに手をかけた。

リセッタはその後ろから魔導カンテラを持つ。


 扉の向こうは暗く長い通路につながっていた。

魔装鬼甲を使って五感を最大限に高めたが魔物や人の気配はしない。


「行ってみるか」


 洞窟の壁がむき出しになった長い通路の先は小さな円形の部屋に続いていた。


「ここで行き止まりですか?」


「いや、よく見ろ。壁に沿ってらせん状に階段がある」


「本当だ。随分と高い所まで続いていますね」


 狭い螺旋階段は真っ直ぐに頭上へと延びている。


「登ってみるか。落ちないように気をつけろよ」


 手すりもない狭い階段である。

二人は足元に気をつけながら慎重に足を運んだ。

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